ep6-2.pm 09:00 メルミーツェside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 09:00
――アヤカシ西地区 中心地付近
分かってはいたけど、中心地に近づくにつれて火の勢いが強くなっていく。
家々を繋ぐように這う木を伝って火が燃え移り規模が広がっているんだ。
更に火災旋風まで起きてもう森が燃え尽きるまで手が付けられないだろう。
サーシスさんの話ではカルミアが街を森で覆い、サーシスさんのお兄さんが前線で炎を広げ、それを風を操る霊樹精が後方から意図的に火災旋風を起こしたらしい。聞いた時はえげつない戦術に戦慄したよ。
もう半日近く燃え続けている街は黒煙に加えて灰も舞い上がって視界も悪い。
以前、ティスと温泉を掘った時に造ったガスマスクを持ってきて良かった。
この規模の火災だ、屋外でも一酸化炭素中毒や酸欠を警戒した方がいい。
「おい、そこのお前、ちょっと待て!!」
almAに乗って護国府の人たちと思われる集団を突っ切ろうとした僕を引き留めたのは長尺の金棒を担いだ大柄な鬼人族の男性。
ふらついている人や意識がなく担がれている人がいるの中、一人だけ平然と仲間を助けている、随分とタフなことだ。
「この先は炎で危険過ぎる、ワケがあるんだろうけど引き返せ。それにその変な面はなんだ? 俺たちは護国府だ、顔を改めてもいいか?」
『……はい』
ここで強行突破するのは得策じゃない、言う事を聞くふりをして別の道に切り替えよう。指示に従ってマスクを外すと男は目を丸くしている、どこかで会っただろうか? 魔物討伐のときにいた軍の人か?
「……なぁ、お前、ミー姐か?」
「はぇ? いや、はい、メルミーツェですけど、どこかでお会いしましたか?」
「おぉ! やっぱそうか! 俺はレイカクの父親だよ!! 娘から聞いてた話の見た目と一緒だったからもしかしてって思ったんだよなー!!」
なるほど、レイカクちゃんのフィジカルと軽いノリはお父さん譲りなんだね……じゃない、この状況どうする?
知り合いの父親な分、下手に誤魔化せないぞ。
「どうしてこんなところにいんだ? もしかしてゾラさん家やうちの嫁や娘になんかあったんか?」
「えっと、いいえ、西地区の宿に泊まっていたのですが、魔物討伐から戻ってきたら酷い火事になっていたので慌てて家族を探しに来たんです」
「……うーん、それ嘘っしょ?」
顎に手をやり片眉をあげたレイカクちゃんパパにあっさりと嘘を見抜かれた。
魔物討伐帰りって言ってもこんなフル装備でうろつくのは怪しかったか……
どうするどうするどうする? やっぱり強行突破する?
「うちの嫁絡みで何か言い難いことでもある? 大丈夫、頭ごなしに否定はしないって、それに多分嘘吐くの苦手じゃない? ちゃんと聞くからさ、話してくんない?」
マズい……この人、妙に核心突いてくる。
かくなる上は……ユウちゃんさんごめんなさい、丸投げさせてもらいます。
「今、ユウカクさんもこの街の為に戦っています。ここでは詳しく話せませんが、僕がこの先に行くことでそれの助けになるはずなんです、だから通して頂けませんか?」
「そうか……よし分かった! じゃあ行きな、ただし! 無事に戻ること、死にそうなことには首突っ込むな、家族が待っているのは本当なんだろ?」
やっぱり勘が良いな、大雑把な見た目なのに人間観察が得意なのかな?
とにかく通してもらえるなら急ごう。
「あ! 待った、うちの嫁さんは今どこにいるか知ってる?」
「……たぶん西門の近くだと思います、行かれるんですか?」
「おう、当然! 嫁のピンチに駆けつけないのは旦那じゃないんだぜ!」
そう言ってレイカクちゃんパパは持ち場を放棄して走り去っていった。
まだ動ける護国府の人たちが『オルコー!』と叫んでいたけど僕にはどうにも出来ないんだ、ごめんなさい。
ともかく突破するならば今だ。
ガスマスクを被り直してalmAに跨り護国府の集団を全速で突っ切った。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――アヤカシ西地区 市街中心地
中心街に辿りついたが、一言で言えば地獄だった。
木々の隙間からは炎が噴き出し、建物は炭化するまで焼けて崩れ落ち、粉塵が嵐のように舞っている。
獄卒こそいないものの絵巻の写真で見たことがあるような焦熱地獄の風景を現実に引っ張り出したような有様だ。
瓦礫や焼け落ちる枝に注意を払いつつサーシスさんのお兄さんを探す。
今回の僕たちのもう一つの勘違い、それは復讐を望んでいるのはお兄さんだったことだ。彼は母親を殺されたことを赦せてはいなかった。
それでも霊樹精たちの生存を優先して復讐心を押し殺していたそうだ。
しかし、ヨウキョウに怨弩が落ちる数週間前に娘を攫われ、遂に限界を超えたことと、タイミングを見計らったように結界を超える力を出す秘薬を手に入れたことで今回の反乱に至ったらしい。
問題はその秘薬、マナを体内に保有できる量を爆発的に増やし、比例するように出力も上がる。
これだけなら『凄い薬』で終わる話だけど、飲んだその時から火を灯した蝋燭のように命が燃えていき、マナが枯渇しても生命力を代替として魔法を行使できるようにもなるそうだ。
つまり魔法を使えば使うほど死へ向かう速度に拍車がかかる、使ったら最後、生還が一切望めなくなる危険物だ。
ただ、秘薬に手に入れた経緯については突然お兄さんが持ってきたのでサーシスさんも知らないと言っていた。
秘薬を使ってでも復讐を果たそうする者たちの心象風景のような街を進み、耐熱性の強いコート越しにも熱を感じるほどの場所に彼を見つけた。
燃え残った建物の石段に座り、これから燃えていく全てをただ眺めるように遠くを見つめる彼はドミニコ・フェッティの絵画の様で近寄ることを躊躇ってしまう空気を纏っている。
それでも彼を止めなければならない、この国や街の為ではない、友達とした約束の為だ。
意を決してalmAから降り、彼に近づくと向こうも気づいたようでこちらを向き立ち上がった。
顔立ちは一目でゾラの系譜だと分かる。
どう話しかけようかと逡巡していると先に彼が口を切った。
「何者だ? ヨウキョウ人ではないな、どこかの傭兵か?」
「いいえ、カルミアの友達です」
「カルミアの……あいつは”雲海”に還っただろう? 森が成長を止めた、それはあいつが逝ってしまったことを意味している」
『雲海』、ヨウキョウの言い回しで”あの世”に近いニュアンスの言葉だ。
森の木々がなければこれ以上火災の規模を広げることは出来ない、それでもこの場所を動いていないってことは退くつもりはないってことか。
「そうです、僕はカルミアと霊樹精が安心して暮らせる地に連れていくと約束しました。サーシスさんとも協力しています、だからお兄さんも一緒に……」
「無理だな、妹とまで話しているなら秘薬のこと聞いたのではないか? 私は元より死と引き換えにこの国を亡ぼすつもりだった。カルミアが逝き、怨弩を落とすことも叶わなくなったが、せめてこの街は灰燼に帰して見せよう」
秘薬で命を削られていようと生きてさえいれば、アレクシアに救ってもらえるかもしれない。
もし無理でもこんな戦場じゃなく、穏やかな場所で家族に看取られる最後であって欲しい。これは僕のワガママだ、それでも譲りたくはない。
「僕の知り合いの治癒魔法を受けてもらえませんか? それで秘薬の影響を抑えられるかもしれません。家族を奪われてヨウキョウを憎む気持ちは解りますが、貴方が死んだらサーシスさんが悲しみます」
「くどいな、考えを変える気はない。もう去れ、まだ問答を続けるなら敵と見做して容赦はしないぞ」
「……僕は退きません。貴方をぶっ飛ばしてでもカルミアとの約束を守ります」
予想はしていたけど、こうなるよね……魔法を極力使わせないで気絶させるのが理想。
それ用の装備できたんだ、大丈夫きっと上手くいくはずだ、カルミア……見てなよ。
僕はハンマーを構え臨戦態勢をとった。
サーシスさん兄妹って頑固だよね、almA。
僕は浮かぶ多面体に並んで連携の準備をした。




