13−5 しょうたい
「......みなさん。失礼しました」
「いえいえこちらこそお邪魔してしまいまして...」
渋滞さんに見送られて、私たちは「おちむしゃ」を後にします。
部室の中では戻ってきた織戠さんに泣きつく天樹さんの姿がありました。
「渋滞ちゃんが口聞いてくれないよ〜!」
もう一度お辞儀をして校内の見学へと戻ります。
「ん〜、そろそろ時間になっちゃうね〜。夜祭朝ちゃん。他に見て回りたいところある?」
「見て回りたいところですか?そうっスね...」
ポクポクと歩きながら、夜祭朝さんは顎に手をあてがいました。
「...もる子さん、どこといっても夜祭朝さんも困ってしまうのでは...?」
「それもそっか〜。ん〜、どうしようかな...」
「もうそろそろ時間も時間ですし...それに夜祭朝さんのお友達も見つかってませんし...」
「う〜ん...あっ!じゃあ折角だからさ!最後に少しだけ寄ってってよ!」
そう言ってもる子さんは、夜祭朝さんの手を取りました。
夜祭朝さんは少したじろいてから、恥ずかしそうに応えます。
「えっと...どちらでしょうか?」
「この学園でいちばんキラキラしてるとこだよ!!」
──────
「ようこそ私たちの部室へ!」
「わあ...」
到着したのは部室棟三階。
寂れたという言葉がとっても似合う私たちきらら部の部室です。
ただ長机があって、ホワイトボードがあって、使われていない店があって、小綺麗とは言えない私たちの部室。
いえ、どちらかと言えばどこぞのスポーツ系の部室と忖度ない汚れっぷりです。
勧誘や紹介なんて事もしていませんから、蛍日和さんたち三人衆の姿もありません。
もる子さんは久しく開けられていない埃っぽいカーテンと、ガタつく窓を開きました。
「どうぞどうぞ!座って座って〜」
「あ、はい。失礼します」
もる子さんは、いつもは自分が座っている席に夜祭朝さんを座らせて、自分は上座のお誕生日席を我が物顔で占拠しました。
私はいつも通り、ドアから一番近い席、夜祭朝さんの横に座ります。
「えっと、ここはどういう部活なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!夜祭朝ちゃん!ここはきらら部!日夜、目標達成のために己の鍛錬を欠かさない、学園内有数の自由さをもった素晴らしい部活!いつもはお喋りしたり〜、風紀委員の人と対話したりとかしてるんだ!あとは放課後を目一杯楽しんでる!」
「へー。そうなんですね」
間違ってはいない、決して間違っていませんが決定的になにか違う。
それに活動内容を聞かれているのに、お喋りや放課後を楽しんでるってのは説明になっているのでしょうか...?
聞いた本人である夜祭朝さんが納得しているなら構わないのですが...。
「どう夜祭朝ちゃん?」
「はい?どうって...えっと、なんだか馴染みやすいというか、落ち着く部室だなって思います」
「違うよ〜!部室じゃなくって、今日、色々まわってみてさ!」
「あ、そっち...そうですね...。なんというか、皆さんは自由で、それでいて楽しそうだなって思ったっスね!」
「お〜!それでそれで!?」
開けた窓から、野球部の皆さんの声が聞こえました。
オープンキャンパスも終わりの時間を迎えたようで、本格的に練習を始めたようでした。
夜祭朝さんにもその声が聞こえたのか、窓の方に目をやりました。
「...ボク、いや俺は、ずっと悩んでたんです」
「悩んでた?」
「はい」
夜祭朝さんは立ち上がって、外の声に少しでも近づこうと窓辺に寄りました。
「ボク...いや、俺、野球やってたんです。ずっとずっと野球しかやってこなかったんです、ホントに。でも色々あって、今は辞めちゃって。でも辞めたっていってもネガティブな意味じゃなくって、別にやってみたいことができたからなんです」
夜祭朝さんは空に背を向けて、私達へと振り返りました。
「それでも、後悔というか...、これで良いのかなっていうか...。本当にいいのかなって思いも無いわけじゃなくて...、どうしたいのかってハッキリさせようとこの学園に来たんです!」
顔を真赤にして、私達に思いの丈をぶつけます。
いえ、自分に言い聞かせるように夜祭朝さんは本心を吐露して、決心が鈍らないように必至に言いました。
「今日あった先輩方はみんな、やりたいことをやってるなって思ったッス!配信してた方も、占い部の人も、自分の思いっていうか...自分がカワイイとか、カッコいいと思うことを突き通そうとしてました!最後のコーヒーの部活の人たちも一緒ッス!ボク...いや私も...!キラキラしたい!」
「いいじゃん!なっちゃおうよ!誰も止めないよ!夜祭朝ちゃん!自分がそうしたいって思ったことに間違いはないよ!」
「ハイ!......でも、一つだけ気になるところが無いわけでもなくって...」
「な〜に?」
もる子さんがそう訪ねた時、部室の扉が音を立てて開きました。
こんな勢いで現れると言えばもる子さんと、あとは一人しかいないでしょう。
「貴様らぁ!持ち場を離れてどこへ行っていた!今日という今日こそ指導室送りだからな!!」
「七並べちゃん!久しぶり〜!」
「久しぶりではない!このたわけが!」
久々の二人の応酬です。
私はいつものか...と流せますが、今日は夜祭朝さんがいるわけですからそうは行きません。
といっても私ごときが止められるわけもなく、早々に二人は掴み合いを始めました。
私はそっと夜祭朝さんに近づいて、話の続きを聞くことにしました。
「夜祭朝さん」
「は、はい!」
「私も、やりたい事には凄く悩んでたんです。実はこの学園にも転校してきてまだ二ヶ月も経っていなくって」
「そうなんですか?」
「はい。でも、来てよかったなって思ってるんです。騒がしかったり、あちらの二人みたいに滅茶苦茶な方もいたりしますけど...毎日楽しいなって思ってます」
「そうっスか...そうッスよね!!」
夜祭朝さんは瞳をキラキラさせて、固く握った自分のお手々を見つめました。
それは今日一番の笑顔だったような気がします。
「...ところでなんですが、先程何か言いかけたのは...?」
「あ、そうっスね。それなんですけど...」
「まだ心配事なんかがあればお話だけでも」
「はいっス。...えと、今日一日、いえ特に皆さんと会ってからなんスけど...ちょっと、あれと言いますか...」
「はい...?あれとは...?」
夜祭朝さんは何故かモジモジしていましたが、決心したように私のことをじっと見つめました。
「単刀直入に言います!」
「ど、どうぞ...」
「下品では?」
「...はい?」
「もう言ってしまったから全部言っちゃうッス!まず占い部でですけど、あんな短いスカートで足をバタバタおっぴろげて!女子同士が絡み合ってくんずほぐれつはいけないと思うんです!!」
「は、はあ...」
「次に配信してた方ですけど!ネット配信で世界中の皆さんにイケとか、サセとかいうのは卑猥すぎっスよ!それに江戸鮭先輩にコソコソ耳打ちしてたのも、んーっもう!って感じッス!」
「えぇ...」
「コーヒーの部活もっスよ!あんな可愛い衣装なのに頭からぶっかけって...!扇情を煽るにも程があるっスよ!それに、コーヒー入れてもらうってだけでももう...!駄目です!破廉恥ッス!!」
おぞましいほどの思春期の塊具合に、私は顰め面の戻し方を忘れてしまいました。
確かにもる子さんは抱き合ったりだとか、やたらと距離感が近いのは認めますが、他の方々は冤罪です。
しかしながら彼的には大問題らしく...。
「見て下さい!見て下さい江戸鮭先輩!また抱き合ってますよ、もる子先輩!ポニーテールの人に顔近づけて!後ろから抱きしめてますよアレ!エッチすぎっすよ!駄目ですって!ダメっスよ!俺には刺激強すぎッス!」
「...夜祭朝さん。あれは後ろから首を絞めてるだけなんで安心して下さい...」
「なら良いっス!...ん?いいんスかそれは??」
無事もる子さんが質候さんを絞め落とし、本日の戦いは終焉を迎えました。
──────
「先輩方!ありがとうございました!必ずまた伺います!」
「ばいばーい!」
私ともる子さんは校門のすぐ近くで、帰路を辿る夜祭朝さんとそのお友達に手を振りました。
「来てくれると思う?」
「夜祭朝ですか?」
「うん!」
「...どうでしょうねぇ」
「きっと来てくれるよね!やりたい事、一緒にできたらいいな〜!」
「...そうなったら、嬉しいですね」
「それにしてもよかった!夜祭朝ちゃん!お友達見つかって!」
「ああ、...そうですね」
「でもお友達がみんな男の子だとは思わなかったな〜!」
「うん...まあ、はい...」
「ところでさ。夜祭朝ちゃんってどこの学生なんだろ?このあたりで見る制服じゃないよね?」
「そりゃまあ...見ないでしょうね...」
「うん?どゆこと??」
「あんな制服の学校、ないですから...」
派手なピンクのリボンに、お揃いの色のスカート。
リボンや編み込みがたくさん施された華美な後ろ姿は、いつの間にか街の風景に溶けていきました。