ep3-1.pm 05:27 レイカクside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 05:27
――アヤカシ西地区
「なっ……!?」
火の手が上がってからの時間を考えると、被害は大きいとは思っておったが、予想より燃えている建物が多すぎる。
鬼人族と狐人族が大半を占めるわえらヨウキョウの民は水魔法を扱える者が極端に少ない。それ故、火事に対しては建物を破壊することで燃え広がりを抑えているが、今回はそれが間に合っていないのか?
「ユウカク……あれを……」
ミヤバが指さす先には炎が家々を線で繋ぐように伸びている。
そうか、木で建物を繋ぎ火を移しているのか……木々を操る魔法なんぞ聞いたこともないが、その者を倒さない限り止まらんと言う事か。
「ミコト様にいくぞ、ミヤバ」
『ツツミコトの社』、通称ミコト様……あそこは周りに人家も少ない、炎に呑まれることもないじゃろう。
ミヤバの安全を考えるとミコト様に隠れさせた方が良い。
それに……もしかするとあの人も……
わえはミヤバを抱え、天駆でミコト様へ向けて駆け出した。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――ツツミコトの社 境内
石畳が社殿まで整然と敷かれ、脇には境内を見守るような御神木。
幼い頃、わえとミヤバはあの人らに此処で日暮れまで遊んでもらったもんじゃ。
「此処は変わらんのう……ミヤバ、わえは少しマナを蓄えたら戦いに参加する。お前さんはここに隠れていろ、あの人を見つけたら必ず連れてきてやる。
先の一戦で判ったが霊樹精の魔法はわえには効かん、あの人らも無力化できるじゃろうて」
半分は方便じゃ、出来ればミヤバと再会させてやりたい。
しかし、あの人ら相手に加減して勝てるとは思っておらん……
もし退かぬなら死力を尽くして斬ることになるじゃろう。
そしてそれはわえであるべきじゃ、誰か分からぬ者に討たれたとなればミヤバの気持ちは何処にもぶつけられんじゃろう。
「……嘘、でございましょう? 二人とも霊樹精の魔法をあまり使わないのはユウカクも知っているはず、それに先のミーちゃんからの連絡で貴女も止められないと思っているのではございませんか?」
「かかかっ! そんなことはないぞ、あの人らが相手でもわえが圧倒して襟首引っ掴んで此処まで連れてきてやる、だからその後の説得はお前さんに任せるぞ」
すまんなミヤバ、例え方便を見抜かれようと認めるワケにはいかんのじゃ。
境内の岩に腰かけ、こうして話していると昔を思い出す。
わえらが幼い頃、霊樹精と融和を進めていた執政府の有力派閥の長が亡くなった。
そこから各府の霊樹精を快く思わない者たちが民衆を誘導し、彼の者らとの関係が一変してしまった。
世界から忌避される霊樹精に感じるのは本能的な”恐れ”じゃ。
本来ならば恐ろしいものには近づかないはずじゃが、霊樹精に対する感情は違う。
”恐ろしいから滅ぼさねばならぬ”、そう感じる……まるで神に命ぜられてるように。
しかし、それも暫く共に暮らせば慣れなのか分からぬが感じ方が変わってくる。
”恐ろしいから共に在るべき”、そう思えてくる、当時のヨウキョウの民の多くは同じ気持ちだったはずじゃ。
それでも日々増えていく排斥の声に徐々に流され、終いには霊樹精をこの国から追い出してしまった。
彼の者らとは共に在るべきだった、誤った道を進んだツケが回ってきたのが今回なんじゃろう。解ってはいる、それでもわえは護国府に連なる者、この国に害を成す者を斬り伏せる刃にならねばならぬ……
いやいや、いかんな、良くない方向にばかり想いが向いてしまう……
まだあの人らが居るとも分からんし、例え居たとしても退いてくれぬとは決まっていないじゃろう。ミヤバ来てると判ればきっと話を聞いてくれる、ぷらす思考が大切じゃとレイカクも言っておった!!
「よし、それなりに休めたしマナの蓄えられた。行ってくるぞ!」
「ユウカク、どうか……どうか姉様と兄様をお願いします」
「うむ! 任せておけ、さっき言うたじゃろ? わえが引っ掴んででも連れてきてやる」
――その必要はございませんよ
ミヤバとの会話に鈴の音のように涼しげな声が割って入った。
わえはこの声をよく覚えている。
御神木の影から現れたのは金糸のような髪に狐人族の耳と尾、そして霊樹精の象徴たる長く尖った耳を持つ女、わえらが探していた”あの人ら”の片割れ。
「スズハ…………姉様……」
「その名は捨てました、今はサーシスと名乗ってございます」
「花蘇芳……どうしてそんな名を……」
ミヤバが悲痛な顔をする理由は解る、花が好きだった姐さんが昔教えてくれた花蘇芳の花言葉……
――”疑惑”、”裏切り”、そして”反逆”……
愛らしい花に似つかわしくない言葉だったから、わえもよく覚えておるぞ。
「姐さん、どうして此処にきたんじゃ?」
昔の思い出を大切にしてくれているのか?それならミヤバやわえの言葉も届くのではないか?
頼む……そうであってくれ。
「妾の大切な思い出の場所は妾自身で終わらせる為に来たのでございます。まさか貴女たちに会えるとは思ってもいませんでしたが」
凛とした表情を崩さず姐さんは”終わらせる”と言った。
あぁ……ダメなのか……わえらの言葉は届かんのか……
受け入れたくない現実に拳を握るわえの手には自然と力が入っていた。
【サーシス(スズハ=ゾラ) イメージ】




