11−6 オノマトペ
「もる子さん。夜久巴さんの中にいたまま動かないでください。彼女が動いても絶対に抜け出さないで」
「わかった」
「ちょちょちょ!なにやってるの貴方!?わたしの体の中間で止まるって...!ど、ど、どういう了見!?」
「江戸鮭ちゃん。私も凄く気持ち悪いんだけど...」
「だったら早くどきなさいって!」
「夜久巴さん。もう、わかりました」
「な、ゴスロリちゃん!?貴方も言って!どいてって!」
「いいえ、絶対に動きません」
私はそう言うと、もる子さんに習うように彼女の体に腕を通します。
「ひえぇっ!」
らしからぬ声が木霊します。
私は気にせずに、答え合わせをするべく彼女に問いかけました。
「夜久巴さん。今の状態はなんですか?」
「なにってっ...!ゴスロリちゃん!?誰がどう見たって異常な状態でしょ!?」
「そうじゃないです。とろとろ?さらさら?どろどろ?どれででょうか...?私の手の感触からするには...とろとろ...?」
「ひええ...ムニムニしないでゴスロリちゃん!!」
「...もる子さん」
「ん?なーに?」
「...今の言葉で確信に変わりました」
「確信?」
私は夜久巴さんを見下ろすようにして、彼女の目をじっと見つめました。
「夜久巴さん」
「な、なにゴスロリちゃん?」
猫なで声をあげる夜久巴さん。
隠しているようですが、その顔にいつもの余裕はありません。
「オノマトペですよね?」
「っ...!」
「オノマトペ?なにそれ」
驚く夜久巴さんを余所目にもる子さんはとぼけた声を上げました。
「夜久巴さん。あなたの持ってる能力は口にしたオノマトペ通りに物の状態を変えられるってこと...じゃないですかね?」
「さ、さあ。なんのことやら...」
「私、聞きました。夜久巴さんにもる子さんの手がすり抜けたときに確かに『とろとろ』っていったこと。それに、もる子さんが泥濘に足を取られたときに『どろどろ』といったことも」
「......」
「思い返せば最初からです。もる子さんの攻撃がそれた時は紙のように『ペラペラ』でした。一撃を加えた時は『カチカチ』って言いました。風を出す時は『びゅうびゅう』ですか?浮いた時は『ふわふわ』?滑ったときは『ツルツル』ですかね?」
そこまで言ったとき、夜久巴さんはニヤリと笑みを浮かべました。
ですがその笑みは、どこか無理をしているようなように思えました。
「ふぅん...。中々じゃないの。正解。よく聞いてたじゃない」
「もる子さんのおかげです。彼女がずっと夜久巴さんを見ていてくれたから、私は別のことに集中できた。言葉を聞いていられました」
私の言葉に夜久巴さんは鼻を鳴らします。
そして、少しばかりが取り戻した余裕をもった表情で言いました。
「ゴスロリさん。本当に御名答。こんな状態じゃなければ拍手してたかも」
「...ありがとうございます」
「でも、考えなかったの?」
「...何をですか?」
彼女はわざとらしくゆっくりと腕を上げ、口元に指を添えました。
「私がここで貴方達をペラペラにしたり、私自身がカチカチになったりは考えなかったのかなってこと」
その言葉に、もる子さんが素早く反応します。
足に力を込めて、間を置こうと。
ですが私は手を差し出して、それを制します。
「それは出来ません。よね?」
「...どうしてそう思うのかな?」
「二度目にもる子さんが蹴り上げたとき、夜久巴さんには違和感がありました。どこか焦っていたような。それで思い返したんです。その時の会話を。そうしたらあの時あなたは直前に『ちょこまか』と言っていた」
「そんなこと言ってた?江戸鮭ちゃん」
「言ってました。その証拠にもる子さんは足元を取られていたのに少しの間だけとても早く動けました。それで考えついたのが、同時に二つ以上のオノマトペを付与はできないということと、自分自身以外に能力を使った時はもって十秒くらい...ってことです」
「ふうん...」
「だから私ももる子さんも、今のあなたから手は引き抜きません。お互いにどうなるかは分かりませんが...、絶対に効果は解けないはずです」
「...ふう」
夜久巴さんは小さくため息をついて空を見上げました。
「わかった。私の負け」
「やったああああああああああああああああああ!!」
「ぐぇぇ!?」
同時にもる子さんが抜け出して、女子高生とは思えない勢いのタックルで私を地面に叩きつけました。
勿論もる子さんは夜久巴さんから抜け出しましたし、私も吹っ飛んでいるわけですから、当然です。
「ちょ!もる子さん!?聞いてました話!?私の話聞いてました!?」
「うん!なんかめっちゃカッコつけた話し方してたね!」
「そこじゃない!そこじゃないです!夜久巴さんから抜け出したら能力使われちゃうじゃないですか!?」
「あ、そっか。じゃあもっかい入れとくね!」
もる子さんが当然といった感じで、まるで水を張った桶に手を入れるかのよな気軽さで夜久巴さんの胸元を弄りました。
「...あれ。江戸鮭ちゃん。感触が違うんだけど」
「もる子ちゃん。それは普通に私の体だから。弄らないでね」
トプンともスルリとも沈むことはなく、ただ単純にもる子さんの小さな手は夜久巴さんの体表を撫で回していたのです。
「もる子さん!もる子さん!危ない!危ないから!ペラペラになっちゃうから!」
「あわわわ!」
「擬音生乍」
「...え?」
「擬音生乍っていうんだ。私の能力。占い部に名付けてもらったの」
「あ、祈さんに...」
「知ってる?ネーミングセンスちょっとアレなあの子」
「は、はあ...」
「もうしないから、安心して」
呆気にとられた私達に、夜久巴さんは優しく言いました。
「さっき言ったでしょ?負けって。不意打ちしたり、卑怯な手を使ってまで勝とうと思わないから、安心して」
「...よかったぁ......」
私は安堵して、汚れることも構わずに体を地面に横たえました。
「わかっていると思うけれど、わたし、この学園でもイチニを争うきらら系なんだから。第一軽音部は伊達じゃないよ?」
「お〜、そうだった!すごい人なんだった!」
「きらら系なら正々堂々と、特技で勝負しないとだからね。今回はわたしの負け」
「じゃあさ夜久巴ちゃん!私達が勝ったってことは『きらら部』もレア度上がる!?」
「レア度...?星のこと?それとこれとは話は別かな。星はきらら系の活動で手に入れるものだから。ちゃんとエキストラのバイトとかしなきゃだーめ」
「そんな〜...」
「...あはは......」
戦いの終わりを告げるように、爽やかな風が地面を撫でました。
続きはこのあとすぐ