9−6 笑ってんじゃねえよこの野郎がよお!!!!
それから数分間、私たちは配信の裏側というもの珍しい光景を眺めていました。
流れるようなコメントの数々を捌き、矢継ぎ早にこぼれ出てくるお話、息つく暇もなく喋るあわさん感心してしまいました。
「すごいね」
「すごいです...」
「趣味、というか好きなことを突き詰めると達人になれるっていうやつだね。こんなにひとりでお喋りできるって才能だよ」
「そうですねえ...」
「私たちも見習わないとね!きらら部らしく、きらら系の真髄をゴリゴリ詰めて行こ!」
「ええ...ん?」
達者なあわさんに見惚れていてすっかり忘れていましたが、私たちは別の目的があってここに来たことを思い出しました。
「...もる子さん。そういえば、私たちここにミシン取りに来たんじゃないでしたっけ...?」
「あ...そうだった!」
もる子さんも目的を思い出したようで、ハッとこちらに顔を向けました。
それから二人で周囲を見渡すと、あわさんが配信を行っている机の上方、棚の上にミシンがあることを確認しました。
「...厄介なとこにありますね。また今度にしましょうか...」
「行けるって!」
もる子さんはポケットからシワシワの紙を取り出すと「ミシンを取ったら帰ります。ありがとう!」と書き込みました。
それを注意深くそっと机の上に置くと、あわさんはそれを横目で確認して、配信に影響がないように小さく頷きました。
ですがそのミシンは机の上方の棚に置かれているわけでして、私が背伸びをすれば届くとは思いますが、きっとカメラに映り込んでしまうことでしょう。
もる子さんがどうするのかと思っていたところ、彼女は背を低くするとあわさんの右斜後ろに回り込み、大胆にも跳躍したのです。
あわさんの横をかすめながら静かに机の上に飛び乗ると、そーっとミシンに手を伸ばします。
あわさんはその奇行にありえないほど顰め面。
突き刺さるほどの眼力で視線をこちらに送ってきました。
私は音を立てないようにペコペコと頭を下げることしか出来ません。
背の低いもる子さんはなんとかミシンを手にしようと奮闘しますがあと一歩届かず。
もる子さんは「ふんっ」と極限まで背伸びをしました。
同時に机の重心がもる子さん側に傾きあわや大惨事。
あわさんは足を伸ばし、手を伸ばし反対側に全力で体重をかけます。
それでも笑顔は崩れません。
ぷるぷると両人の手足が震えていましたが、先に震えが止まったのはもる子さん。
ミシンに手が届いたのかピタリと体を安定させました。
すると今度は力を込めまくっていたあわさん側が傾きます。
机の上のモニターも傾きますが、笑顔もトークも崩れません。
すぐさま手の力を緩めればドスンと並行は保てたでしょうが、音を立てるのが嫌なのか、ゆっくりゆっくりと重心を保ちながら机を戻します。
左足を机の脚と床の接地面の部分に添えて、そこを支点に力技です。
そうしてようやく平行に近づいた机でしたが、そこであわさんがビクリと体を跳ねさせました。
何が起きたのかと目を凝らしたところ、支点にしていた左足の爪先を机の下に挟んでしまったようでした。
しかしもる子さんはそんな事に気づきません。
座りが悪い机をに体重をかけてなんとかガタつきを無くそうと尽力しています。
もる子さんの体重移動の度にあわさんの眉が跳ねる様はまるで正弦波のようでした。
足を引き抜くべく、今度は右側へと机を傾けて足を浮かせます。
ありえないほどプルプル震える左腕で机の片側を持ち上げて、爪先を救出。
少しばかり持ち上げた机の脚を戻しましたがそこでまたトラブル。
上げ下げした衝撃か、決して新しいと言えない机はへそを曲げたように左側の脚を鋭角に曲げたのです。
次は下がらないように下がらないようにと、あわさんは全力で机を支えます。
長机というだけでも重いのに、モニターにPCにもる子さんまで乗ったそれを左手一本で支えるあわさん。
その表情は西洋の人形劇のキャラクターのように固定されて、目をかっぴらいていました。
流石にヤバいと思った私は、コソコソと背後を通って机の脚に手をかけます。
あわさんと一緒になって落下しないように支えながらなんとか脚を九十度に、といったところで何故今まで動かなかったのかは分かりませんが、熱々のコーヒーが入ったマグカップが倒れ、私とあわさんめがけて流れてきました。
んん!?と思った私たちは、降りかからないようにと今度は右に机を傾けました。
ですがそうすればもる子さん側が低くなるのは当然でして、ミシンの下段を掴んだ彼女は宙吊りに。
瞬時にヤバいと思ったあわさんは、もる子さんの足元を掌で支えます。
私も急いで机の脚を戻しました。
そして置いてあったティッシュペーパーで速やかにコーヒーを拭き取りました。
もる子さんもなんとか机に足をつけ、ミッション完了です。
謎の一体感に包まれましたが、あわさんの表情は全く穏やかではありません。
そんな彼女に私は頭を下げることしか出来ませんでした。
シュタッと机からもる子さんが降り立って、またもや屈みました。
そうして私のいる机の左側までコソコソとやってきます。
「取れた取れた!セーフ!」
「ぜんっぜんセーフじゃないですよ!...見てくださいよあわさんを...。配信の口調は柔らかいのに顔だけキングクリムゾンのジャケットみたいになってますよ...」
「大丈夫大丈夫〜!ほらほら!怒られないうちに帰ろ!」
そうもる子さんは私の背中を押しました。
...とりあえずまあ一件落着、ということで私はなるべく体勢を低くして教室を後にしようと歩き始めた時、
「うごぉ!?」
ドンガラガッシャンと背後で物凄い爆音が鳴り響きます。
ぱっと振り返ると広がっていたのは地獄絵図。
躓いたのか、床に倒れるもる子さん。
何かに捕まろうとしたのか、壁にあった蛍光灯のスイッチを押したらしく部屋は灯りに包まれました。
ですが、どういうわけか配信中のあわさんのモニターは真っ暗になっていました。
よくよくみればもる子さんは、床を這っていたコードに躓いたようでして...、先程まで顔を歪ませつつも和気藹々としていたあわさんのお喋りがピタッと止まりました。
「あ、あはは...、すみません...でした...」
いつも元気なもる子さんも、流石に汗を流しながら敬語で謝罪。
それを聞いたあわさんは、一度大きく深呼吸をしてからこちらにクルリと振り返りました。
「笑ってんじゃねえよこの野郎がよぉ!!」
つづきはすぐ




