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13−4 てんとう


「さてさて、お次はどこに行こうかな〜!」


物置を後にした私たちは廊下を進んでいました。

案内するといっても私ともる子さんだってまだ新入生。

それも転校からやっと二ヶ月といったところですから、お話のレパートリーだってありません。

そんなときちょうど、外廊下へと続く分かれ道で『おちむしゃ部』の渋滞おしさんと出会いました。


「あれ?渋滞ちゃんじゃん!おひさ〜!」


「うるさいですね......。もる子さんですか。こんにちは。江戸鮭さんも...。そちらの方は?」


「見学会に来てる夜祭朝ちゃんだよ!」


「そうですか。...よければ、すぐそこの教室に来ませんか?私たちの部で一応出し物的なものをやってるんです」


「そうなの?あれ?でも、おちむしゃって講義棟使ってなかったっけ?」


「空きができたんで移動したんですよ。すぐそこですが、いかがです?」


「よろこんで!」


渋滞さんに連れられて向かった先は、部室棟の二階、階段にほど近い一室でした。

この間まで使用していた講義棟の教室の半分ほどの大きさでパーテーションで区切られています。狭いなりに彼女たちの色が端端に表れている一室はまさしく部活動っぽいといった様相を呈していました。


「どうぞ、こちらにおかけ下さい。今はちょうど織戠おりりさんとぬえさんは学園側のお手伝いに行ってしまってますけれど」


「お〜!ここが新しい部室!」


「見学の方もどうぞ」


「ありがとうございます」


四つ向かい合わせになった学生机。

私はもる子さんの目の前に、夜祭朝さんは私の横に腰掛けました。


「いらっしゃ〜い!二人とも久しぶり〜」


パーテーションの奥から元気に表れたのは、ココア大好きの天樹あまみきさん。

しかし彼女は制服姿ではなく、なぜかYシャツの上にピンクのベスト、それにクラシカルな黒いスカートをまとっていました。


「おお〜、天樹ちゃんカワイイ〜!今日は私服なの?」


「あはは、私服じゃないよ〜!これはね、部活用にお揃いで作ったコスチュームなんだ〜」


「そうなんだ!いいな〜カワイイな〜!江戸鮭ちゃん!私達も作ろうよお揃いのやつ!」


「ろくに活動もしてないのにですか...?」


「きっとこんなカワイイ部活着があればみんな気合入れると思うよ!」


「ん〜...些細さんとか着てくれますかねえ...」


「大丈夫だって〜!ね!夜祭朝ちゃんも思うでしょ!?カワイイよね〜!」


「は...ハイ!」


ぐいと顔を寄せたもる子さんに、夜祭朝さんは押され気味。

ですが、興味はたしかに可愛らしいお洋服に向いているようでして、日に焼けた頬を赤く染めてうっとりとした目で天樹さんを見つめていました。


「甘露さん。お喋りはそこまでですよ。ちゃんとおもてなしして下さい。...どうぞ皆さん、お口にあえば」


そう言って渋滞おしさんは私達の前にそれぞれティーカップを置きました。

フワッと香ばしい香りがお鼻をくすぐります。


「おぉ!コーヒー?なになに渋滞ちゃん。喫茶店でも始めるの?」


「喫茶店ってわけではないですが...まあ真似事ですよ。コーヒーや紅茶そういう物を嗜もうと始めてみたんです。毎日お喋りばかりでも飽きてしまいますしね」


「へ〜!ナイスアイデアだね!じゃあいただきま〜す!」


もる子さんがカップを手に取ったのを見守って、私と夜祭朝さんもコーヒーを口に含みました。

甘すぎず、苦すぎず、酸味とのバランス取れたそれが胃に落ちていく程よい熱さ。

夏の暑さを忘れてしまうほどの爽やかさが胸いっぱいに広がります。


「...とてもおいしいです。渋滞さんが淹れたんですか?」


「いえ、奥で落雁らくがんさんがやってくれてます。私達より上手ですので」


「そうなんですね...。これは、どこか有名な銘柄だったりするんですか?」


「江戸鮭さん」


「は、はい?」


渋滞おしさんは平行移動するように、私に顔を近づけました。


「そんな豆とか拘れると思いますか?たかが部活ですよ?お金があるわけでもないし、そのへんで買ったインスタントです」


「え、あ、はあ...」


先程まで私が感じていたちょっとした特別感は呆気なく吹き飛びました。

考えれば分かりそうなものですが、確かに渋滞さんの言う通り。

部活動で思いつきで始めた喫茶店ごっこ。

いきなり高価なものをなんて事はありえません。


「私が家で飲んでるのと似てる味〜!」


「ホッとする味ですね。ボク、好きですよ」


何か一人で期待して一人でがっくりした私は、なんだか自分に情けなさを感じました。


「紅茶も飲みますか?折角ですし」


「飲む飲む!あ、でも暑いからアイスティーがいいな!」


「ボクは、どちらでも」


「わかりました。...江戸鮭さんはどうします?」


「...アイスで」


「アイスですね。じゃあ甘露さん、任せていいですか?」


「は〜い!まっかせなさ〜い!」


いつもニコニコな天樹さん。

コーヒーを一気に飲み干したもる子さんのティーカップをトレンチに載せてパーテーションの奥に消えていきました。


「なんかいいね〜、こういう感じの部活!オシャレで落ち着く〜!」


「ありがとうございます。どうですか?見学の方は」


「はい!なんだか夢に見ていたというか、思い描いた通りののんびりした雰囲気と言いますか...!とにかくスゴイッス!漫画みたいで!」


夜祭朝さんは本当に心からそう思っているようで、少し興奮気味。

両手をぎゅっと握りしめて、軽く振ってみせました。


「ありがとうございます」


「おまたせ〜」


パーテーションの奥から天樹さんの声が聞こえました。

奥で落雁さんがこちらの話を聞いていのか、既に紅茶は出来上がっていたようです。

姿を見せた彼女、トレンチの上には紅茶の入った細長いグラスと一緒にシンプルなパンケーキも載っていました。


「おお〜!ホットケーキだ!」


「えへへ〜、落雁ちゃんが作っててくれたんだ〜!」


ワクワクが止まらないといったもる子さんに、ちょっと得意げで満面の笑みの天樹さんでしたが、机までの本の数歩の間に事件は起こりました。


自分の足に引っかかったか、それともまだ慣れていない部活着が駄目だったのか、彼女はトレンチを持ったまま躓いたのです。

それだけならまだしも、あろうことかグラスとパンケーキを死守したいという気持ちが裏目に働いて、両腕を思いっきり高く掲げてしまったのでした。


グラスが宙を舞って、天樹さんの頭にポコリと落下。

どうやらガラス製ではなく、プラスチックか何かだったようでした。

しかし問題はパンケーキ、その生末を見守るように私たちの目線が一点に集まりました。


くるりくるりと回りながら、どこに落ちようかなと迷っていたパンケーキ。

それはここしかないと言うかのように、ぽけっと口を開いていた渋滞おしさんのお顔に音もなく着地したのでした。



──────

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