ep3.妖精族の子供たち
■後神暦 1323年 / 冬の月 / 獣の日 pm 00:10
「聞いてもいい? もしスタンピードが起こったとしてさ、この広い草原にある花畑が襲われる可能性って低そうに思うんだけど、草原を埋める程の魔獣が出るものなの?」
「規模はわからない……が、例え小規模でも草原に群れが出ればここは襲われるだろうな……
魔獣は体内にある魔石のためかマナの多い者を優先的に襲う。そして我ら妖精族はマナを溜め込む量が多いんだ」
えぇ……追尾型の災害とか何それ理不尽。
「じゃあ別の土地に移住するのはどう?」
「できないこともないが、ここの花たちが根付く地でなければ無理だな。
それに……いや、スタンピードはどこで起こるかわからない、だからどこにいても同じだ」
……? 今何か言い淀んだ……?
でも確かにそれなら確実に花が根付いているこの場所を死守した方が良さそうだね。
「もし花畑が荒らされちゃったらどうなるの? 魔法が使えなく以外に影響は?」
「ないな、だがそれが問題だ。我々はマナがなければ飛ぶこともできなくなる。
この体躯で魔法がなければ魔獣はもちろん、獣からも身を守ることはできないだろう」
そっか……そうだよね、当たり前に飛んでたから思い至らなった。
飛ぶことだって僕からしたら超常的なことだし、あれもマナを使ってたんだね。
「今までも魔獣が襲ってくることがあった。もちろんスタンピードで大量の魔獣が押し寄せたことも」
「その時はどうなったの?」
「我らの中にも戦える者がいるので退けることはできた。
だが花たちが荒らされたときは戦いの途中にマナが枯渇した同胞の多くが死んだ。
故にマナがなくても戦える子猫に助けて欲しいのだ」
あぁ、なるほど、ティスに初めて会ったときにあった”打算”の感情はこれだったのかな?
それでも純粋に善意のみの行動より、少しだけ打算がある方が返って信用できる。
何より妖精族は優しかった、言葉や文化を教えてもらった恩もある。
うん、戦うには十分な理由になる。
「メルミーツェだよ、あと大人ね。でも僕で大丈夫かな?」
「お前は魔法が使えないし、体躯に恵まれているわけでもない。
それでも獣を狩ることができる、お前には魔法のような力があるのだろう?」
正解、さすが長老ダフネリアさん。
「そうだね、わかった、協力する。
あと提案なんだけど、もし花畑が荒らされたときの保険をかけておかない?」
「保険とはなんだ?」
僕はポータルと拠点について説明した。
言葉が通じないときにポータルを使おうとしたらティスに前髪を毟られる勢いで引き留められので、それ以来使っていなかったが拠点には温室がある。
ダフネリアの話では花が根付かない可能性もあるけど、事前にいくつかの花を植え替えておいて花畑が荒らされたときの対策を取っておくべきだ。
そうしてダフネリアとティスを連れて拠点への扉をくぐった。
~ ~ ~ ~ ~ ~
「すごいわ! あの扉の先ってあんな風になってたのね!」
ティス、興奮する気持ちは分かるけど耳を引っ張るのは止めて……痛い……
「なるほど、しかしこの扉はお前がいないと開かれないのではないか?」
「うん、だけどこのピンを刺した場所にはポータルを出しっぱなしにできるんだ」
「そうか、ならばすぐにでも植え替えを始めよう、花たちが根付くかどうか確認する時間も必要だ。
ティスタニア、みなに伝えてきてくれぬか?」
「うん! いってくるわね!」
良かった、ダフネリアとの話しているときは少し表情が暗かったけど、拠点に入ってからいつものティスに戻ってくれた。
これで花も根付いてくれればスタンピードがきても安全……あれ?
「ねぇダフネリア、もし花が根付いたら星喰いの日は僕の拠点でやり過ごせば良いんじゃない?」
「……いいや、それはできない。理由を説明しよう、ついてきてくれ」
向かった先は花畑からそう離れていない場所にある大きな岩。
ダフネリアが詠唱のように言葉を紡ぐと入口が現れる。
中腰で入口をくぐると中は開け一面に鈴蘭のような花が咲いていた。
「この花の名前はブレッシング・ベルという。
あれを見てくれ、まわりの花に比べてつぼみがずっと大きいだろう?」
ダフネリアが指さす花のつぼみは他の花の数倍の大きさになっていた。
「うん、同じ花なのにつぼみの大きさに差がでるんだね。でもこれが理由?」
「そうだ、あれはこれから産まれてくる妖精族の子らだ」
「花から産まれてくるの!? 本当に僕の知らないことばかりだよ」
「別の理由もあるが、妖精族はこのことを秘匿している。だから知らないのも仕方ないことだ」
なるほど、移住の話のときに言い淀んだのはこれが理由だったんだね。
「秘密を話してくれてありがとう。そっか、子供のために……」
「入口は隠してあるが、この子らが産まれてくるまで万が一にもここを荒らされるわけにはいかない。
お前が提案してくれた植え替えも、子が宿っている花は危険を冒すことはできない。
絶対に枯らすわけにはいかないのだ」
妖精族がみんな家族みたいだったのは比喩なしに同じ場所から産まれてたからなんだ。
ダフネリアは家族を守るために秘密を話してでも頼ってくれたのか。
この優しい家族の力になりたい、良き隣人でいられるように……そう思った。
覚悟はできた、今回の件、何が起きても絶対に引かない。
「ダフネリア、星喰いまでにどれくらい猶予があるの?」
「夜神星の満ち欠け3回だ」
三か月か……花の植え替え、根付きの確認、できれば防衛陣地も構築したい。
それからはティスたちは花の植え替え、僕はブレッシング・ベルが咲く岩の周りに丸太の柵とスパイクで囲う作業に取り組み、あっという間に時間が過ぎていった。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――星喰いまであと一か月
■後神暦 1323年 / 冬の月 / 星の日 pm 07:00
ダフネリアと今後について話し合う。
「そっか、花畑の花は無事に根付いてくれたんだね」
「ああ、これだけの時間が経っても枯れないのがその証左だ、これから花も増えてくれるだろう」
「だから言ったじゃない! ダフネおばーちゃんは慎重すぎるのよ!」
なぜかティスもいる……
「ティス、僕知ってるよ? 他の子に『大丈夫かな?根付くわよね?』ってしつこく聞いてたの」
「……ッ!!!!」
よし、恥ずかしさで言葉に詰まったね、今のうちに本題を話しておこう。
「ダフネリア、花たちが根付いたのなら提案があるんだけど、もしスタンピードが起きたら花畑は捨ててブレッシング・ベルの守りだけに集中しない?」
「……なんだと?」
うぅ……睨まないで長老、怖いから。ちゃんと理由があるんだよ。
「あのね、捨てるって言葉は悪かったと思う、ごめんなさい。
でも花畑も守ることを考えると全方位を警戒して守らないといけないし、もし横を抜けられたらブレッシング・ベルに被害がでるかもしれないよ」
大岩を囲った柵は四方から壊そうとされないようにわざと一か所空けてあるんだ。
「花の保険ができた今はブレッシング・ベルを守ることが第一優先だと思うんだ。柵の入口では僕が前線にでるから、考えてみてくれないかな?」
「……わかった、お前もお前で考えてくれたのだな、すまなかった」
そうだよね、子供は何物にも代えられないけれど、皆の家を捨てろって言ったのとほぼ同じだもんね。
「ミーツェ……」
ティスも不安にさせて申し訳ない。
スタンピードが起きなければそれで良し、もし起こったなら全力を尽くそう。
生存第一だったけど、僕頑張るよalmA!!
僕は浮かぶ多面体を引き寄せ拳を握る。
【ダフネリア イメージ】
【妖精の花畑 イメージ】