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幕間 〜とある令嬢の繁栄と没落〜





 アウメリアは、とかく傲慢だった。

 王国貴族において強い権限を持つとされる、ルクスクレイド家……その当主であるユーシス・フォン・ルクスクレイド侯爵には、一人娘がいた。

 名を、アウメリア・フォン・ルクスクレイドと言う。

 光輝く美しい金色の髪。燃えるような赤い瞳。見る者全てを虜にする容姿。魔力に長け、武芸を修め、学問にも富む。侯爵家という家柄にすらも恵まれ、まさに非の打ち所のない令嬢と言えた。

 だから仕方がなかったのかもしれない。

 自身の才覚に絶対の自信を持っていた彼女は、存分に他者を見下していた。

 誰もが己よりも劣っていると。

 自分は選ばれた者なのだと。

 他者を蔑み、侮り、軽視する。

 しかし皮肉にも、彼女の容姿が、才覚が、その歪みすらも肯定させてしまっていた。 

 彼女の名は王都中に広まっていき、やがて、王家の耳にも入ることとなる。何の因果か、王族の一人に、アウメリアと同い年の少年がいた。

 ジェフリー・グランセリス・ヴェルハイム……王国の第二王子である。

 王子との縁談はトントン拍子に進み、やがてアウメリアとジェフリーは許嫁の間柄となった。

 彼女にとって、ジェフリーは剣だった。

 自らの立場を絶対的なものとさせる、覇者の剣であった。

 しかし言い換えれば、王族であるジェフリーすらも、彼女にとっては剣でしかなかった。

 家柄だけでなく、王族の後ろ盾まで得たアウメリアに、もはや誰一人として敵対しようとする者などいなかった。胡麻を擦り、顔色をうかがい、彼女が好む言葉と物をぶら下げる。

 全てが順風だった。

 全てが思うままだった。

 だからこそ、そこに僅かながらの油断が生じたのかもしれない。

 ――転機は、突如として訪れた。

 ある日、ジェフリー王子は、遠征先の街にて一人の少女と出会う。

 セルフィナ・ローベル。

 辺境にある小さな村の出の平民女性である。

 彼女は取り立てて美しいわけではなかった。魔力も並以下。武芸も経験がなく、深い知識があるわけでもない。

 しかし常に優しく微笑み、誰よりも慈愛に満ちていた。王子であるジェフリーに対しても、それは同じであった。

 責務の重さとアウメリアの冷淡さに、人知れず疲弊していたジェフリーにとって、彼女は荒野に咲く一輪の花のように映った。

 セルフィナもまた、ジェフリーの本心や素顔に触れて、彼の支えになりたいと願うようになった。

 二人は若く、青かった。

 惹かれ合い、恋に落ちる。必然だろう。

 それが許されない関係だと知りながらも、身も心も深く繋がっていくのだった。

 数ヶ月後のことである。

 二人の関係にアウメリアが気付いた頃には、既に手遅れであった。

 ジェフリーを問い詰めた際、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせながらも、黙して受け止める彼の表情を見たアウメリアは全てを悟った。

 彼の想いは揺るぎないものであると。

 もはや自分の声など届いていないと。

 それほどまでに、ジェフリーはセルフィナを愛しているのだと。

 アウメリアは混乱した。

 生まれて初めての屈辱と焦燥に、ただただ狼狽した。

 そして彼女は、羅刹へと墜ちていった。

 全ての元凶たるセルフィナを亡き者にせんと画策し、一方で裏切り者たるジェフリーの立場を貶めんと、彼の悪行を虚実とりまぜて王都に流した。

 だが、彼女は狼狽していた。

 故にその暗躍は拙く、粗笨であった。

 だからこそ、全てが明るみになるまでそう時間はかからなかった。

 やがてアウメリアは捕らえられる。幸いにも、セルフィナに危害が及ぶ前であった。

 咎は、王族侮辱。及び、平民殺害未遂。

 そのスキャンダルは忽ち王都を駆け巡り、特にアウメリアは、貴族や平民からの好奇と嘲笑の的となった。なぜ彼女だけがそうなったのかは、普段の立ち振舞とかつての所業の賜物と言えるだろう。

 ともあれ、王子の不貞、平民女性のシンデレラストーリー、名門侯爵家令嬢の失墜という一連の事件は、国民の話題の中心となっていった。噂は噂を呼び、話には尾ひれが生え、もはや何が本当なのか何が虚偽なのかもわからぬ程の騒動へと発展するのだった。

 その中心人物であるアウメリアは、いつしか人々の間でこう呼ばれるようになったのである。

 悪役令嬢、と。

 無論ジェフリーは理解していた。元を辿れば、自らの不貞が原因であることを。自らの不甲斐なさがこのような事態を引き起こしたのだと。全て理解していた。

 だがそれでも、想い人の命が脅かされたという事実は彼の中に紅蓮の炎を滾らせ、拳を震わせた。

 そして、審判は下る。


「アウメリア・フォン・ルクスクレイドを、王都追放とする!」


 こうしてアウメリアの輝かしく華やかな日々は、鈍い馬車の音と共に、終焉を迎えるのだった。


 そして舞台は移る。

 そこは草木一つ育たぬ不毛の大地であり、醜悪な男が統治すると噂される、王国最果ての地であった――――。

 

 

 

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