5−3 銀、金。それと
「さ...些細さん!ビックリしましたよ」
「ごめんね」
些細さんは表情を変えずに、すんと澄ました顔でそう言いました。
私は鼓動を早めた胸元を押さえながら、息を整えます。
「なにみてたの」
「え、あ。えっと蛍日和さんからの連絡を...」
「ふーん...カキフライじゃないんだ」
「今ちょうどここで会いまして...連絡先を交換したんです」
「そっか。カキフライじゃないのか」
「はい...カキフライじゃないです...」
「じゃあなんでカキフライって言ったの」
どれだけカキフライに思い入れがあるのか、些細さんグイグイとこちらに向かってきます。
それはもう、窓から身を乗り出すくらいに。
「え、あ、その...。蛍日和さんが言ってたんです...。些細さんがカキフライ好きって...あはは...」
「ふーん」
「小雨の中買い物に行ったとも...あはは...」
「ふーん...」
「生食してお腹壊したとも...あはは...」
「ふーん.....」
「些細さんが凄くせがんだ...みたいなことも...あはは..」
「あの野郎絶対殺す」
「えぇ...」
「こちとらクールで無口なキャラでやってるのに何でイメージ壊すようなことすんのかなぁ、あの腐れピンク。そう思うだろ鮭」
「え、あ、えと」
「だよな?」
「...はい」
「マジでさ〜...くそ。ウチには感情ないし、みたいなキャラだろウチ。それなのに余計なことばっかだよクソが。何々が好きです〜とか言わねえっつうの。もっと頭働かせろってんだよなあ」
私は些細さん全く表情を変え無いのに、口から紡がれる田舎のヤンキーのような言動にオロオロと目を泳がせました。
「おい鮭」
「は、はい!?」
「お前、どう思うよ。ウチのキャラ」
「え、ど、どっちのですか...?」
「どっち?どっちってなんだよ?ウチどこからどう見ても無口クール感情無い系可憐な乙女だろ」
「ア、ハイ」
「率直に言ってみろ。どうだ」
「ア、ハイ。そう思います」
「本当か?」
「ア、ハイ」
「フラミンゴに言われたこと言ってみろ」
「え...」
「はやく」
「えー...些細さんは...その、罵声を浴びせてきてカワイラシイと...」
「ほおー。あとは」
「め、目に入れてもに痛くないと...」
「そんで」
「ワガママだけど愛おしいと...」
「さては無口クール感情ない系アンチだなオメー!!」
「滅相もございません!!」
真顔でキレ散らかす些細さんに、私は咄嗟に頭を垂れました。
「ったく...。おい、鮭。あんまりあのピンクの言う事を真に受けるんじゃねえぞ」
「し、承知しました...」
「ん。そうだ、持見なかったか」
「持さんですか...?いえ、見てませんけど...」
「そっか。どこいったんだか」
「何か御用があったんですか...?」
「うん。借りてたノート返そうと思って」
「部室にはいらっしゃらないんですか?」
些細さんは首を横に振ります。
「では持さんの教室には?」
些細さんはもう一度首を横に振ります。
「電話かメールでも送ってみては...?」
「持、連絡でない」
「え、出ないんですか?」
「うん。持、蛍のストーカーしてるときは電源切ってる」
「えぇ...」
私は一緒に焼き鳥屋さんに行ったときのことを思い出します。
質候さんに竹刀で叩かれた些細さん。
それを慰めた蛍日和さんを見て、彼女は心底悔しそうに「ズルい...!」と嘆く彼女をの顔は忘れようにも忘れられません。
「あの...持さんって、どういう...」
「ピンクラブ」
「ですよね...」
「毎日蛍の分のお弁当作ってきてる」
「おぉ...それはそれは...」
「蛍、たべないけど」
「食べないんですか?」
「うん。毛とか入ってる。恣意的に」
「えぇ...」
「あと、蛍が頼めばなんでもやる」
「...そういえば屋上にいたときに私ともる子さんの情報探ってたって言ってましたね...」
「うん」
「あれ、どうやったんですか...?怖いんですけど...」
「金の力」
「金の力...」
「持、お金持ち」
「お嬢様なんですか...?」
「違う。割の良いバイトしてる」
「ああ、そうなんですか...」
「うん。グレーなやつ」
「良いんですかねそれは...。きらら系にあるまじき単語だと思うんですけど...」
「大丈夫。あんまり犯罪はしてない」
「グレーの範囲が広すぎないですか?」
「そういうお友達に頼んで調べてもらったらしいよ。鮭ともる子のこと」
「ひぇ...鳥肌たちますよそんなの...」
「持は何でもやる女。何でもできる女。他にもあるよ。埋めた話とか。沈めた話とか」
「もういいです...」
「わかった。ん、もうそろそろ行く」
「あ、はい...。そうだ。今さっき蛍日和さんが探してましたよ。もしかしたら連絡、きてるかもしれません」
「ん。ほんとだ。どこにいる、ってメッセージ来てた」
「一緒に帰りたいって言ってました」
「ん」
些細さんはスマートフォンをみつめると、ぷいと私から顔を背けました。
そして窓から少しばかり離れてこちらに振り返ります。
「ありがと」
「!...どういたしまして」
「ウチらも交換。連絡先」
「あ...はい!」
済まし顔でスマートフォンをタップする些細さん。
そのお顔は、夕日のせいか前よりも血色がよく見えた気がします。
「じゃ、また。鮭」
「はい!さようなら、些細さん」
私は、こころなしか足取りが軽く見える彼女を目で追って、ちょっとだけ笑みをこぼしました。
どうやら本当に口数が少ないこともある些細さん。
蛍日和さんの言っていたカワイイの意味が少しだけわかったような気がしました。
なんて穏やかな時間もつかの間。
「鮭ちゃんさん...」
「うわぉぃ!」
机の下、私の足元から聞いたことのある声がしたのです。
続きは本日投稿いたします。