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第四話 生活の始まり

 翔太は新居のデスクに向かい、この世界のIT業界について調べていた。

 求人サイトを開くと、そこには相変わらず前世とは異なる光景が広がっている。


「IT業界で活躍する女性たち!」

「男性エンジニアも活躍中! アットホームな社風」

「男性ならではの感性を活かした開発職を!」


 やはり、以前調べた時と同じようにどの求人も、男性であることを特別な価値として強調していた。

 給与水準は悪くないものの、翔太はなんとなく違和感を覚える。


「正社員としての採用は、まだ早いかもしれないな」


 翔太は画面をスクロールし、個人で請け負える仕事を探し始めた。

 すると、インターネット上で仕事を請け負えるクラウドソーシングサービスが目に留まる。


「小さな仕事から始めてみるか」


 翔太は見つけたクラウドソーシングサービスのアカウントを作成し、自己紹介を入力していく。

 その性別欄で「男性」を選択した瞬間、画面が切り替わった。


「男性クリエイター向け特別保護プログラムが適用されました」


 続いて表示された説明には、依頼主との直接のやり取りを避けるための仲介の仕組みや、不適切な接触を防ぐためのルールが記されていた。


「ここまでするのか……」


 驚きながらも、翔太は最初の仕事を探し始めた。

 幸い、使う道具や手順は前世と同じようなものが多く、その点は安心材料だった。


「これならいいかもしれない」


 小規模なホームページの修正依頼が目に留まる。

 やるべきことが明確で、報酬も妥当な範囲。

 応募してみると、驚くほど早く採用通知が届いた。


「男性エンジニアからの応募、ありがとうございます!」


 依頼主からのメッセージには、過度な期待が感じられた。

 しかし、システムを通じたやり取りは純粋に仕事の内容に関するものだけ。

 この世界なりの配慮が行き届いている。


 仕事を始めると、翔太は前世での経験を存分に活かすことができた。

 画面に向かう手が止まることはなく、むしろ懐かしさすら感じる。

 技術は確実に引き継がれているようだった。


「よし、これで」


 最初の作業を終え、完成したものを提出する。

 すると。すぐに確認と高評価が返ってきた。


「素晴らしい出来栄えです! ぜひ継続的にお仕事をお願いしたいのですが……」


 システムを通じて新たな依頼が届く。

 報酬も最初の仕事より上がっていた。

 どうやら、この世界でも翔太の能力は通用するらしい。


 数時間後、翔太は仕事の合間に届いていた通知を確認していた。

 サイトには、既に複数の新しい仕事の依頼が届いている。

 最初の仕事の評価が高かったせいか、比較的条件の良い依頼が多い。


「こんなに早く仕事が集まるとは」


 作業の合間、ふと画面に映る自分の姿が目に入った。

 この世界での自分は、前世と同じ顔立ちをしている。

 しかし、その存在の持つ意味は大きく異なっていた。


「お腹が空いたな」


 仕事に没頭しているうちに、昼食の時間を過ぎていた。

 翔太は出前アプリを開く。すると、そこにも「男性限定特別サービス」の文字。

 配達員との接触を最小限に抑えるシステムや、専用の受け取りボックスの設置など、細かな配慮が施されていた。


 注文を済ませ、再び仕事に取り掛かる。

 作業に集中していると、この世界の違和感も一時的に忘れられる。

 仕事の内容は、世界が変わっても変わらないのだ。


「お届け物です」


 インターホンが鳴り、モニターには制服姿の女性配達員が映っている。

 指定した受け取りボックスに商品を置く様子が確認できた。


「ご利用ありがとうございました」


 形式的な挨拶の後、配達員は速やかに立ち去っていく。

 この世界のシステムに、翔太は感心せざるを得なかった。


 午後も作業は順調に進み、夕方までには予定していた全ての仕事を完了することができた。

 報酬も既に入金されており、この分なら生活費については問題ないだろう。


「これなら、なんとかやっていけそうだ」


 安堵のため息をつきながら、翔太は椅子の背もたれに深く身を預ける。

 スマートフォンには、新たな仕事の依頼が次々と届いていた。

 需要は確実にあるようだ。


 そんな中で、翔太はふと画面に映った時刻表示を見る。

 すると、もうすぐ日が暮れる時間だった。


「そうだ、食事の買い出しに行かないと」


 毎食出前を頼むわけにもいかないので、翔太は手早く外出の準備を済ませて、スマートフォンで近くのスーパーマーケットの営業時間を確認する。

 それから、営業していたスーパーマーケットに到着すると、入口で一人の若い男性客が店員と話をしていた。


「どうなってる? 男性専用レジが開いていないなんて、配慮が足りないんじゃないか?」


 声高に主張する男の態度に、周囲の女性客や店員たちは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「大変申し訳ございません。すぐに追加のレジを開設させていただきます」


 店長らしき女性が深々と頭を下げる。

 件の男はそれを鼻で笑うと、偉そうにズカズカと店内に入っていった。


(この世界の男性って、みんなああなのかな)


 翔太は複雑な思いで場面を眺めていた。

 確かにこの世界では男性が特別な存在かもしれない。

 しかし、それを逆手に取って傲慢な態度を取る必要はないはずだ。

 店内に入ると、先ほどの男が店員を呼びつけている声が聞こえてきた。


「賞味期限が明日までって、舐めてるのか? ちゃんとした商品を用意しておくべきだろ」

「申し訳ございません。バックヤードで最新の商品を確認してまいります」


 店員が走り去る中、男は得意げな表情を浮かべている。

 その一方で、周囲の客たちは気まずそうに視線を逸らしていた。


 翔太は静かにカゴを手に取り、必要な食材を選び始めた。

 それから、レジに並ぼうとすると、先ほどの男が男性専用レジで品物を広げているのが見える。

 翔太はその光景を横目に、普通のレジに並ぶことにした。

 すると、後ろから声がかかる。


「あの、男性専用レジがございますが……」

「ここで大丈夫です。急ぎませんので」


 店員は驚いたような、でも少し安堵したような表情を見せた。


 この世界での生活は、まだ始まったばかりだ。

 戸惑いながらも、自分なりの道を進むしかない。

 権利を主張するだけでなく、人としての誠実さも大切にしたい。


 翔太はそう考えながら、帰宅して玄関のドアに手をかけた。

 買い物袋の中の食材が、今日という一日の確かな重みを伝えていた。

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