12−6 隙のない彼女
臨ヶ浜さんは左手を突き出して右腕を添えました。
まるで銃口のようなそれの狙いの先は勿論、もる子さん。
音もなく射出される不可視の拘束具を、もる子さんは感だけを頼りに避けました。
そして、狙いが定まらないようにとジグザグに動きながら臨ヶ浜さんへと距離を詰めていきます。
しかし距離を詰めるということは、もる子さんのジグザグの幅もだんだん狭くなっていくのは必然で、目前まで迫った彼女が腕を引き絞ると同時に拘束具に捕縛されてしまいました。
勢いからゴロゴロと転がったもる子さんは、渾身の力を込めて拘束を解こうともがきましたが、そうはいかないようです。
「ぐぬぬ...!さっきより硬いよこれ!」
「当然」
「なんで!臨ヶ浜ちゃん!」
「─強くなったから」
「それはわかるよ!ほどけないもん!」
「─結束が」
「結束?」
それ以上答えることはなく、臨ヶ浜さんは私の方に足を向けました。
咄嗟に私は彼女から姿が見えないように木陰に身を隠します。
段々と近づく彼女の足音に私の心臓は破裂しそうでした。
もる子さんの喚きも段々と遠くなっていく気がして、蝉の鳴き声も小さくなっていきます。
やがて私の耳には自分の心音と呼吸音だけが響きました。
タイミングを見誤れば、確実に捕まります。
絶対に、絶対に間違ってはいけない。
私の首元のすぐ横、木の肌に白い手がかかりました。
それと同時に私は一気に走り出します。
一縷の希望であるもる子さんに向かって全力です。
私の行動に気付いた臨ヶ浜さんから射出された拘束具が地面を掠める音がします。
まるで映画のワンシーン、銃弾飛び交う戦場から脱兎の如く逃げ出している気分です。
幸い臨ヶ浜さんは走って追いかけてくることはなく、私はもる子さんの元へと無事に到着しました。
「大丈夫ですか!」
「あ、江戸鮭ちゃんお帰り」
「お帰りじゃないですよ!」
なんとも気の抜けた彼女にツッコミを入れて、見えない拘束具へと手を差し伸べました。
見えないながらも実体はそこにあるようで、細く柔らかいプラスチックのような何かは確かにもる子さんを拘束していました。
もる子さんですら外せなかった拘束具を果たして私が外せるのかと疑問がかすめましたが、今はやるしかありません。
私は必至にそれを外そうといじくり回しましたが、何ということでしょうか、拘束具は安々と外れたのです。
「え!外れたの!江戸鮭ちゃん、やる〜!」
「言ってる場合じゃないですって!どうすんですか!」
「逃げてもダメそうだしな〜。臨ヶ浜ちゃんに簡単に近づければ良いんだけど...。それかぱぱっと拘束を外す方法があればな〜」
「わかりました!と、とにかく今は逃げましょう!」
ひゅっと、私の耳元を何かがかすめます。
何かというには分かりきっているのですが、振り向いた先には五メートルほどの間合いを開けて臨ヶ浜さんが立っていました。
「─もう逃さない」
銃口を突きつけられた時、人はこんな気分になるのでしょうか。
呼吸が浅くなるのは動きすぎたせい?
それとも今日が暑すぎたせい?
目の前にある希望に縋りつきたくとも、動けそうにはありません。
今私はどうすべきか考える、考えようとしてもどうしても頭は回らなくて、ただ目の前の現実だけが、蜃気楼のように揺れているのに暑さと冷たさを事実として押し付けてくるのです。
私は強く目を瞑りました。
「江戸鮭ちゃん、あとは任せたよ!」
私がハッとした時には、すでにもる子さんの姿が眼前にありました。
一直線に進む彼女に臨ヶ浜さんは狙いを定めて拘束具を放ちます。
もる子さんは、それを薙ぎ払うようにしながら足を止めません。
拘束具は確実に彼女の腕に触れていたようですが、片一方だけに腕輪のように装着されただけでは本来の意味を発揮しません。
目の前に迫ったもる子さんに対し、冷静にただ立って拘束具を放っていた彼女はもう片方の腕をゆっくりと持ち上げます。
二丁拳銃となった両手から放たれる輪を掻い潜り
あと一歩、というところでもる子さんは全身に衝撃を受けたようにしてひっくり返りました。
先程のように腕だけを、足だけをというようにではなく、上半身を縛り上げられたように腕と脇腹がくっついて離れないようでした。
「─甘いね」
続きは今日中!