ep4-1.pm 06:42 レイカクside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 06:42
「スズハ姉様……どうして……どうしてそんなことするの? 私は……私はまた一緒に暮らせるように頑張ったのよ……まだ成果は出てないけど、また姉様と兄様と一緒に……」
消え入りそうな声でミヤバが訴える、気持ちは痛いほど解るぞ。
言葉遣いも姐さんと一緒に暮らしていた頃に戻っておる……
あ奴は父親が亡くなってから執政府に入り、霊樹精とまた共に生きれるよう何十年も国に働きかけていた、奴の旦那もそうじゃ。
「姐さん、退いてくれんかの? ミヤバはずっと霊樹精との共存を訴えてきた、わえも同じ気持ちじゃ。今回のことでそれは遠のくかもしれん、それでもミヤバは必ずやり遂げる、だから自棄にならんでくれ」
「姉様、私、子供もできたのよ、姉様と一緒で花や植物が大好きな子で……姉様にも会って欲しい、だから……」
堪え切れなくなったミヤバは涙を流す、言葉も詰まって出てこない。
覚悟はしていたが、こんな再開はあんまりじゃろう……
「ミヤバ、貴女は何も知らないのでございますね。残念ですが妾はこの街を、この国を滅ぼします、これを変えるつもりはございません」
静まり返った境内の中、姐さんは相変わらず凛とした声で淡々と言葉を紡ぐ。
あぁ……決定的じゃな……すまんなミヤバ。
握った拳の力を緩めることが出来ず爪が食い込む。
「姐さんたちが強いのは知っているが、それでもヨウキョウを相手に勝てると思っておるのか? それにわえだって幼かったあの頃は違うぞ?」
「えぇユウカク、貴女も立派になって嬉しく思いますよ。貴女の言う通り、大国の前に霊樹精など吹けば消えてしまう秉燭の火のようなものでしょう。ですが怨弩ならどうでございましょう?」
「なっ……姐さん、解って言っておるのか!?」
「当然でございます、妾が鏃となって厄災になりましょう」
「ふざけるなっ!!」
よりにもよって、ミヤバの、姉を想う妹の前でそれ言うのか!?
一瞬にして身体が熱くなり頭に血が昇る。
背後に創った天駆を蹴って姐さんに向かって跳んだ。
手足を斬り落としてでも止めてやる、国に害を成すどころか自死を選ぶなど赦すわけないじゃろう。
「ふざけているのはヨウキョウでございましょう?」
わえの刃は何処からか姐さんの前に飛び込み身体を盾にした霊樹精に止められた。
深く斬りつけたはずなのに霊樹精は倒れもしないし出血も少ない、これは姐さんの魔法……相変わらず恐ろしい。
「疎んじておった魔法を使うとは本気なんじゃな……」
姐さんの炎は屍に熱を与える、そしてそれを意のままに操る。
優しかった昔の姐さんは”死者を冒涜する魔法”と自らの力を呪っておった。
「そう言ったつもりでございますが、分かってもらえないようでございますね。貴女たちの命を摘み取ることになっても妾は成し遂げねばならないのでございます」
「……――泡沫の焔」
姐さんから放たれた蒼い炎は彼女の目の前で燃え上がり、やがて大人の背丈ほどに収まり形を変えていく。
わえはソレに絶句した、炎が象ったのは亡くなった姐さんとミヤバの父君。
ミヤバになんて残酷なことをするんじゃ、姉が自らの命で国を亡ぼすと言うだけではなくここまでするか?
「姐さん、なんてことするんじゃ……」
「貴女たちに教えましょう、この男は霊樹精を追いやるよう扇動した者の一人でございます。泡沫の焔は一人だけ、こうして死者を炎に変え使役し続けることもできるのでございます」
「実の父を……殺したのか?」
「左様にございます」
平然と言ってのける姐さんに眩暈がする。
父君が霊樹精追放に関与していたのは初耳じゃが、それだけでこうはならんじゃろう?
何があってここまで歪んでしまったんじゃ?
姐さんが腕を振り下ろすと、父親の姿を象った焔は幾つもの火球をわえらに目掛けて止めどなく放つ、それは姐さんとミヤバの父君が得意とした魔法の使い方じゃ。
ミヤバは続け様に突きつけられる絶望にへたり込んで茫然と涙を流すことしか出来なくなっている、天駆の壁でミヤバを護りながら炎を防げてはいるが、このままでは埒が開かん。
わえは自身を護る天駆だけ解き、焔に向かって駆けだした。
あれを止めねばどうにも出来ん、何よりその姿をこれ以上ミヤバに見せるな……!!
止むことのない火球の雨はマナが無尽蔵かと錯覚するほどじゃが、いちいち防ぐことはしない。何故ならわえが姐さんの焔を葬れる手段は恐らく一つのみ、その為にはミヤバの護りに使った壁を除いた全ての天駆を使う必要がある。
身を翻し、火球を斬り、焔に向かって最短距離を一直線に進む。
躱しきれない火球が何度も服を焦がし肌を焼くが、ようやくあと一足まで詰め寄れた。
天駆で鞘を創り、構える刀と逆側に全体重をかけ”溜め”を作る。
ゆくぞ……
――天駆抜刀……
「幽世の者すら斬ってみせようぞ……!!」
現断――!!
「おぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
わえの膂力全てを天駆で受け止め、太刀筋を誘導する最速最大威力の奥義。
焔の上半身が腰から切り離され掻き消える。
横薙ぎ一閃、わえの奥の手は焔を掻き消すに足る一刀だったようじゃ。
刃を反し、沈めた姿勢のまま滑るように姐さんへ距離を詰めた。
姐さんも焔を失えば、この距離でわえに対抗する手段はないじゃろう。
「去らばじゃ……」
尊敬していた人を斬る、そうしなければもう止められん。
覚悟を決めて逆袈裟に斬り上げた刹那、頭上から刀目掛けて”何か”が飛び込んできた。
石畳を割り土煙をあげた”何か”はわえの刀をも破壊しおった。
鋼を無理やりちぎったような刀の断面は、”折れた”ではなく”破壊された”としか言いようがない。
土煙が晴れ、”何か”の姿がはっきりとしていくが、わえはそれが信じられんかった。
白髪に銀の瞳、体躯に似合わない戦槌を携えた少女。
少女は姐さんを護るようにわえらに対峙している。
「ミーちゃん、どう言うことじゃ……?」
壊れてしまった刀を握るわえの手には自然と力が入っていた。




