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2−4 風紀委員さんはとてもしつこい

「やっと授業終わったね〜!」


「もる子さん...ほとんど寝てませんでした?」


「そうだっけ?」


授業も終りを迎え、放課後のチャイムが響きます。

部活動やバイト、帰宅に急ぐクラスメイトたちはそそくさと教室を後にします。

...本当にそれだけが理由化は分かりませんが。

私は猫のように体を伸ばすもる子さんとは真逆に、不安いっぱいな気持ちに押しつぶされそうに縮こまっています。

もる子さんは起きがけでも機嫌がいいタイプなのか、お話を続けていますが私の耳にはまるで入りません。

申し訳ないことですが、どうにか相槌を打つだけで手一杯です。

私は本当に、今すぐにでもここを脱出したいという気持ちでいっぱいいっぱいなのでした。

しかしながら何故かこんな時だとしても、私は律儀にあの三人組さんたちに会いに行かなくていけないのではとも思っていました。

あんな妙ちくりんな出会いであっても、どういうわけか約束事は守らなければいけないような気がしていたのはきっと私の気が弱いせいでしょう。

ですがそんな謎の義務感を感じ取ったかいないのか、もる子さんは私の手を引きました。

教科書やらなんやらをいつの間にか学生カバンにしまい込んだ彼女は爛漫に言いました!


「じゃあ、行こ!」


「え?え?なんですか?」


「えー!江戸鮭えどざけちゃんまた聞いてなかったの!?美味しそうなお店見つけたからさ、一緒に行こっていったじゃない!」


「す、すみません...ちょっと考え事してまして...」


「もー!でも許す!江戸鮭ちゃんは友だちだから!」


「あ、えと...ありがとうございます」


「じゃ、いこっか!」


「...はい、あ、えと、何のお店でしたっけ...?」


「移動屋台の焼き鳥屋さん!」


私はもる子さんが「カフェ!」なんて言うと思っていましたが、一応にもきらら系な私達が放課後に一番に出向く先としては何とも言えないチョイスだなと思い「渋すぎでは...?」と突っ込もうとすると同時に教室のドアが勢いよく開かれました。


「「あまりにも渋すぎる!」のでは...え?」


前方の扉から表れたのは、朝にもる子さんが地を舐めさせたお方、風紀委員会副委員長の水色の髪をした方でした。


「貴様ら!放課後きらら系女子の学校帰りとしてはあまりにも渋すぎる!きらら系ならきらら系らしくもっとカフェやファミレスに行け!」


「わ!びっくりした〜!良いじゃん焼き鳥!美味しいんだよ!」


「ごちゃごちゃ煩い!きらら系らしくないと言っているんだ!」


「も〜きらら系にコダワリ過ぎだよ...えーと、しち...しちや?なんだっけ...、しち、七並べちゃん?」


質候しちばそうろうだ!そしてゴスロリ!朝の話の続きがまだだったな!さあ今から風紀委員のお説教部屋へ来てもらおう!」


朝の再現をするように不敵な笑みを浮かべながら、美しい空色の髪を揺らし、質候さんはツカツカと私へと近づいてきます。

そして私の胸元をと掴もうとして、これまた同じようにもる子さんがそれを制しました。


そこからは今朝と同じです。

質候さんが「絶対的秩序」やら「実力主義のきらら系」やら「完全な正義」が何とかと口上を述べて、私に掴みかかります。

その手をまたも同じようにもる子さんがはたき落としました。

ですが質候さんもそれをわかっていたかのように応戦します。


がくりと下を向いた右腕はフェイクと言わんばかりに、左手でもる子さんに掴みかかろうと腕を伸ばします。


「同じ手に何度も引っかかると思うな!」


そうもる子さんにツッコミを入れた彼女の瞳が輝いて、菱形の一辺ずつを曲線にしたような図形が浮かびます。

俗に言うしいたけ柄。

しいたけの傘を上から見たようなそれが瞬くと、左手にはいつの間にか、どこから現れたのか短い竹刀が握られていました。

それは一直線に、もる子さんの頭を叩くべく伸びていきます。

突然の武器に私は驚きを隠せません。

ですが、もる子さんは冷静さを崩しません。

笑顔も崩しません。

向かってくる短刀を下から払いのけると、バランスが悪くなっていく質候さんの顎をもう一方の手を使ってすくい上げるように叩きます。

これには勝ちを確信した質候さんも、もんどり打って倒れ込みました。

いつもの私だったら、今朝のこともありますし質候さんを心配してすぐに近寄ったかもしれません。ですが、私の目には叩いた直後と倒れ込んだ直後に、何かキラキラしたものと、透き通るお花のようなものがよぎったような気がして、「なに...?」と一瞬ですが体が硬直していました。


顎を抑えながら倒れ込む質候さんに向かって、もる子さんは声をかけます。


「動きが直線的すぎるよ七並べちゃん」


「うー...シチバソウロウ...ダジョ」


痛みに耐えているのか、質候さんは下を向いたまま必死に顔を抑えています。


「私に勝ちたかったら、もう少し強くなってから出直してきてね!」


痛みと涙と、それから多分悔しさで顔を真っ赤にした質候さんがもる子さんのセリフに鋭い視線を送りました。

そして口元を片手で隠しながら、何とかといったように立ち上がります。


「覚えておけ!次こそは!次こそはお前たちをしょっぴいてやるからな!」


「私もですか!?」と口にする間もなく質候さんは話し続けます。


「調べはついている!これからお前たちを正しいきらら系にすべく刺客がやってくるだろう!覚悟しておけ!」


そう言うと脱兎のごとく彼女は駆けていきました。

まだ青空が覗く教室には、私ともる子さんだけが残されます。


「刺客だって!江戸鮭ちゃん!」


「なんで少し嬉しそうなんです...?」


「だって〜!この学園のきらら系っぽい人たちがどんどん集まってくるってことじゃん!私たちのきらら力も爆上がり待った無しだよ!」


「あの、いや...色々言いたいんですけど...まず、きらら力ってなんですか?」


「楽しみだね〜!」


「聞いてます...?」


不必要な因果の応酬に、私はもう言葉が出ませんでした。

不幸の連鎖に巻き込まれていく自分にまたひとつため息をつきました。

明日からも質候さんに因縁をつけられることを考えると、頭の中の春色が段々と遠ざかって冬景色になっていく気さえします。

どうにか巻き込まれないようにしよう、と一旦は私服登校を諦めるという選択肢は取らざるを得ません。

せっかくの私服登校という最高の贅沢を手放さなければならないことを考えて、私の口からはもうひとつため息が出ました。

そんなとき、いつしか何やら考得るように、むんむんと唸っていたもる子さんが声を上げました。


「ねえ!江戸鮭ちゃん!」


「は、はい...」


「明日からなんだけど、そういう感じのお洋服で登校できる?」


「...したいのは山々ですけど...こう、風紀委員さんに目をつけられては...」


「だからこそだよ!」


飛び切りの笑顔が私の目の前に広がります。


「明日からも絶対ゴスロリね!」


「え?え?...でも、」


「大丈夫!私が絶対守るから!江戸鮭ちゃんは絶対傷つけさせない!友達だもん!それに、」


「それに...?」


「私がこの学校に、きらら系に革命を起こすから!」



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