ep5.pm 07:59 メルミーツェside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 06:42
――アヤカシ西地区 大きな木がある社
状況を確認しよう。
ミヤバさんは理由は解らないけど魂が抜けたようにへたり込んでる。
ユウちゃんさんの刀は壊した、それでも彼女はあの小柄な身体から想像できない怪力が残っているから油断はできない。
僕の後ろにいる人は恐らくサーシスさん、ユウちゃんさんとは敵対関係で間違いない。
念のために僕は彼女に確認する。
「貴女はサーシスさんであってますか? 僕はカルミアに頼まれてここまできました、味方です」
「カルミアに……あの子は無事でございますか……?」
「……ごめんなさい、亡くなりました」
「左様にございますか……白猫さん、妾をカルミアが居た場所まで護衛して欲しいのでございますが、頼めますか?」
カルミアに会いたいのかな? それなら拠点に連れていこう。
ここに来るまでにゾラ屋敷にポータルで移動したことはクレハくんたちが知っている、今更拠点の力を隠し通せないなら、ここで拠点に逃げる選択肢もアリだ。
ただ、それだと他の霊樹精を探している間にまたユウちゃんさんに見つかってしまうかもしれない、天駆の機動力は身をもって知っている、後顧の憂いを断てるなら断っておきたい。
「わかりました、まずこの状況をどうにかしましょう。
ユウちゃんさん、行かせてもらえませんか? 出来れば戦いたくありません」
「ふざけるなっ!! お前さんは姐さんが何をしようとしているか分かって言っておるのか!?」
「家族の亡骸に会いに行こうとしているですよ、邪魔しないでください」
「違う!! 姐さんは怨弩の鏃になるつもりじゃぞ!!」
は!? 聞いてないけど!?
カルミアが戦う前に言ってた『サーシスの想い』ってそういう事……?
サーシスさんへ慌てて振り返る。
今僕はどんな表情をしているだろう……
青ざめているだろうか、少なくとも『嘘ですよね?』と顔に書いてあるだろう……あまりに想定外な展開に頭の処理が追い付かない。
「ユウカクの言ったことは嘘ではございませんよ、妾はこの国の厄災になります。
カルミアが逝ってしまったのならもう猶予がございません。兄様が護国府を抑えてくださっている間に成し遂げねばなりません」
「違う……僕はそんなつもりで来たんじゃない……」
「カルミアとの関係は存じませんが、霊樹精の想いを貴女に託したのございましょう?」
「違う!! カルミアは最後にサーシスさんたちに生きて欲しいと願ったんだ!! 僕はその願いを守るために来たんだ!!」
「……貴女は家族が殺されたことはございますか? 父を、母を、我が子を、それでも相手を赦せますか? ミヤバ、貴女は子供が産まれたと言っていましたね? その子が殺されたら? ユウカク、貴女はどうでございますか?」
表情一つ変えずに淡々とサーシスさんは僕たちに問いかける。
彼女が言っているのはきっと結界のために攫われた霊樹精のことだ。
答えられない、家族の死……僕はその顛末をツーク村で見た、それにもしもティスが、オーリが、ヴィーが殺されたら自分がどうなってしまうか分からない。
ミヤバさんたちも同じ気持ちだろう、サーシスさんに返す言葉がなく押し黙っている。
「わかりましたか? 白猫さん、納得して頂けなくても構いません。ただ、理解して頂けるならせめて邪魔をしないで頂けますか?」
「姉様……私は、嫌です……クレハが、死ぬのも、姉様や、兄様が……死ぬのも嫌です……」
茫然としていたミヤバさんが、か細い声で途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
ハッとした、その主張は駄々をこねる子供のようだが思えばそれで十分だ。
誰だって大切な人が死ぬのは嫌だろう、カルミアだって本心では皆に生きて欲しかったから最後にその想いを僕に託した、それはサーシスさんの復讐心とは別に考えるべきだ。
「僕も貴女に死んでほしくありません、霊樹精を誰にも脅かされない地に連れていく、それがカルミアとの約束なんです」
「……そんな世迷言で、あの子に在りもしない希望を持たせて逝かせたのでございますか?」
今まで能面のように無表情だったサーシスさんの顔に変化があった。
冷静に、それでいて怒りの籠った瞳でこちらを睨む。
少し安心した、怒りであれ何であれ、感情が揺れるなら言葉も響くはずだ……
意地でもここで信用を勝ち取れ……!!
「嘘じゃないです、今から証明します。カルミアにも会ってください、そして彼の最後の願いを叶えてもらえませんか?」
訝しむサーシスさんの目の前に扉を出して中を見せる。
繋いだ先は僕が目覚めた島、そして一度扉を閉じて次にカルミアが眠る部屋に繋ぐ。
ミヤバさんたちに移動の概念を壊す拠点の力をどう説明するか、製造所のようなポータル以上に隠しておきたいものはどうするか、懸念は多いが今はそんなことを気にしている場合ではない。
「こ……れは……?」
「僕の魔法だと思ってもらって結構です、この場所は様々な場所に繋がっています。その一つにヨウキョウともヴェルタニアとも接していない島があります」
「そんな……あぁ……本当に、本当に霊樹精はこれ以上家族を奪われずに済むのでございますね……カルミア……命を懸けて奇跡に引き合わせてくれた貴方は妾の誇りでございます……」
そう言ってカルミアの亡骸へ歩み寄って抱きしめるサーシスさんは母親の顔をしていた。
突然態度が軟化したのは引っかかるが、信用してもらえた、そう思って良いのだろうか?
「……白猫さん、貴女を信じて霊樹精の未来を託します」
サーシスさんは今回の反乱に至るまでの経緯を話してくれた。
概ねカルミアから聞いた内容と同じで、それを補足するような話だったが、カルミアを含め僕たちは彼女の想いを前提から勘違いしていた。
まず、サーシスさんはヨウキョウへの復讐を望んでいなかった。
まだ幼い頃に母親を結界の材料にされたことを知って憎んではいたが、それは父親を手にかけた時点で整理をつけていた。
前を向いた彼女の一番の目的は霊樹精が理不尽に命を奪われなようにすること、その手段として選んだのが結界の元凶であるアヤカシに怨弩を撃ち込むことだった。
サーシスさんの母親が結界にされたことを知っていて、自らが怨弩の矢になると告げられたカルミアは復讐が目的だと勘違いしてしまった。
双方から話を聞いた僕にはそう感じる、もしかしたら違う結果があったのではないかと思うとやりきれない気持ちだ。
「待ってくれ、結界に霊樹精の命が使われてるとはどういうことじゃ!?」
ポータルから部屋に追ってきたユウちゃんさんが焦燥的な面持ちで僕らに問い詰める。
そうか、ここにもすれ違いがあったのか……でもこっちは誰かを喪う結果にならなくてよかった。
「以前、結界については限られた人たちしか詳細は知らないと教えてくれましたよね? 怨弩の矢と結界の原理は同じで、霊樹精の命を使って結界を造っていたみたいですよ。追放もその犠牲を隠し易くする為だったんだと思います」
「私たちは……なんてことを……」
ミヤバさんはその場で泣き崩れてしまい、ユウちゃんさんは拳を握り歯を食いしばって怒りを滲ませている、きっと義憤だろう。
「……姐さん、わえも共にいくぞ。今度は味方じゃから問題ないじゃろう?」
「えぇ、どうか霊樹精を助けてください。
ミヤバ、辛い思いばかりさせてしまう姉でごめんなさい……」
ミヤバさんも霊樹精もどちらも家族で、どちらかしか選べなかったサーシスさん苦悩はどれほどだったのだろうか、僕には想像もできない。
せめてこれからは報われ欲しいと心から願う、その為に僕はカルミアとの約束を必ず守ろうと改めて誓った。
さぁ、これからが正念場だよalmA。
僕は浮かぶ多面体にフィストバンプを求めるが当然返ってこない。




