ep8.pm 11:00 メルミーツェside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 11:00
――アヤカシ西地区 市街 燃える森
スキルで強化された電撃を浴びて意識は朦朧としているはずなのに、街を焼き尽くす、その強い意志は表情からもありありと感じた。
彼の怒りを体現するように立ち昇る火柱も高く熱く猛っている。
「邪魔を……するな……娘の……仇を……私は討つのだ…………」
「それならきっとカルミアが討ちましたよ!! 怨弩の施設は惨状でした!! 結界に加担した人も死んでると思いますよ!!」
「違う……!! この国が在る限り……いずれまた災いは生まれる……娘や同胞の仇はこの国だ!!!!」
まずい、もう意識が回復してる。
虚ろだった眼の焦点も戻り、こちらを睨みつける瞳には先ほどの無表情な顔では感じ取れなかった強い感情が宿っていた。
家族を奪われた怒りなのか、
虐げられた憎しみなのか、
同胞を想う慈しみなのか、
僕には彼が何を一番に想ってるのかもう分からない。
ただ、相反する感情すら一つに飲み込んで目的を果たす決意に変えたような瞳を直視することは出来なかった。
全てを投げ打つ覚悟のある人はこんなに恐ろしいのか……
「――無間の焔……」
彼が両手を広げると立ち昇った火柱は渦を巻き勢いを増していく。
火災旋風だ、後衛の霊樹精の力を借りずに一人で起こしている。
火を操る狐人族と風に愛された霊樹精のハーフである彼だから出来る芸当なんだろう。
息が苦しい、炎が燃えるせいで一気に酸素をもってかれてるんだ……
それにこの規模……彼が言ってた『せめてこの街は灰燼に帰して見せよう』は本当にできるから言ってたことだったんだね……
でも僕には恐らくアレに対抗できる手段がある、それを編成している。
だけど……相応のリスクがあるし、その検証もできてない。
――最高峰の足止めスキル……記憶しているゲームでのエフェクトやシナリオからしても間違いなく氷に関するもの。デメリットは発動から割合で耐久値が減っていき、手動で止めない限りゼロになり倒れるまでそれは減り続ける。――
現実世界に耐久値なんて数値化されたものなんてないけれど、今までの経験上、命に関わる反動があるのは間違いない……正直使うのが怖い。
とは言え、ここで逃げれば彼は死ぬまで魔法を使い続けるはずだ。
それは約束を守れなかったこと意味する。
きっと僕は一生後悔することになるだろう。
「それは……嫌だな……」
……だったら勇気を出せ。
僕は奥歯を噛んだ、万が一にも恐怖に歯を鳴らして覚悟が揺るがないように。
――いくぞ……
”秘匿技能……涙も凍る大粛清”――
周囲の温度が急激に下がっていくのを感じる。
炎に照らされて森がキラキラと光りを反射している、ダイヤモンドダストだ。
輝く大気が彼の怒りに蓋をするように焔を沈めていく。
燃焼に必要な熱量を下回った森や建物の火も燻り、次第に消え最後は霜付いた。
超低温の中にいる僕も寒さで気が遠くなる、これがきっとスキルのデメリットの体現なんだ。一瞬で氷漬けにならないだけマシだけど長くは保たない、スキルを止めない限り温度は下がり続けるだろう。
「もう止めてください! この冷気は貴方の焔を飲み込みますよ!!」
「愚問だ、私の焔は消えることはない……」
まだ声が出るうちに説得を試みるが僕の制止の声は届かない。
彼の言う通り、彼の背丈ほどになっていても焔はまだ消えていない。
しかし消えていないだけで先ほどのように猛々しい焔はもう出せないだろう。
こうなってしまったら街を燃やし尽くすなんて無理なはずだ、それに血を吐きながら魔法を使っている……どうしてそこまでするんだ?
「復讐は叶わなかったが、娘が好きだった花のように美しく散る為に最後まで焔を燃やしてみせよう……」
あー……そう言う事ね……ふざけるな……!
凍える指先に熱が戻っていくような気がした、彼のその言葉は受け入れられない。
仲間の為に命を燃やしたカルミアと違い、この人が今やろうとしていることは自ら命を絶つことと同義だ、そこに何の意味がある?
自分本位な死を美化することにどうしようもなく腹が立つ。
残された者が感じるのは寂しさだ。
母親と娘を失ってそれを知っているクセに自分は諦めて死ぬなんて絶対に許さない……!
「散り逝く様を美と呼ぶな! 花に例えるなら生きて咲いてこそだろ!」
思わず叫んでいた。
僕の苛立ちに呼応するように冷気を帯びた風が逆巻く。
それは収束した渦になり、彼ごと彼の焔を吹き飛ばし、すっかり火が消え焦げた木へ叩きつけ意識を刈り取った。
これで本当に決着だ、炎で煌々と照らされていた空にようやく夜の帳が下りる。
「今度こそ拠点に連れていくからね。それで妹たちに怒られるといいよ――へぶっ!!」
彼に歩み寄ろうとしたが足が動かず、そのまま前のめりに倒れてしまった。
立ち上がろうにも腕にも力が入らず、身体を左右に捩って何とか仰向けになれたが、酔ってしまいそうになるほどに視界が廻る。
さっきまでは興奮からか気づかなかったけれど末端の感覚がない。
呼吸が苦しい、上手く息を吸えない……
脈打つ心臓の音が次第にゆっくりになっていくのを感じる、それに……すごく眠い。
――あ……これ……ヤバいかも……
動けない僕たちの周りに吹き荒れる風雪で氷壁が形成されていき空が閉ざされていく。
それにalmAが見たことがないくらいに光始めたが、僕は襲いくる睡魔に勝てずに思考を止めて目を閉じた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
■後神暦 ????年 / ?の月 / ?の日 ?m ??:??
――????
スペア機 ノ フォーマット開始…………完了
最終バックアップ ヲ インストール…………完了
支援機 トノ ペアリング…………完了
再起動 開始……
…
……
………
…………完了 起動シマス
「a……lmA……?」
既視感のある光景に疑問があったが、僕はまた気を失った。
僕が覚えている最後の記憶は浮かぶ多面体だった。
【涙も凍る大粛清 イメージ】




