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3 竜殺し




 王都に聳える純白の城。

 雄大にして優雅であり、その威光は国中にあまねくかのように佇む。

 城の頂上部に位置する執務室では、容姿端麗たる青年の姿があった。

 まだ若いながらも、豪華で綺羅びやかな衣装に一切着劣りしておらず、銀色の髪は揺れるたびにキラキラとした光を放っていた。

 

「――よろしかったのですか?」


 部屋の中にいた側近の赤毛の女性が声をかけると、彼は筆を止める。

 

「それは、どの件だ?」


「無論、ルクスクレイド家の令嬢の件でございます」


「ああ、それのことか。悪役令嬢だとか呼ばれているそうだな。くくく……アレが悪役ならば、主役は誰だろうな」


「王都追放という処分に、様々な声が上がっているようですが」


「フン、外野の野次など気にすることではない。一つ言えるのは、ああでもしなければジェフリーも納得しなかったということだ」


「ジェフリー様は極刑を望まれていたようですが?」


「己に原因があるのにか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことをすれば、父親のユーシスも黙ってはいまい。あれは力のある貴族だ。謀反など起きれば面倒にしかならん。それにな、惜しいのだよ」


「惜しい?」


「アウメリア・フォン・ルクスクレイド……性格にこそ難はあるが、あの娘、間違いなく傑物だ。魔導、武芸、学問、容姿も加えていい。それら全てにおいて、他の追随を許さぬ優秀さを持つ。アレは、いずれ必ず王国の力となるだろう」


「しかし、追放されていますが?」


 青年は「クハハハ」と一笑に付す。


「俺を誰だと思っている。そんな処分など、国王()の一言でどうにでもなる」


「……左様で」


「ただ、如何せんあの性格だ。あの傲慢過ぎる気性は看過できん。王族すらも己の道具としか思っていないだろう。どれほど優秀であろうとも、あれでは危なくて手元には置けん」


「だからこその追放、ということですか?」


「わかっているじゃないか。ウォレス領……あそこは、魔境だ。草一つすら育たぬ不毛の大地、凶悪な魔物の徘徊、人も獣も近寄らぬ果ての極地。悪役令嬢がいくら優秀だろうとも、それはあくまでも人の身においての話。あそこは、あの高過ぎる鼻を無慈悲にへし折ることだろう。尊厳も、傲慢も、かつての栄光も称賛も、何一つ通用しない。必要なのは強さのみ。単純な、生物としての強さが全て。それがあの地だ。そして思い知ることだろう。己が矮小さを、脆弱さを。そうなれば後は容易い。アウメリア嬢はさぞ優秀な駒となり、存分にその手腕を振るうことだろう。全ては国のため。何よりも、俺のためにな」


「その前に命を落とさなければ、ですが」


「それこそいらぬ心配だろう。あそこには誰がいる? あのヨハン・ウォレスだぞ?」


 側近は、僅かに視線を尖らせる。


「……ああ、“竜殺し”ですか」


「ヨハンはその呼び名を嫌っているがな。いずれにしても、全てあいつに任せればいい。アウメリア嬢の経歴は事前に送り付けている。賭けてもいい。ヨハンは、アウメリア嬢を見捨てない。いや、見捨てられない……とでも言うべきだろうな」


「信頼されているのですね」


「信頼? 何を言っている。そんな甘っちょろいものではない。俺は確信を持っているんだよ。ヨハン・ウォレスとは、そういう奴だ」


「……買いかぶり過ぎては? あれはただの、ヘタレゴミムシですよ」


「ヘタレ?」


「ゴミムシが抜けております陛下。ヘタレゴミムシです」


「…………」


 なんとも言えない沈黙が流れる。


「……そ、そうか。確かお前は、奴と面識があったな」


「大変不本意ながら。記憶から消し去りたいですが」


 ゴホンと、王は一度咳払いをする。


「ともかく、アウメリア嬢についてはヨハンに一任しよう。そして見守ろうではないか。地に落ちた才女が、かの魔界にて、どのような変貌を遂げるのかをな……――」


 


 ◆




「任せてって……」


 アウメリアが混乱する中、遠くから「ヲボォォォオオオ!!」という魔物の雄叫びが響いてきた。


「アウメリアさん、話は後で。少し離れて」


 そう告げたヨハンの声は穏やかだが、どこか芯のあるものだった。

 彼はアウメリアに背を向けると、ゆっくりと歩み出る。その姿はどこか頼りなく見えるはずだった。先ほどまでの印象ならば、間違いなくそう思っただろう。

 だが、今は違う。

 魔物と対峙する彼の背中には、不可思議な確信があった。


「ヲボォォォオオオ!!」


 怒り狂うように、グランドワームが再び襲いかかる。踏み込む度に大地を割り、地響きを鳴らせ、空気を唸らせ、その巨体がヨハンに迫る。

 だが、ヨハンは一歩も引かない。


「ごめん。人を襲った魔物は討伐する。そう、決まっているんだ」


 彼の足元に風が集まり、旋律のように舞い踊る。


「風よ、哭け……」


 ふわりと、彼の黒髪が舞った。


「四神の風よ、嵐刃となりて万象を断ち、理をも斬り裂け――……――“神風魔法テトラ・テンペスト”」


 瞬間、視界が白く染まった。数多の竜巻が奔流となり、世界を穿つ。 轟音と暴風が大地を裂き、空を切り裂き、グランドワームの咆哮を吹き飛ばす。

 その一撃はまさしく暴風の化身。音すら置き去りにして、世界を切り裂いた。轟々とした風鳴りの中にキィーーンという鋭い音が差し込まれる。

 グランドワームは呻き声すら出せぬまま風の刃に刻まれ、体中が引き千切れる。

 暴風は肉片の全てを呑み込み、荒野の彼方へと放りやるのだった。

 風が止み、静寂が戻る。

 さっきまであったはずの緊迫感は消え去り、またも荒野は、単なる荒野と成り果てた。


「…………」


 アウメリアは声も出なかった。

 信じられない光景だった。自分が必死に放った魔法がまるで効かない魔物を、この男は、ただ一撃で、まるで細枝を捨てるかのように吹き飛ばしたのだ。


「……お待たせしました」


 ヨハンがこちらを振り向く。

 その顔には疲労も怒りもなく、ただ柔らかな笑みだけがあった。


「あなたは……何者なの?」


 言葉が口から滑り出たのは自然なことだった。震える心で、それでも確かめずにはいられなかった。

 ヨハンは、少しだけ困ったように微笑む。


「僕は、ヨハン。ただの、ヨハン・ウォレスです」


 その答えは、あまりにも拍子抜けするほど平凡で……なのに、どうしようもなく温かかった。

 そして彼は、そっとアウメリアの手を取る。

 その手は優しく、温もりに満ちていた。


「帰りましょう、アウメリアさん。暖かいご飯が待っていますよ」


「…………」


 彼女の耳には、その言葉が届いていなかった。

 激動の一日を経て、絶望と混乱の坩堝に陥ったアウメリア・フォン・ルクスクレイド。

 これまで関わることなかった世界が、知る由もなかった世界が、ただただ彼女の心臓の音を掻き鳴らすのだった。







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― 新着の感想 ―
ちょっと頭に入りにくい部分もありましたが、それでも物語のアイデアや雰囲気がすごく好きです。読み返すとより深く楽しめるタイプの作品だと思います。今後の展開も楽しみにしています!
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