ep2-2.pm 03:49 メルミーツェside
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 03:49
――アヤカシ東地区
ミヤバさんたちが向かった西地区より、ゾラ家は東地区に近い。
恐らく僕の方が二人より早く目的を果たせる。
そう思っていたが全く人の気配を感じない……
霊樹精はもちろん、ヨウキョウの人もどこにもいない。
辺りの建物は木々に浸食され、静寂そのもの。
もし人類が絶滅したらいつかこんな風になるのかと思わされる光景だ。
一度almAから降りて偵察をしてもらう方が良いかもしれない。
「almA、お願い」
命令に応え、高度を上げていく多面体を見上げる僕は、この世界で目覚めた翌日に森で同じように偵察を頼んだときの光景と重ねていた。
あの頃はalmAが戻ってくるまで怯えて待つことしか出来なかったが、今は肩を並べて戦えるくらいには成長したと自負している。
2年の歳月はあっと言う間だったと郷愁に浸っていると、撮影を終えたalmAがふよふよとゆっくり降下してきた。
撮影された映像を確認するも木が邪魔で人らしい影を確認するのは難しいようだ。
やはりalmAに熱源感知を展開してもらって走り回るしかないのかと思い諦めかけたが、一か所だけ異常に木々が高い場所が目に入る。
「いかにも『ここに何かありますよ~』って言いたげな場所だね……」
無作為に走り回るより、ここに向かう方が良い、それで空振りならまた周囲を探索すれば良いだけのことだ。
僕はalmAに跨って映像に映った場所を目指した。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――アヤカシ東地区 ???
道に隆起した木の根をalmAは器用に避けながら順調に進めていたが、目的地周辺で僕は言葉を失った。
蔦に縛られた何人もの鬼人族が地面から一直線に伸びた木に串刺しにされている……
ドラキュラのモデルになったとされる”串刺し公”の逸話を読んだときはイカれていると思ったけれど、そんな狂気の光景を実際に目にするとは思っていないかった。
「う……おえェぇ……はぁ……ハァ……うぷっ」
吐いた、当たり前だ。以前シエル村でバラバラになる人を目にしている。
けれど、あの時は僕も正気じゃなかった、まともな状態でこんなもの見たら胃がひっくり返る……
ヤバい奴がこの辺りに潜んでいるかもしれない……
もし居るとしたらきっと目の前の建物だ。
建物全体を木が覆うように伸びている。
外観的にも誰かの屋敷ではなく、恐らく何らかの施設。
出発前に教えてもらった怨弩の矢を作っていた場所か?
破壊か乗っ取りかは判断できないけど、怨弩は存在するだけで脅威だ。
国同士が核で核を牽制しあっていた前世のように、”在るだけで警戒せざるを得ない”兵器を抑えたいと思うは道理だし、そう考えなければ此処がこんな惨状になっている説明がつかない。
「偵察だけして撤退しよう、僕一人で手に負える気がしない……」
部隊管理端末でステルス特化の”アクラブ”を編成し、反映を待つ間で無線でミヤバさんたちに連絡を入れる。
「ミヤバさん、怨弩の矢を作っていた施設っぽい建物の前で護国府のと思われる人たちが大勢死んでいます。多分、僕一人じゃ対処できないと思うので少しだけ中を確認して撤退します」
『……わかりました。ミーちゃん、どうか無理はせずに無事で戻ってください』
――……Ready
編成の待機時間も連絡も完了、怖いけど行こうか……
施設の中は、西洋文化を取り入れ始めた明治時代の迎賓館のような内装。
しかしそれも上へ上へと伸びる樹木で壁を突き破られ修復は不可能だろう。
階段も覆われて2階へは行けそうにない、1階で通れそうな通路から奥へ進む。
そろそろ通路も突き当りのところでalmAの熱源感知に反応があった。
サイズ的にも小動物ではなく恐らく人だ。
「反応からして地下があると思うけど……almA、探せる?」
周囲を動き回り探索するalmAが止まった場所は無秩序に成長した木の隙間、近づくと微かに風の流れを感じ、覗き込むと空間が広がっている。
僕だけなら通れるけどalmAは厳しそうだ。
以前森で伐採に使ったチェーンソーを今回持ち込んいるけれど、入口を広げるにしても大きな音を立ててしまう。隠密行動をしている今、それは好ましくない。
「仕方ないか……almA、ちょっと待ってて」
隙間に体をねじ込み、後から装備を内側へ引っ張り込む。
流石にサックやチェーンソーは大き過ぎて通らず、コンバットナイフ、ハンドガン、ショットガン、マガジンとショットシェルを入れたベルトと装備が減ってしまった。
薄暗い石造りの階段を降りた先は、地上から見えた建物の半分の面積はありそうな広い空間。
そこには大きな鉄の筒のような物や、スチームパンクの世界に登場しそうな怪しい機器が点々と設置されていた。
趣味の悪いことに拷問器具みたいな物まで見える。
物陰に隠れながら部屋を見渡すと、奥に舞台を象るように木々が真横に伸びて重なり、その上で一人の黒髪の青年が踊っている、ダンスと言うより伝統舞踊のような動きだ。
獣の耳に霊樹精の尖った耳……当たりかな……?
でもあれって狐人族って言うより僕と同じ猫人族に近いよね、尻尾もモフモフしてないし……
「誰だ!? 姿は見えないがボクの仲間には見えているぞ!!」
報告の為に撤退しようと物陰を移動していると突如青年が叫んだ。
しかし、この部屋には彼しかいない、”仲間”なんてきっとハッタリだ。
物音を立ててしまったのか、それとも気配に敏感なのか、何れにしてもハッタリに引っかかって『バレてしまっては仕方ない!』と出ていくほど僕はバカじゃない。
「隠れても無駄だと言ってるだろ!!」
――!!
部屋に生えている木の一部がこちらに向かって伸びてくる。
表にいた鬼人族もきっとこれに貫かれたんだ……!!
僕はショットガンを迫る脅威に向ける。
”射撃技能 レックブラスト”ッ!!
ショットガンの単純な火力スキル。
正面かつ近距離の目標に対して火力補正がかかり、銃弾を使い切るまで効果が継続する弾薬スキルだ。
弾丸は僕に迫る鋭利な木を爆発させるように粉砕し、その衝撃は木槍を根本まで割いていく。
串刺しは免れたけれど、今のでステルス効果が切れてしまった。
覚悟を決め立ち上がり青年と対峙したが、彼は驚いた様子で目を丸くしている。
「猫人族? それも子供じゃないか……服装から見てもヨウキョウ人じゃないね。どうして君みたいな女の子がここにいるんだい?」
青年の声音は先ほどの鬼気迫るものではなく、本当に子供も心配するように優しく穏やかだ。
もしかして彼と表の串刺しは無関係なのか?
いきなり攻撃してきたけど、今の優しい表情が不意を衝くための嘘にも見えない、この人なら探し人のこと何か知ってくるかもしれない。
「……人を探しています、狐人族と霊樹精の耳を持った人です」
「なんだと……? お前、その人を探してどうするつもりだ?」
探し人を聞いた瞬間、彼の表情は曇り、言葉には怒気が孕んでいる。
やっぱり表の串刺しはこいつだ、もう騙されないぞ!
掌くるっくるの僕はショットガンのレバーを起こして次弾を装填する。
くそー騙された、情緒不安定な奴は狂人女で十分だよalmA……
僕は浮かぶ多面体を呼び込むタイミングを窺った。




