プロローグ
二対の化物が、漆黒の中で命を喰い合っていた。
重力も方向も、命すらも存在しない、魔力と粒子が漂う果てなき闇。
その中央に、二つの影が浮かんでいた。
一つは、巨大な黒き竜。
幾千幾万の兵を葬り、王国を破滅へと追い詰めた災禍の竜王。
黒竜の全身は血に染まり、鱗は砕け、皮膚は焦げていた。だが六枚の漆黒の翼を広げ、未だ健在を示すように唸る。禍々しい二本の角はヒビが入り、或いは欠けていたが、尚も雷を帯びバチバチと音を立てる。
満身創痍ながらも、殺意だけを純粋に凝縮したように、竜の王は動いていた。
もう一つは、フードの男。
男もまた、骸のように佇んでいた。右腕が裂け、体中から血を流し、魔力の発光すら乱れていた。
それでも拳を握り直す。
口元には血が垂れていたが、眼差しは曇らない。
「……終わりにしよう。あなたは、まさしく偉大な“王”だった」
「グオオオオオン!!」
男の言葉に応えるかのように、竜が動いた。
翼が刃のように翻り、空間を震わす。刹那、口腔から発せられたのは世界を穿つ黒き光線。光はレーザーのように空間を走り男に迫る。
対し、男は両掌をかざした。
「万象よ、時も因果も拒む絶対結界と化せ――“結界魔法”」
空間に双対する魔法陣が展開。
光線が衝突した瞬間、音のない爆発が世界を貫き、魔力は流星群のように美しく飛散する。
爆炎の中、彼の瞳がゆらりと光の筋を伸ばした。
「時空の扉、我が足となれ――“跳躍魔法”」
男の姿が掻き消えた。
刹那、黒竜の頭部に拳が叩き込まれる。凄まじい衝撃に竜の体は傾くが、竜はそのまま尾を振り、男に叩き付けた。
小さき身体は隕石のように吹き飛び、魔力の壁を突き破って宙を流される。
全身が軋む。息が吸えない。しかし目は死んでいない。
「……ッ……!」
辛うじて姿勢を整えた男は、両手にありったけの魔力を集め始めた。
「……その光、破壊と破滅の理……!」
男の背後に巨大魔法陣が形成される。
宇宙の星を線で結んだような構造体は、暗無の空間を極大の輝きで照らし、空間は陽炎のように歪む。
「万象を砕く力、今ここに凝縮せよ! 穿てッ! 破壊の極致を以て……ッ!」
男は、その全てを拳に込めた。
黒竜も同時に、角から黒雷の柱を天に放つ。六枚の翼は一際大きく広がり、雷は竜の口へと流れ込む。
先程を上回る程の圧力が、竜の顎に集まっていた。
「“極破魔法”ッ!!」
「ギィィィアアアア!!」
二つの存在が交差した。
拳と黒閃が衝突した瞬間、虚無に初めて音が宿ったかのような轟きが世界を貫く。
その衝撃波は全てを飲み込み、粉砕し、闇を光に裏返した――。
――その結末を知る者は、誰もいない。
崩壊する空間が、その末路ごと、彼方へと連れ去っていった。




