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18 強襲






 翌日、街を歩くヨハンとアウメリアは、奇妙な静けさに身を置いていた。


「嫌な感じがするわね」


「はい。監視されてますね。おそらく、昨日の二人かと……」


 ヨハンの鋭い感覚が捉えたのは、視線とも気配ともつかぬ微細な魔力。

 その魔力は不自然なほど鈍く、虚ろで、霞んでいた。ヨハンはすぐに、それが魔法により隠蔽されたものだと勘付いた。


「どうするの? 撒く?」


 アウメリアは表情をさせた。

 だがヨハンは、どこか呑気に肩を竦めた。


「……ほっときましょう」


「は?」


 アウメリアが怪訝な表情を浮かべると、ヨハンは微笑を浮かべて続けた。


「相手は実力者のようですし、下手に振り切ろうすれば、かえって目立ちます。それより、我々が"使えない新人"だと勝手に思わせた方が都合がいい」


「……監視を逆手に取る、ということ?」


「そういうことです」


 翌日から、ヨハンとアウメリアは徹底的に「無能」を演じた。

 薬草採取、腐った果実の回収、迷い猫の捜索、挙げ句には老婆の買い物の付き添いといった、凡そギルドとはあんまり関係のないようなクエストばかりこなす二人。

 そんなクエストでも時に失敗を演じ、時に相手を怒らせ、しかし最低限の成果は出るように調整をする。

 やがてヨハンとアウメリアのことを気に掛ける者など、ほとんどいなくなってしまっていた。

 ……ごく一部を除いて。

 二人を遠巻きに見つめる影が二つ。

 セリスとイーシェである。


「どう思う、イーシェ」


「不自然すぎる。受けるのも露骨に簡単なクエストばかりだし……」


「もしかして、監視に気付いてるのか?」


 イーシェは眉をひそめる。


「まさか。私の気配遮断魔法は完璧。もしも気付けるとしたら、私たち以上の魔道士、それも、ギルドマスターに並ぶ程の力が必要。それはさすがにあり得ない」


 それでも、違和感は拭えなかった。

 二人が監視を始めてから、街で頻発していた不審死がピタリと止んだのだ。


「しゃあねえ。ちょっと仕掛けてみるか」


「大丈夫なの?」


「さあな。ただ、このままじゃ埒が明かねえし。バックアップ、頼んだぜ」


「うん、わかった。気を付けて」




 ◆




 翌日の昼下がり。

 ヨハンとアウメリアが街中を歩いていると、突然セリスが現れた。


「よぉ、久しぶりだな」


 彼の登場にも関わらず、ヨハンとアウメリアは驚く素振りはない。


「そうね。なぜか久しぶりって感じはしないけど」


 アウメリアの含みのある言葉に、ヨハンは冷や汗を浮かべた。


「なぁ、これからクエスト行かねぇか?」


「今から? 突然ですね」


「なに、先輩からのちょっとしたサービスだよ。俺、こう見えても上級冒険者なんだぜ? 損はさせねえよ」


 セリスの話を聞いたアウメリアは、一層目を細めた。


「上級冒険者、ね……。少なくとも、ただの冒険者じゃないのはわかるけど」


 セリスはピクリと片眉を上げる。


「どういう意味だ?」


「その襟に付いたギルド紋……それ、選抜員(エレクタス)の印でしょ? ギルドの中でも相当な実力者だと聞いたことあるわ。問題は、そんな奴がなぜわざわざ私たちに接触してくるかってところよ。狙いがあると思うのが普通じゃない?」


「へぇ……お嬢さん、あんた凄いな。ただの新人じゃねえな」


 そんな二人のやり取りを横で見ていたヨハンは、嘆息混じりに天を仰ぐ。

 もはや色々台無しになったことなど、言うまでもなかった。


「あー……僕の方は、ただの新人ですけどね」


「それ、余計に怪しいわよ」


「アウメリアさん、ちょっと本気で黙っててくれませんか?」


「なに? 文句あるわけ?」


「呆れて文句も枯れ果てました。アウメリアさん、もう完全にただのアウメリアさんじゃないですか」


 じゃれ合うようなやり取りに、セリスは苦笑しつつ言った。


「お前ら、気に入った。クエスト、やっぱ一緒に行こうぜ」


 セリスが先導するように歩き出す。


「いや、ですから……」


「いいから付いて来な。とっておきの場所、案内してやるよ」


 セリスはヨハンの言葉を遮り、背を向けて進み始めた。

 そんな彼に、ヨハンとアウメリアは視線を交わし、軽く頷く。


「正直に言うとな、疑ってたんだよお前らのこと」

 

 歩きながら、背後のヨハンたちに話しかけるセリス。


「この街には色んな奴が来る。中には推薦状を偽造する奴もな。そんで、今は時期が悪い。そりゃ誰でも疑ってしまうってもんだろ?」


 ヨハンたちからの返事はない。

 それどころか、足音すら聞こえない。


「おい、お前ら、聞いて……」


 振り返ったセリスの視界に、ヨハンとアウメリアの姿はなかった。

 二人はいつの間にか離脱しており、セリスだけがぽつんと取り残されていた。


「……は、ははは。この俺を、放置しただと? ギルドの選抜員にして、マスター・ゼルディアの右腕とも言われるこの俺を? ははは、マジかよ……」


 口調こそ冷静であったが、その顔は茹でタコのように真っ赤であった。

 しかし、冷静もこれまでだった。


「あいつら……殺すッッ!!」




 ◆




 街外れの林にて、ヨハンとアウメリアは、再び地味なクエストに戻っていた。

 採取した薬草を片手に、アウメリアは聞く。


「ねえ、あいつのこと、置いてきてよかったの?」


 ヨハンは考える。


「うーん、良くはないんですけど……」


「けど?」


「……いいか悪いかの話より、面倒なので」


「……ほんと、あなたって時々すごく雑よね」


 その時だった――。


「――“電撃魔法(トニトルス)”!」


 天から激しい雷が降り注ぐ。

 ヨハンは寸前で跳び退き、アウメリアを庇いながら、近くの木を睨み上げた。

 そこにいたのは、セリスだった。


「よぉ、色男。さっきぶりだな」


 セリスの表情は実に楽しげだったが、目は一切笑っていない。

 彼は木から身軽に飛び降り、バチバチと稲光を放ちつつ着地した。


「いきなりいなくなるなんて酷ぇ奴らだな。だが、残念だったな。俺を撒こうなんて千年早いんだよ」


「それより、仮にもギルドメンバーに向かっていきなり魔法を撃つのはどうかと……。それ、ぶっちゃけアウトでしょ?」


「お前が死んでたら、ちゃんと裁きを受けてやるさ。でも、お前らは生きてる。つまり、ノープロブレムってこった!」


「いや、問題しかないわよ……」


 アウメリアの呟きは、当然聞き流される。


「とにかく、もうめんどくせえ腹芸はやめだ。お前らがどんな奴らなのか……この俺自ら、確かめさせてもらうぜ!」


 セリスが地を蹴った。

 雷光のような速さで、拳を振りかぶってヨハンへと迫ったのだった。






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