ep6-1.pm 09:00 レイカクside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 09:00
――アヤカシ西地区 街門前へ続く大通り
ミーちゃんと別れ、わえと姐さんは西地区の外れを目指す。
姐さんが思い留まってくれた後、安堵で腰を抜かしたミヤバはミーちゃんがあの扉の先へ送ったので安全じゃろう。
同行できぬことを憂いておったが安心せい、必ず吉報を持って帰ってやる。
「はぁ……はぁ……ユウカク……ごめんなさい、足がついてこないようでございます……」
「かかっ、わえに任せておけ」
戦場では常に気を張るべきと分かってはいても、息を切らせた姐さんの姿や言葉の既視感に思わず顔が緩む、やはり姉妹じゃのう。
妹のように肩で息をする姐さんを抱きかかえ、わえは大通りを駆けた。
「本当に頼もしくなりましたね、ユウカク」
「そうじゃろう? 酒も単純な力比べも旦那に負けんくらいに強くなったぞ」
「貴女……オルコ家に嫁いで母となったのでございましょう? いつまでも昔のままではいけませんよ、私生活ではもっと淑やかになさい」
「……姐さん、今お説教は勘弁してくれんかの」
社で対峙したときは歪んでしまったと思ったが、姐さんは一族の為に修羅となる覚悟を決めただけで、今も変わらず優しい姐さんのままじゃ。
それは良い事じゃが、この歳でお説教されるとは思わんかったわ……敵わんのう……
~ ~ ~ ~ ~ ~
――アヤカシ西地区 街門前
「姐さん此処でいいんじゃな?」
「左様にございます、此処が兄様を支点に扇状に同胞が広り支援をしている最後尾で間違いございません」
今回の戦いは最前線で兄さんが炎を放ち、それを後方の霊樹精が風を送り燃え上がらせる戦術らしい。
わえらは後方の者たちから預かったこの”ピン”とやらで扉の向こうに連れていく、前線の兄さんを抑えに行ったミーちゃんと一刻も早く合流する為に急がねばならん。
それにしても、実質一人で護国府を相手にしようしていたとは……兄さんも相変わらず剛気じゃのう。
「ところでユウカク、そのお面はどうにかならなかったでございますか?」
「わえだって嫌じゃよ、しかし護国府に面が割れてるから仕方ないじゃろう……」
耳を隠せば狐人族と変わらない姐さんと違って、此処はわえの同僚だらけなんじゃ、顔を隠す物がないかミーちゃんに聞くとコレを渡された。
御前試合の祭りで売っていた”怒り翁”の面、贅沢は言わんがもう少し何かあったじゃろうとわえも思うぞ……
面のことはさておき、わえらは森に覆われた西地区の外側から蛇行するように移動し霊樹精を探した。
姐さんの言葉を信じ素直に応じる者、
訝しみながらも扉をくぐる者、
徹底抗戦の構えを止めぬ者、
それぞれだったが今のところ皆逃がすことが出来た。
抵抗する者は気絶させ扉へ放り込んだが、後の説明は姐さんが上手くやってくれるじゃろう。
それにしてもここまで不思議なくらい護国府の者に会わない、前線の兄さんに相当な戦力を割いている、という事か?
あまりの順調さに恥ずかしいこの面もお役御免かと外そうとした矢先、前方から気配を隠す気もない足音を立てて人影が近づいてきた。
何かを探すようにあちらこちらと照らす灯りの逆光で姿までは確認することはできないが霊樹精ではない、体格が良すぎる。
わえらは近くの一番大きな樹の影へ滑り込んだが、恐らく向こうはこちらに気づいているじゃろう、足音からして一人……単身なのは妙じゃが護国府の者か?
何にせよ、誤魔化せればそれで良し、そうでなければ眠ってもらおう。
「おい、そこに誰かいるだろ、なにやってるんだ?」
足音の主の声にわえの心臓は跳ねるように脈を打った。
バレたことに驚いたからではない、声の主がわえの旦那だからじゃ……これは誤魔化きれるのか!?
(姐さん、まずいぞ、あれはわえの旦那じゃ……)
(まぁ、あの子がオルコの……随分と大きくなりましたね。わかりました、妾が話しますから貴女は後ろに隠れていなさい)
そう言って姐さんは身を晒し、旦那と向かい合った。
堂々たるその姿は一切の焦りも疚しさも感じん、流石姐さんじゃ。
「妾たちは避難してここまで来たのでございます。彼方はもう火の手が回っておりましょう? なんとか知り合いの娘を連れて逃げてこられたのでございます」
「そっか、それは大変だ。でもこの辺も戦闘地域だから離れた方がいい、俺が途中まで……ってスズハ姐さんじゃないっスか!? それにユウちゃん!? 何そのお面!! ぶははっ!!」
しまった……!!
旦那昔から妙に記憶力が良いんじゃった……あまりに当たり前になり過ぎて失念しておった……しかし、面のことは今言わんでいいじゃろ!!
姐さんの影から飛び出し、天駆で旦那の背後まで一気に跳んだ。
――天駆疾走……醒断!!
「んがっ!! ユウちゃん……なんで……」
背後に回ったところで更に天駆で逆方向へ跳び、奴の頸椎目掛け膝蹴りを入れ意識を断つ。本来ならばすれ違い様に刀の峰で首を打ち気絶させる技じゃが、まぁこれも醒断でいいじゃろう。
無防備に腕なんぞ広げおって、わえが抱き着くと思ったか戯けめ。
「ユウカク、この子はどうするのでございますか?」
「心配いらんよ、こいつは異常に頑丈なんじゃ、その辺の隠しておけば半刻しないうちに目を醒ますはずじゃ。わえらは成すべきことを成そう」
「ユウカク、緊急時でございますから伴侶を蹴り飛ばしたことについて今は目を瞑りますが、後できちんと謝るのでございますよ?」
「わかっておるって!! わえだって混乱しておるんじゃ!! かか様みたいなことは言わんでくれー!!」
くそぅ、気を張って来たのになんでこんなことになるんじゃ……
全部旦那のせいじゃ、間の抜けた雰囲気にしおって!!
頭を搔きむしるわえの手には自然と力が入っていた。




