ep12.魔物討伐戦3
■後神暦 1325年 / 春の月 / 天の日 am 11:00
――怨弩汚染地域周辺
前回の戦いで残っている魔物は数えるほどしかいない。
魔鋏殻生物の変異体も孤立している、好都合だ。
撤退したあの夜、護国府の指揮官に呼ばれ、ハクトさんにしたものと同じ説明と考えられる戦術を提案した。
その日はそれで終わったが、翌日には再度、討伐に赴くことが決まった。
気のせいかもしれないが、指揮官が少し怯えた顔をしていような気がした。
僕が呼び出される前にハクトさんが何をしたのかは聞きたくない、きっと気のせいだ。
出発した僕たちは当日、日中に戦えるように本来半日で到着できるところを、途中一度野営を挟み今に至る。
「今だ! 拘束しろ!!」
指揮官の号令と共に膂力に自信のある者たちが先端に分銅をつけたロープを一斉に投げ、魔鋏殻生物を拘束した。
作戦は単純、魔鋏殻生物の変異体を拘束して動けないところをクレハくんの虚火で熱していく。
ただ、拘束していても暴れられると彼の魔法が無効になってしまうので、ダメ押しで僕の出番だ……
――”術撃技能 アブソリュートカーム”
リム=パステルの防衛戦でも足止めに使った尖り過ぎている遅延スキルだ。
9割以上動きを遅らせるこのスキルなら拘束と合わせて動きを完封できる。
クレハくんたちを範囲に巻き込まないように魔鋏殻生物の背後、汚染地域側に回り込んでのスキル使用。指揮官に説明したときは汚染地域では魔法が使えないのではないかと言われたが、僕には関係ない。
熱変質したタンパク質は戻らない、一度で熱することができる範囲は狭くてもスキルリキャストを待って、この工程を繰り返す。
「終わりました!!」
クレハくんの合図を聞き、誰からともなく雄叫びをあげ打撃武器を持った者たちが突撃していく。
レイカクちゃんも天駆を使い器用に跳び回り、空を駆けるように後に続いていった。
事前に作戦を説明された通り、酸欠にならないよう一撃離脱の波状攻撃を仕掛ける様は、即席の混合軍とは思えない統率だと感嘆する。
先日も感じたが、”個”よりも”群”を優先させるのはヨウキョウ人の特徴なのだろうか。
僕も参加する為、荷車に戻るころにはリキャストも完了していた。
――”戦闘技能 血狂い悪鬼”
「ミー姉様!? どうしたんですか!?」
いきなり脱力して崩れ落ちたら驚くよね、ちょっと待っててね、あと10秒だから。
4……3……2……1……よし、いくぞ……!!
爆砕槌を引っ掴んで魔鋏殻生物へ向かって走り出し、一足で距離を詰められるところで跳び上がり息を止める。
爆砕槌の扱いも練習したからね、自分で言うのも何だけど、かなり上達したよ。
空中でハンマーを振りかぶりトリガーを引く。
スキルの強化と爆風で何度も縦に回転し、遠心力を乗せた一撃を真上から叩き込む。
「ん~~~!!!!」
着地と同時に息を止められる限界まで叩き続け離脱した。
ガラガラと音を立てて外殻の塊が剥がれ落ちていく。
良かった、推測は当たっていたみたいだ。
「良くやった、後は私に任せよ」
言うが早いか、僕の横を刀に手をかけたハクトさんが駆けていく。
一瞬でトップスピードに達する様はまるで疾風だ。
「――閃っ!!」
一瞬だった、熊よりも大きい魔鋏殻生物は一刀のもとに両断された。
斬り上げたのは分かる、ただ、どうやって刀の尺より大きい相手を一撃で真っ二つにしたんだろう……全然分かんない。
達人ってあんな人の為の言葉なんだろうね。
変異体がいなくなれば後は消化試合のようなものだ。
初日と同じように炎の魔法が扱える者が焼き、力自慢が叩き、達人たちが斬る。
『焼いて叩いて斬る』、初めは料理かよと思ったが、実に簡潔で的を射た言葉だと納得した。
周辺の魔鋏殻生物は討伐は完了し、護国府の半数は付近に残り、浄化の目途が立つまで交代で魔物が溢れないように抑えるそうだ。
アヤカシへ戻る僕たちの食事はカニメインになったことは言うまでもない。
~ ~ ~ ~ ~ ~
■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 02:00
――アヤカシ近郊
「カニ美味しかったわね~、これから毎日でも良いくらいだわ」
「オーリも!!」「ヴィーも!!」
「あ~……毎日は無理だけど、見つけたら仕入れるようにするね」
3日間のカニずくしで飽きないとは……よっぽど気に入ったんだね。
でもね、毎日はカニを食べるのはいつか痛風になるからダメだよ。
アヤカシに戻る護国府の兵は魔物との戦いで負傷した者が多く、
汚染地域に向かったときより時間はかかったが、それでも1日遅れ程度で戻ってこれた。
「…………」
「ヴィー? どうしたの?」
アヤカシまであと少しのところでヴィーが言葉を発さなくなった。
口を強く結び、目も見開いている。
気づけばオーリも同じ表情でアヤカシの方を凝視している。
何かあったのかな?
ここからじゃ見えないけど、オーリのスコープだったら視えるかな――
――……!?
「almA!! 全速でアヤカシまで戻って!!!!」
街から火の手が上がっている、まるでツーク村のときのようだ。
これはオーリとヴィーの一番見たくない光景だ。
「大丈夫、大丈夫だから……」
激しく揺れる荷車で二人を抱きしめる。
荷物がいくつか振り落とされたが構うものか、今は1秒でも早くアヤカシに戻らなくてはならない。
何が起こっているか分からなかったクレハくんたちも、街へ近づくうちに状況を理解し、顔からみるみると血の気が引いていく。
街門に門兵もいない、速度を落とさずに街へ飛び込みゾラ家を目指す。
レイカクちゃんには申し訳ないが、オルコ家は門の反対側だ。
――ゾラ屋敷
車輪が壊れるかと思えるほどのスピードから180度ターンのドリフトをさせ、ゾラ家の門前で荷車は停止した。
「母様っ!!」
転げ落ちるように荷車から降り、屋敷に駆けていくクレハくんを急いで追う。
この辺りの区画は特に被害はなさそうだったが、屋敷を走る僕の心臓は早鐘を打っていた。
「かか様っ!!」
ミヤバさんの私室にはユウちゃんさんもいた。
思いもよらなかった、安否確認したい二人が一緒にいたのは幸運だった。
クレハくんたちの母親の無事に安堵する一方、トラウマを思い出す光景を見てしまい、オーリとヴィーは未だ動揺している。二人をもう一度抱きしめ、手を繋ぐ。
大丈夫、僕がついている、そう伝えたくて言葉より行動で示すことを選んだ。
幾分か落ち着いた二人にも安堵し、ミヤバさんに状況を確認する。
「街が燃えているのが見えました、何が起きているのでしょうか?」
「……霊樹精が攻めてきたのでございます」
状況を告げるミヤバさんの表情には困惑と憂愁が混じっていた。
霊樹精は忌み森に潜んでいると聞いているが、人々の霊樹精を口に出すときの嫌悪の表情から、僕は忌み森に追いやられた可能性もあると考えている。
推測の域を出ないけれど、迫害や弾圧に耐えかねた霊樹精が蜂起したとするなら見え方が変わってくる。
侵攻ではなく反乱、もしその通りだった場合、僕の尺度では正義は相手にある。
それでもオーリとヴィーにトラウマの再現を見せるワケにはいかない。
どうすれば良いんだろうalmA。
僕は答えのない問いを浮かぶ多面体に投げかける。
◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇
[chap.5 鬼と狐の国ヨウキョウ]をお読み頂きありがとうございます!
この後は閑話を1話挟み、次章に移ります。
引き続きお付合い頂ければ幸いです。
 




