8−5 うさぎコンプライアンス展開
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「はい。では皆さん落ち着いたところで自己紹介の続きですね。先程もる子さんがぶちのめした一人目の方、金髪の彼女は鵺さんです。名前が長いので皆さんそう呼んでます」
「ふん!部活の名前を変えようなんてっ、生意気だわ!」
「ま〜ま〜鵺ちゃん」
「《かんろ》甘露は黙ってて!」
「......はあ。で、最後にそちらのツインテールの方。私たちの一個上の先輩。三年生の鷹目隼織戠さんです」
「もういいよ鵺。渋滞が名前を変えてもいいって言うなら私はそれで」
「せ、先輩が言うなら!私も賛成です!」
「あらあら〜」
私もどうにか落ち着きを取り戻し、非常に他人の空似が激しい皆さんの自己紹介も一段落したところで本題に戻ります。
そう、本題は皆さんの名前ではなく、この部活に新しい名前をつけることですから。
「茅野海ちゃんに、天樹ちゃん。羽書越ちゃんと、鵺ちゃん。それと先輩の鷹目隼ちゃんね!」
「こら!織戠先輩は三年生なのよ!ちゃんと先輩ってつけなさい!それに私だって二年生よ!もっと敬意を払ったらどうなの!」
「いいよ鵺。そんな堅苦しくなくって」
「せ、先輩がそういうなら...!」
「うるさいですね......。というわけでもる子さん。江戸鮭さん。本題に入りましょうか。部活の名前、なにかいいもの思いつきましたか?」
自己紹介の時点で全力を出し切ってしまった私にとって、部活の名前がどうとかそんな事を考えている余裕は全くありませんでした。
しかし、考えなければならないという義務感に支配はされているわけで...。その理由はきっとこのままこの方達ともる子さんを自由にさせておけばとんでもない名前をつけるに違いないだろうという確信があったからです。
「茅野海ちゃん。部活の名前にこれだけは入れたいってのあったりする?」
「そうですね......。できればカワイイのがいいですね例えば、うさぎとか」
ほら。こうなるんですから。
「渋滞さん。うさぎは辞めましょう」
「なぜですか江戸鮭さん」
「コンプライアンス的にです」
「コンプライアンスならしょうがないわね〜。渋滞ちゃん」
フォローなのか分かりませんが、落雁さんは何か察してくれているようで、鬼気迫る私の反論に乗ってくれました。
「そうですね......。では甘露さんは何が良いと思いますか?」
「私もカワイイものが良いかなって思うな〜。それかみんなの好きなものが良いな!」
「あらあら。それなら皆の好きなものから考えるっていうのはどうかしら?」
予想通りのコンプライアンス展開でしたが、皆さんの好きなものから考えるという手は悪くないと思っていたところでした。
頭の中を巡る不可避のワード以外にも何か思いつくかもしれませんし。
丁度良く落雁さんも提案をしてくれたことなので、そういった路線に舵を切りました。
「私もちょうどそう言おうと思ってました落雁さん。...そうなるとまずは、皆さんの好きなものを伺いたいのですが...」
「私はココア!」
「はいわかりました。わかりましたから甘露さん。カカオの嗜好飲料ですねはい」
「あの、江戸鮭ちゃん私、ココア」
「天樹さん。二度とココアって言わないでください。私の前で」
「...私部長なのになんでこんなに虐げられてるの?」
「まあ、甘露だからな」
「ひどいよ織戠ちゃん!そんなに言うなら織戠ちゃんは何が好きなの?」
「私か?私は─そうだな。私は甘いものが好きだな」
「私も好きです甘いもの!織戠先輩と一緒ですね!」
「鵺も甘いもの好きだもんな」
「はいっ!これからの時期だとお中元で送られてくるものに甘いもの入ってたら最っ高に嬉しいですよね!」
「お中元...。ま、まあ嬉しいけど。食べたかったら自分で買えば良いんじゃないか?」
「そ、そうですよね!私ったら!あはは!と、ところで落雁は何が好きなの!?」
「あらあら。鵺ちゃん。自分の家が経済的余裕がないからって」
「いま関係ないでしょ!?何が好きかって聞いてるの!」
「あらあら。そうね〜。私はオカルト的なものかしら〜」
「......落雁さんは意外な趣味をお持ちですね。私は怖いのはちょっと」
「私も渋滞ちゃんと一緒〜」
「私も得意ではないな...」
「空気読みなさいよ落雁!」
「あらあら、ごめんなさい。うふふ」
一通り皆さんの好みを聞き終えたところで、もる子さんが膝を打ちました。
「なるほどなるほど。みんなの好きなものはわかったよ!」
「まあ、そうですね...具体的なのは少ないですけど...」
「じゃあ具体性のあるお中元は名前に入れよっか!」
「お中元ってワードが入ってる部活聞いたことないんですけど...」
「意外性あって面白いと思うんだけどな〜。じゃあ次は」
「あらあら。次はみんなの苦手なものを聞こうって流れかしら?」
「そうそう!羽書越ちゃん正解!」
「あたったわ〜。でも苦手なものって言われると難しいわね〜。鵺ちゃんがコーヒー苦手って事はわかるんだけど」
「私はいいでしょ私は!!」
「あらあら〜」
苦手なものは何?という部活の名前を決めるのには全く関係のなさそうなやり取りの最中、ちょうど開け放たれていた窓から、ぶんと一匹小さな何かが入ってきました。
そしてそれは立腹加減な鵺さんの頭にペタリと腰を据えたのです。
「いえ゛ぇあああああ!!何!?何!?何かとまった!?」
「ウ゛ェア゛ァァ!?鵺ちゃん!虫!虫とまってる!」
「虫いやああああ!」
「うるさいですね......虫の一匹くらい振り払えばいいじゃないですか」
「じゃあとっで!渋滞ちゃん取って!!」
「私は苦手なので平気そうな織戠さん。どうぞ」
「わ、私!?私も無理だ!」
「あらあら〜」
阿鼻叫喚へと早変わりを遂げた教室。
私はそっと鵺さんに近寄って、彼女の頭で休む小さな虫を手にしました。
「鵺さん。取りましたよ。ほら...。ただのカナブンですよ」
「ひっ!よ、よくさわれるわね!見せないで!見せなくっていいから!どっかやって!!」
はいはい、と私は二つ返事をして窓からそっと虫を放します。
「はぁぁ...こわかった...。ありがとうゴスロリ」
「いえいえ...」
一大事、というほどでもない出来事でしたが一件落着です。
そんな騒ぎの中でももる子さんは何かを観察するように、ひとり頭を捻っていました。
続きは本日




