Another side.虐げられた者
カズハ(サーシスの兄)視点になります。
時系列がかなり戻ります。
chap.5でミーツェたちがアヤカシに到着してから
御前試合までの間で起きた話になります。(ep3~9)
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■後神暦 1325年 / 春の月 / 黄昏の日 pm 07:30
――霊樹精の森(忌み森)
森の中にあって木々が開け、
茸に縁どられた円には様々な季節の花々が咲く場所、
娘が好きだった此処にまた来てしまった……
あの日から後悔をしない日はない、
何故あの日ツバキを一人にしてしまったのか、
何故奴らの侵入に気づかなかったのか、
何故母を殺された時点で奴らに復讐しなかったのか、
私は奴らと同等かそれ以上に自分を赦せない。
この気持ちは呪詛の念だ。
私は私を呪う、娘を奪った奴らを呪う、我らを虐げる世界を呪う。
我々古代種が世界に忌避される理由は分らない。
今は亡き長老曰く、現在の暦となる以前、世界は古代種しか存在しなかった。
しかし、ある種族の繁栄に伴って世界は激変したらしい。
天変地異で地形は変わり、どこからともなく現れた新たな大陸に押し出されるように古き大陸は沈んでいったそうだ。
そして今の種族が前触れもなく現れ、古代種を襲い出したらしい。
まるで誰かに操られているようで意志を感じず、ただ我々を殺す為に存在する魔物のようだったと言っていた。
それも80年が過ぎると、何事もなかったかのように他種族たちは知性を持ち始めたそうだ。
襲われ続けた期間の長老たちはきっと地獄のような日々を過ごしていただろう。
その長老や妹の言葉もあって、ヨウキョウを追われたときも、母が殺されたときも、自分がどうにかなってしまいそうな憤怒を腹に収めた。
しかし、それに何の意味があった?
霊樹精は直ちに滅びることはなかったが、今ではヨウキョウだけではなく、ヴェルタニアからも狩られる立場になり、緩やかに滅びに向かっているだけではないか。
ヨウキョウに捕えられれば命を奪われ結界の一部になる、
ヴェルタニアに捕えられれば奴隷の一生、
私や私のように家族を奪われた同胞の怒りや悲しみはどうすれば良い?
報いを与えてやりたい、しかし、我らは結界に打ち勝つことができない……
「こんばんワぁ~」
――!?
木々の影から一人の女が現れた。
魔人族? ……ではないな、気配を感じなかったが我々に害を成す者で間違いない。
女に向かって焔を放とうとしたが、奴は両手を上げ敵意がないことを訴える。
「待って待ってぇ~、敵じゃないワぁ~」
「では何だと言うのだ?」
「ん~、ヨウキョウの敵ねぇ、だから霊樹精の味方ってことにならないかしらぁ~?」
「信用できないな、何者かも知れない者の言葉を信じる奴などいないだろう」
「そうねぇ~……嫌いな呼び方だけど、古代種のキメラって言えば信じてくれるかしら?」
薄ら笑いを浮かべていた女が真剣な面持ちに変った。
古代種のキメラ……妹が我が子のように想っている者も同じ境遇だ。
もしかしてヨウキョウは結界だけではなく更に非道なことをしているのか?
「同じ境遇の者が我らの同胞にもいる、お前の元の種族はなんなんだ? 霊樹精ではないだろう?」
「私は魔人族と*****の混血よぉ~」
「*****? 聞いたことがない、それに魔人族は古代種ではないだろう?」
「古代種よぉ? 貴方が知らないだけで私は知っているワぁ」
そんなはずはない、これは世界共通の常識だ。
だがこの女の自信、間違っているのは自分なのかと錯覚してしまうような不気味な説得力がある。
「信じてないみたいねぇ~、でもいいワぁ。それより……貴方、ヨウキョウに復讐したいのよねぇ? コレ、あげるワぁ」
「なんだこれは?」
差し出されたのは血のように赤黒い液体が入った小瓶。
見るからに怪しい、それに私の復讐心を見抜いたのか?
「結界のせいでまともに戦えなくて困ってるんじゃないかと思ってぇ、それは結界を超える力を手に入れられるモノよぉ」
「そんな怪しい話を信じられるワケがないだろう」
「そうよねぇ~、だから実演しようと思ってぇ~」
そう言った女が目の前に真っ黒い空間を出し、中から鎖に繋がれた魔人族の男が現れた。
警戒をしたが正気を失っているのか虚ろな目をしている。
女は赤黒い液体を男に飲ませ耳元で何かを話すと不気味に笑った。
直後、男は空に向けて巨大な水球を打ち上げ、それを空中で制止させてみせた。
水球は大きさを増していき、森が飲み込まれるのではないかと思えるほどに膨れ上がった。
そして、女がまた男に耳打ちをすると霧散するように水球は消えた。
私には一連の出来事が信じられなかった。
初めに見せられた大きさの水球ですら、どれだけ魔法の才に恵まれれば成せるのか判らない。
それを放った後に制御し更に増大させるなど、一体どれほどの研鑽が必要なことか……
「勘違いしてるみたいだけど、この男に大した魔法の才能はないワぁ」
「……その液体の恩恵だと言うのか?」
「当たり~、でも、もちろん代償はあるワぁ」
――!?
男が血を吐いて今にも倒れそうになっている、これがこの女の言う代償なのか?
「コレは命を対価に力を得るものよぉ、この男はもう死にかけだったからこれくらいしか出来なかったけど、貴方ならどんなことになるからぁ?」
女は死にかけの男を捨てるように黒い空間に突き入れながら不敵に笑った。
命を対価に、か……
あぁ構わない、娘の仇を討てるなら、同胞が私と同じ想いをしなくてよくなる未来が手に入るなら。
「お前の目的は知らないが……その協力、有難く受けよう」
「コレはまだまだ数があるから他にも復讐を望んでる人と協力した方がいいワぁ。相手は一国、いくら強くなっても一人じゃ無理よぉ」
「……そうだな、助言感謝する」
「あとは怨弩を上手く利用するのもいいかもねぇ、最近ヨウキョウに落ちたでしょう~? あれって霊樹精の仲間が鏃になったみたいよぉ」
「どういうことだ?」
「詳しくは知らないけれどぉ、ヴェルタニアに攫われた霊樹精で矢を作ったって聞いたのよぉ、近いうちにそこの魔物を掃除しに軍が動くらしいワぁ。
ヨウキョウにも怨弩があるなら自国に撃ち込ませたら凄いことになると思うのよねぇ」
確かにそうだ、もしアヤカシに怨弩を落とせれば結界なんて悍ましい物を造る者たちを一掃できるかもしれない。
「それも良いかもしれないな……ところでお前の名前を聞いてもいいか?」
「ラミアセプスよぉ」
一瞬、女の目が捕食者のように見えた。
もしかすると私は悪魔に魅入られたのかもしれない。
そんなことはあり得ないかと私は自嘲気味に笑った。
【ラミアセプス イメージ】




