ep7-1.pm 10:22 レイカクside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 10:22
――アヤカシ西地区 森に覆われた街南部
旦那がおったということは護国府に遭遇する可能性も高くなると見て良いと思うのじゃが、この面で本当に正体を隠せるのもかの……さっきは一発でバレたぞ。
「ユウカク、貴女の考えは分かりますよ。しかし、夫が妻を見分けられるのは当然、それに貴女の髪は目立つのでございますよ」
「しまった……! 確かにわえの髪色はヨウキョウでも珍しい……じゃあやっぱり面も意味がないではないか!!」
「少しこちらに来なさい。……――葉牡丹の彩をその身に……」
姐さんがつむじから毛先までわえの髪を撫でると髪色は紫がかった黒色に変化した。
「生活魔法の応用でございます。黒色以外には変えられませんが、これで貴女とは気づかれ難くなるのではございませんか?」
そう言った姐さんは少し寂しそうだったが、深く聞くことは止めにした。
この先で争いがある可能性に備え、旦那のエモノを奪いわえらは森に覆われた街を更に南下した。
姐さんが社に来る前に見た布陣では南地区、わえら護国府に勤める者が多く住む区域との境目に霊樹精の若者が多く集っていたそうじゃ。
暫く進むと剣戟の音と風魔法の余波であろう突風が吹いてきた……当たりじゃ。
天駆で樹を駆けあがり高所から音の出どころを探すと、数軒先でぶつかり合う両陣営を見つけた。
数はどちも十数名、霊樹精が押されておるか。
急いだ方が良いじゃろう。
下にいる姐さんに向かう方向だけ伝えて先行するとしよう。
「姐さん、あっちじゃ! わえは先に征く!」
天駆で空を駆け、争う両者の頭上から金棒を振り下ろし割って入った。
派手に地面を叩きつけ、音と土煙で注目を引き争いを中断させる。
「双方退け!! 霊樹精、狐耳の同胞がおるじゃろう、その者がお前らを迎えに来ておるぞ! そして護国府、敵を見つけて勇むのは良いが民を護らんで良いのか!? 護国の意味を考えろ!!」
「…………」
「護国の為、敵を討つ! 貴様に言われる筋合いはない!」
霊樹精には言葉が届いたようじゃの。
姐さんの特徴を言ったわえを味方と思ったのは正解じゃよ、それに比べて護国府は……
火の手がない場所にこんな大勢で行動しているのはおかしい。
大方、激戦区を避けた者たちが結託したんじゃろうな、緊急時に何しとるんじゃ。
「……霊樹精のわっぱども、ここは抑えてやるから向こうに走れ、姐さん……サーシスと合流しろ、そしてあの人の話をしっかりと聞け」
霊樹精たちが退いて行くのを背中に感じ、対峙した護国府の若造どもに手招きで挑発をする。
固有魔法の天駆はわえだとバレてしまうから使えんが、それでも後れを取るつもりはない、単純な力のみで蹴散らしてやろう。
「餓鬼が! 鬼人族でありながら霊樹精に味方するとは恥を知れ!!」
「危険の少ない場所に集まる日和ったお前らに言われとうないわ――……むんっ!!」
斬りかかる若造の刀ごと力任せに打ち上げる。
わえには長物過ぎるが金棒は意外と手に馴染む、今度旦那に頼んで丈に合うモノを一本買ってもらうとしよう。
しかし、こ奴ら……まだ若いが型の基本は出来ておるし、先の一撃でわえを強敵とみなして囲む陣形を組むのも悪くない、だが如何せん連携がとれておらんのう。
仲間が弾き飛ばされて驚くのは分かるが、今は追撃をするところじゃろうに。
「はぁ……よいか若造ども、戦術は悪くない、しっかりと周りと息を合わせろ。個で勝てなければ数の優位を活かせ!!」
「「「……ッ!! おおぉぉぉぉおぉ!!!!」」」
半円に広がった者たちが雄叫びと共に一斉に斬りかかってくる。
敵と思った相手の言葉も聞くことはできるんじゃのう……
だったら初めから素直に退けば良いのだが、臆病でも護国府の者として矜持はあると言う事か。
「うむ、悪くないぞ、だが……」
横振りで複数を一度に巻き込み叩き飛ばし、エモノの重みに任せ半回転した勢いを乗せ、残りの者たちも纏めて金棒で振り抜いた。
軽過ぎる、技を磨くのは良いが力もつけなくてはならんぞ、荒ぶる力が技を超えることはままあることじゃ……
「最善は勝てないと悟った時点で退くか仲間を呼べ、先達からのあどばいすじゃ……って聞こえておらんな」
弾き飛んだ若造どもは全員のびておる、正体がバレれるワケにもいかんし、暫くそのまま眠っとってくれ。
一旦の安全を確保できたと思い姐さんに合流しようとしたが、背後からまた気配が近づいてきた。
やれやれ……伏兵に気づかんとは我ながら情けない。
「あ~いたいた、ユウちゃんさぁ……いきなり蹴り飛ばすのはなしだろ~」
「なっ!? もう目覚めたのか!?」
「俺頑丈だからねぇ~、それで、なんで護国府と戦ってるの……?」
気絶させたはずの旦那がもう追ってきおった。
それに飄々としておるが眼は本気じゃな……わえが国に仇を成すならここで戦り合う覚悟があるのじゃろう。
「……こうするしかなかったからじゃ。わえがしていることは国への反逆に見えるじゃろう、しかし此度の霊樹精の反乱は国の暗部が引き起こしたことと言っていい。どこから話せば良いか分らんが、わえはわえの正義を以て国を護る為に行動しておる」
「うーん……そっか、分かった。じゃあ後は俺が誤魔化しとくから、姐さんと行きなよ。
あ、そのお面もらって良い? 俺が戦って”謎の翁”は撤退したことにするからさ」
「は? それで良いのか?」
「ふふん、嫁を信じない旦那は旦那じゃないんだぜ!
まぁここに来る前に”ミーちゃん”に会って似たようなことを言ってたのもあるけど、ユウちゃんが国を裏切るようなことはしないって判ってるからな。試すような聞き方してごめんね」
今も親指を立てて腑抜けた顔で笑っておるが旦那にも敵わんのう……
わえは面を渡し、姐さんと合流するべく来た道を戻った。
先ほどの霊樹精は無事姐さんに合流できたようで扉の先にいったようじゃ、これで兄さんを援護する者は中心地に近い数名のみだろう。
「姐さん、残りの霊樹精のいるところまで一気に駆けるぞ、掴まってくれ」
「えぇ、お願いします。それに兄様は妾が命に代えても説得してみせましょう」
「かか、それではミーちゃんが約束を果たせないと嘆くじゃろう。必ず生きて兄さんを連れ帰ろう」
社では一握のか細い希望に思えたが、霊樹精たちの未来もミヤバと姐さんたちとの関係も良い方向に向かっていく、そう確信めいていた。きっと姐さんも同じ気持ちじゃろう。
全てが上手くいく、そう思った矢先、遠目に映る兄さんがいるであろう中心地から巨大な火柱が上がり、次にそれを阻むように輝く光が現れ、森の炎を飲み込み凍てつく風が此処まで届いた。
「何が……起こっておるんじゃ……?」
わえに掴まっている姐さんの手に力が入っている。
わえの姐さんを抱える手にも自然と力が入っていた。




