第十話 期待と解析
風間道場での訓練が始まってから、約二ヶ月の時間が経過していた。
週に一度の訓練日は、翔太にとって間違いなく充実した時間となっている。
みどりの指導のもと、彼は探索者としての基礎を一つずつ身につけていた。
「動きは随分良くなってきましたね」
みどりは朝の訓練を終えた翔太に、水の入ったペットボトルを差し出しながらそう話す。
その仕草には、誰かの世話をすることに慣れているような自然な優しさがあった。
「ありがとうございます」
翔太は感謝の言葉を述べながら、ペットボトルを受け取る。
汗で濡れた探索者スーツが、朝日に照らされて光っていた。
みどりは思わずその姿に見とれそうになり、慌てて視線を逸らす。
この二ヶ月、週一回の訓練で翔太の身のこなしは着実に変化していた。
最初は不格好だった動きも、今では格段に洗練されている。
この世界の男性らしからぬ身体能力で、翔太はみどりの予想以上の成長を見せていた。
「休憩を取ったら、次の訓練に移りましょう」
みどりはそう言って、道場の奥にある部屋の扉を開けた。
部屋の中央には、またも用途不明の装置が設置されている。
その装置は、一辺が30センチメートルほどの立方体で、表面は磨かれた石のような質感を持っていた。
上面の中央には、掌ほどの大きさの水晶が埋め込まれている。
水晶の中には、かすかな青い光が揺らめいていた。
「これも、実際のダンジョンで見かける装置の一つです。見た目はシンプルですが、内部の仕掛けはいつもより複雑ですよ」
翔太は装置に向き合い、ゆっくりと目を閉じる。
この二ヶ月の訓練で、ギフトを使う感覚にも随分と慣れてきた。
特に、検索をかけるような感覚で"解析"を行う手法は、みどりも驚くほどの効果を発揮していた。
目を開くと、装置の内部構造が文字の羅列として浮かび上がってくる。
その中から必要な答えを検索するようにすると、装置の仕組みを説明する文字の羅列が見えてきた。
「この装置は、水晶から放出された魔力が中心部に集まって、そこに蓄積されていっていますね。もしかして……これは罠でしょうか」
「何故そう判断したのですか?」
みどりは、まるでテストをするかのように尋ねた。
「この装置には魔力を放出する経路がありません。入ってくる魔力を溜め込むだけですから、限界を超えれば最終的に爆発するはずです」
翔太は自分の解析結果を、順を追って説明する。
「しかも、この装置の中心部に設置されている結晶は、不安定な状態の魔力を好んで集める性質があるようです。恐らくは、爆発が起こりやすいようにしているのではないでしょうか」
「その通りです。シンプルですが、それだけに気づきにくい仕掛けをよく見抜きましたね」
みどりは翔太の説明に満足そうな表情を見せた。
「実際のダンジョンでも、このように危険な効果を持つ装置は少なくありません。特に深層になればなるほど、装置の仕掛けは巧妙かつ攻撃的になっていきます」
「では、この手の装置に出会った時は?」
「まず距離を取ること。それから、可能であれば魔力の供給を断ちたいですね。今回の場合なら、上部の水晶を安全に取り除く必要があります」
みどりは説明を続けながら、翔太の理解度を確認するように表情を観察していた。
「……そろそろ頃合いかもしれませんね。来週からは、実際のダンジョンでの訓練に移りましょうか。もちろん、安全な区画からですが」
その言葉に、翔太の心が高鳴る。
ついに実際のダンジョンへ。
しかし同時に、不安も感じていた。
みどりは、そんな翔太の表情から不安を読み取り声をかける。
「大丈夫です。必要な指導は私がしっかりとしますから」
その後の訓練でも、翔太の上達は目覚ましかった。
毎週の訓練を真剣に重ねた成果は、確実に実を結んでいる。
それは純粋な才能というより、物事の本質を見抜こうとする真摯な姿勢がもたらした結果だ。
そうして訓練を終えて日が暮れる頃。
翔太が帰り支度をしていると、みどりが声をかけてきた。
「佐伯さん」
「はい?」
「この二ヶ月、あなたはギフトについて深い理解を示し、着実な成長を見せてくれました。実際のダンジョンは訓練とは比べものにならない危険がありますが……あなたなら、道を切り開いていけると信じています」
その声には、普段の凛とした調子の中に、かすかな揺らぎが混じっていた。
しかし翔太はその意味に気づくことなく、純粋な励ましの言葉として受け止める。
「ありがとうございます。必ずその言葉に応えてみせます」
翔太は笑顔でそう答えた。
その無邪気な様子に、みどりは思わず目を逸らす。
夕暮れ空の下、翔太は道場を後にした。
来週からは、いよいよ実戦訓練が始まる。
翔太の心の中には、みどりの言葉が不安よりも大きな自信となって残っていた。
遠くから見送るみどりの眼差しには、これまで指導してきた誰よりも大きな可能性を見出した確かな手応えと、自分でも気づきたくない想いが、静かに揺れていた。




