1−2 助けてくれた女の子
少しばかり時を戻します。
慣れない通学路を嬉々として歩いていた私、江戸鮭にいきなりですがちょっぴり不幸が訪れたところからお話は始まります。
この日のために新調した靴が先日の雨で泥濘んでいたせいで汚れてしまったのです。
オシャレは足元からと言うように、これではなんとも締まりません。
自分の不幸体質を嘆きながら、泥を拭おうと鞄に入っているはずのポケットティッシュを探りますが一向に見つかりませんでした。
途方にくれかけていたとき、無慈悲に通り過ぎていく制服姿の方々から抜け出した方がひとり。
「どうしたの?」
可愛らしいとしか言いようのない声が、頭上でぽんっと響きました。
私は初対面の方とお話するのがあまり得意ではないものですから、あたふたとしながら答えました。
「あ...靴が汚れてしまいまして...お気になさらず...」
「わあ!可愛い靴だね!よかったら私、ティッシュあるから使って!」
「え、あ、いいんですか...?」
「いいよいいよ!ちょっとまってね!」
「ありがとうございます...」
栗色の髪を湿気った空気に浮かべて、とても小柄なその少女は私にポケットティッシュを手渡してくれました。
それをありがたく頂戴した私は丁寧に、それでいて手早に汚れを拭います。
そうしてもう一度、目の前の少女に謝辞を述べました。
「...ありがとうございます」
「気にしない気にしない!困ったときはお互い様!」
その少女は正しく、輝く笑顔を体現するように微笑みます。
そうしてくるりと体を反転させました。
「じゃ、またね!」
私は彼女の名前だけでもと、恩をお返しするために後ろ姿を呼び止めます。
「私?私、もる子!学園に通う十五歳!よろしくね!」
「もる子さん...。あの、私は江戸鮭さしみと申します。お礼はいつか...必ず...」
「ううん!大丈夫!さっきも言ったでしょ!困ったときはお互い様!」
「いえ...、助けていただきましたし...お礼を...」
「うーん...あっ!それじゃあ私の友だちになってよ!」
「お、お友だち...ですか?」
「うん!私、今日転校してきたの!」
「え、あ、そ、そうなんですか?...実は私も、今日転校してきまして...」
「ええ!?そうなんだ!これって運命!?」
もる子さんはそう言って、私の両手を掴みました。それからぶんぶんと握手にしては激しく激しくシェイクしました。
私のほうがだいぶ身長が高いのに、体はガクンガクンと揺れてよろけてしまうほど。
「じゃあ行こ!江戸鮭ちゃん!私たちの新しい学園生活が待ってるよ!」
そうして彼女、もる子さんは私の手を引きました。
学園に向かう学生たちの間を抜けて、私たち二人だけが駆けていきます。
天真爛漫に輝く笑顔のもる子さんに、少しばかり押され気味だった私も、いつの間にか笑顔になっていました。
きっとここから本当に本当に私が私らしく輝ける日々が始まるんだと、何の根拠もないけれど、きっとそうなるんだという希望を持って私ともる子さんは学園の門をくぐりました。
ですが、私の耳に響いたのは希望の「き」の字もない怒声でした。