6−3 醜い争いは鹿もくわない
「もる子さん。やはりここは最近流行りの偶蹄目を全面に押し付けるのが良いと思いますのよ」
「蛍日和ちゃん、それきらら系なの?」
「ウチ、苗字、志摩にする」
「学校に住むのってありかな?もういるんだっけ?じゃあ新聞配達するのはどうかな?ゲーム作る?スルメイカ干したりとかもありかな、持鍍金ちゃんツインテールだし!でもやっぱりアウトドアがいいな!」
「もる子さんも何か混じってませんこと?」
私の渾身の声は皆にかき消され、いまやもる子さん、蛍日和さん、些細さんは激論を交わしています。
そんな三人を見て、私はため息をつきました。
「鮭ちゃんさん。どうしました?」
「え...?」
「ため息、ついてましたからっ」
「あ、え、はは...すみません、持さん」
「大丈夫ですよ。怒ってません、ただ」
「ただ...?」
「鮭ちゃんさん。楽しそうだなって」
「え...?」
「ため息ついてても、お口はちょっと笑ってました」
私は慌てて自分の口元をおさえました。
そんな私を見て持さんは微笑みます。
「ふふ、楽しいですよねこういうひとときって」
「...。」
私は何も答えませんでした。
決して楽しくなかったから、というわけではありません。
ただ、少しだけ「はい」と答えるのがどこかむず痒かったのです。
それを見透かすように持さんはもう一度小さく笑みをこぼしました。
「東北ちゃんの本性知ってますよね?蛍先輩と東北ちゃん、ちょっとした事で言い合いになっちゃったりして、いつもドタバタなんです。そういうときは私もさっきの鮭ちゃんさんみたいに苦笑いしてますから」
持さんは何かを思い出すように目を瞑りました。
「そんな楽しい思い出がいっぱい。『天下を取る』なんて目標を持ってる私たち第二軽音部ですけれど、こうやってただこんな時間を過ごせることが一番キラキラしてるなって思うんです。あっ、勿論目標は叶えますっ!でも、これはこれで幸せだなってっ!」
私は転校初日から今日までを思い返しました。
もる子さんと出会って、風紀委員会の質候さんに目をつけられて、購買で騒いで、第二軽音部の皆さんに出会って、少しだけれど皆で出かけて、なぜか生徒会に立候補することになって、私が生徒会長候補にされそうになって...。
楽しい、だけでは済まされないことも多々ありました。
けれど、楽しくない事ばかりではないのもたしかでした。
半月にも満たないこの期間は、私にとってとても密で、それでいて忘れたくとも忘れられないものになっていた事に間違いはありませんでした。
嫌なことももちろんあります。それに不穏なことばかりですし...。
ですが、転校前の私では考えられないほど楽しい時間があったことは確かです。
「明るく楽しい学校生活を送りたい」という願いは、ほんのちょびっとですが叶いつつあるのかもしれません。
...そうですね
「いってえですわ!何しやがりますのもる子さん!ぶち飛ばしますわよ!!」
持さんに気付かされた、私の小さな小さな肯定は脆くも蛍日和さんの叫びにかき消されました。
「だって私があってるもん!今は軽音部は時代遅れだよ!流行りに乗らないとだよ!」
「だから、鹿系軽音部になりましょうって言ったじゃないですの!」
「鹿系の意味がわからないよ!鹿もかなり遅れてるし!時代は写真にキャンプ!もっと外に出ようよ!」
「なーにがキャンプ、なーにがアウトドアですの!山登るのにも写真取るのにも金がかかりすぎですわ!もっときらら系は慎ましくですわよ!それにお言葉ですが、鹿も軽音も遅れてませんわ!鹿はまだしも、きらら系軽音部は不滅ですの!例え私がボッチだろうと突っ走ってやりますわ!ねえ些細!そう思いますわよね!」
「どっちもクソだから黙れよ」
「「なにー!」ですわ!」
「はっはっは!今日こそはお縄についてもらうぞゴスロリ!この質候が刺客を連れて参上したからにはな!」
「七並べちゃんはだまってて!」
「うぼぁず!!!」
「些細ちゃん!いい?今は流行りに乗っかるべきだよ?わかる?新しいものを生み出せないんじゃ何も進まないの!」
「産まなくていいし。二番煎じでいいし。何番煎じでも流行ればいいんだよ流行れば」
「量産型きらら系に未来はないよ!」
「あらあら〜?そんなこと言うんだったら物質さん?アナタだって見た目はどっからどう見ても量産型きらら系主人公みたいですわよ〜?栗色ショートカットなんて特徴ないないの元気っ子ですわ〜。もっと自分磨きしてはいかが、ぅぼぁ!!」
「黙ってて蛍日和ちゃん!今は些細ちゃんと話してるから!」
「そうだぞ全身ピンク。タイトルが星で区切られた四コマ漫画のキャラみたいな見た目しやがって。チョココロネの細い方を千切るか、もしくは高良に改名しろ」
「も、もぅ、喋る元気もないですわ...」
「よーし!じゃあ理解らせちゃうもんね!些細ちゃん!流行が何なのか教えてあげるよ!体に!」
「言うじゃねえか天津甘栗。今度は正々堂々一対一のタイマンだコラ」
バチバチと火花を散らすもる子さんと些細隣さん。そして床に寝そべる息絶え絶えの蛍日和さん。
あといつの間にか伸びてた質候さん。
いつも通りかと言えばいつも通りかもしれませんが、取り敢えず二人のまったくキラキラしていない死闘のゴングを取り上げるべく、私は重い腰を上げようとしました。
すると
「申し訳ないが、ちょっといいかね」
私の背後から聞き慣れない声がしました。
振り返るとそこには淡い黄緑の長髪を携えて、魔法使いのようなヘンテコな帽子とブカブカの白衣を身にまとった猫背の女の子がひとり立っていました。
続きは本日。




