11−3 名に違わない強いヒト
「夜久巴ちゃんか!よ〜っし!じゃあ心置きなくやっちゃうぞ!」
「うふふ、余裕でいられるのもここまで...かもね」
夜久巴さんは指先を唇にあてがいます。
それがどういう意図なのかはわかりません。
彼女なりのきらら系っぽい仕草なのかなんなのか...。
ですがもる子さんにはそんな事は関係ありません。
指一本でも動かせば、それは彼女にとっての隙。
今、と決めた彼女の踏み込みを止められる人はいないでしょう。
こんどこそ、もる子さんの一撃がヒットしたかのように見えました。
食らったか確実に声を上げて倒れる一撃。
しかし、声を上げたのは夜久巴さんではありませんでした。
「うわっ!?」
もる子さんの一撃は確かに夜久巴さんを捉えています。
いました。
いたように見えたのです。
ですが腕は彼女のお腹を捉えるどころか、あろうことにその向こう側、まるで背中側に貫通したかのように夜久巴さんをの中をスルスルとすり抜けていたのです。
焦るもる子さんとは対象的に、彼女は普段通りと言うように口角を上げました。
そしてもる子さんにぐいと顔を寄せると、その唇に指を添えました。
「つかまえた」
咄嗟の出来事にもる子さんは後退します。
引き抜いた腕を何度も確認しますが、おかしいところは何もありません。
夜久巴さんも同じようで、平然としていました。
「江戸鮭ちゃん!見た!見た!?なんか貫通してなかった今!?」
彼女の問いに私は何度も首を上下して肯定の意を示します。
「うえ〜...なんかキモチわるぅ。透明人間みたい」
「あら、失礼じゃない?気持ち悪いも何も貴方は何も触れてないんだから」
「そうだけど、そうだけど...気分的に嫌だよ〜。それも能力ってやつだよね?できれば使わないでほしいな〜」
「それは無理っていうものかも、ね」
「そうだよね〜。私もそんな能力あったら使っちゃうもん!」
「そう思う?ならどうする?」
「直進するだけ!」
先程と同じです。
もる子さんはただ直進、夜久巴さんへと一直線です。
単純な突進に夜久巴さんは余裕といった表情で、これまた口元に手をやりました。
そうしてまた、もる子さんは彼女を確実に捉える間合いで拳を振るいます。
しかし拳が到達する前に、予想に反してもる子さんはステップを踏んで横へと飛んだのです。
そうして連続で地を蹴って、瞬時に後方へと回り込みました。
夜久巴さんは完全に動きを追えていないようで、微動だにしません。
もる子さんは静かに腕を引くと、まるで型のように一度動きを止めてからその拳を放ちます。
ですがそれはまたもや夜久巴さんを捉えることはありませんでした。
いえ、正確には捉えたのですが...。
その拳には力がなく、へなへなと軌道を変えて、まるで風になびくようにあらぬ方向へと落ちたのです。
「なにこれ!?」
力なく折れ曲がる自身の腕を見て、もる子さんは驚嘆。
私も思わず両手で口元を抑えました。
もる子さんの腕は、例えるなら紙のよう。
一枚のペラペラな紙を勢いよく宙に振るったように空気に押されて形を変えていたのです。
「折れてない!?なにこれ?折れてないこれ!?」
焦る彼女へ振り向いて、夜久巴さんは笑って返事をしました。
そしてもる子さんの頭をゆっくりと撫でたのです。
「ざんねん」
その不敵な笑みは、眼の前で起こったことを加味せずともとても不気味で、恐ろしく見えました。
「何したの夜久巴ちゃん!?」
「ひみつ」
語尾にハートマークがつくように、勿体ぶりながらゆっくりと言葉が舞います。
「あわあわあわ...あれ。戻ってる」
「もる子ちゃん。これでわかった?貴方のお得意な攻撃はわたしには通じない。どう?降参する?」
「むー...やだ。お説教喰らいたくないもん。それにいくら避けたからって、そればっかりじゃ勝てないよ!!」
「ん〜。そうだね。じゃあ他のも見せてあげよっか」
すると夜久巴さんは、もる子さんを真似るように腕を引きました。
ですがその姿はまさに見様見真似といったところ、どこかぎこちないと言ったようで様になっていませんでした。
もる子さんもそれは分かっているようでしたが、先程までの摩訶不思議を踏まえて防御の姿勢を取りました。
「いい?もしも痛いって思ったら、貴方の負けね」
「いいよ!かかってきて!そんなの痛くも痒くもないよ!」
「ふふ、じゃあいくからね。わたしの一発はカチカチだから」
「うん!」
ふん、と夜久巴さんの放った一撃。
それは腰も入っていなければ、勢いもない、平凡以下のヘニャヘニャに見えました。
しかしそれは私が見た限り。
その一撃は、一応と防御姿勢をとっていたもる子さんを弾き飛ばすほどの破壊力を持っていたのです。
乾いた地面が土埃を上げます。
私はもる子さんが尻もちをついた姿をはじめて目の当たりにしました。
質候さんはもちろんのこと、蛍日和さん、持さん
、些細さんといった第二軽音部の方々を蹂躙し、第一の刺客である占い部の祈さんを一撃で伸し、叙城ヶ崎先生の拘束を解いた程にパワーだけは有り余っている彼女が、細身の長身に力負けしたのです。
私の額を一筋の汗が流れ落ちました。
それはいつにもまして冷ややかに感じたような気がします。
「いてて...。久々だよ、尻もちなんて」
「あら。それは良かった。中々できない体験で」
「強いね。夜久巴ちゃん」
「それはもちろん。第一軽音部だもの」
つづきはすぐ