ep11.魔物討伐戦2
■後神暦 1325年 / 春の月 / 獣の日 pm 01:00
実のところ、ここに来るまでの道中や野営で、御前試合選抜組と護国府が連携を取れるのか心配だった。
何故なら移動は護国府についていくようにしか指示はないし、野営も食料を配給する以外コミュニケーションはなかった。
だから、この討伐戦も同じようになると思っていたが杞憂だった。
ヨウキョウ人の魔鋏殻生物への対処法、「焼いて叩いて斬る」をそれぞれの役割を解っているように戦っている。
狐人族を先頭に”火”に関する力を持っている者が先陣をきり、魔鋏殻生物を炎に包んだら即撤退、入れ替わるように鬼人族の見るからに力自慢そうな者たちが叩きつけ、岩のような外殻を剥がす、更に斬撃を加える者たちを守るように立ち回っている。
そこに護国府の軍や義勇軍である選抜隊の区別はなかった。
「すごいね、みんな誰に指示されるでもなく役割をこなしてるよ」
「魔鋏殻生物は魔物ですが、ヨウキョウではよく発生するんです。慣れているのもありますけど、皆この国を想っているのかと思います」
確かに……志がなければ、御前試合に出ないよね。
ついつい正規軍の方が立場が上で、義勇軍を雑に扱ってるのかと邪推してしまった自分が恥ずかしい……
志を掲げ、立場を超えて団結するなんて、古き良き日本人みたいでカッコいいじゃないヨウキョウ人、僕も見習って頑張ろう、だけど……
「ミー姐、あーしらもいかないの?」
「行きたいんだけど、こう味方が広がってると撃つに撃てないんだよね」
「ミー姉様の錫杖は凄かったですよね」
カッコいいと言っておいて手の平を返すようだが、勇ましい選抜組の中にも変な奴はいた、具体的には幼女趣味だ。
出発初日、テントに夜這いしにきたからショットガンでゴム弾をぶち込んでやった。
教育に悪い大人は絶対に許さん。
発砲音で騒ぎになったので、ここにいる大体の人は銃を認知している。
ただ、魔法のように視認できる前動作がないので、射線を空けるのは難しいだろう。
「ミー姐、回り込んできてるみたいだよ」
「本当だ、じゃあ僕たちはあっちに行こう。almA、お願い!」
河原を迂回して数匹の魔鋏殻生物が護国府の兵の背後に回り込もうとしている。
almA戦車の方向を変え、射線を通っているか確認し照準を合わせた。
うぅ……鳥肌立つ、その気持ち悪い外殻ごと壊してやるぞ。
――!!!!!!!!!!!!!
轟音と共に13ミリを超える徹甲弾が魔鋏殻生物の外殻を削り取っていく。
砕けた外殻が粉塵になって舞い、まるでコンクリートを撃っているような感覚だ。
魔粘性生物のときのようにはいかないが、それでも確実に効いている。
でも一匹に使う銃弾を考えると途中で弾切れになるのは確実だ。
だけど今回の弾は銃弾だけじゃない。
「クレハくん、レイカクちゃん、出番だよ!!」
――!!!!!!!!!!!!!
機銃にも負けない爆発音を響かせ、二人の合体魔法、天駆虚火の蒸気爆破が魔鋏殻生物を外殻ごと吹き飛ばす。
一撃で”焼く”と”叩く”の工程をこなせるのがこの魔法の凄いところだ。
「すごいわね、これならアルコヴァンの時より早く終わるんじゃないかしら?」
「うん、予定より早く帰れれば観光の時間も増えるね」
「「カニも食べるー!!」」
混合軍が強いこともあって戦局は常時優勢だった。
戦場とは思えない会話をするほどに余裕のある展開だったが、突如指揮官が理解できない号令を出した。
「撤退だ!! 殿を残して全員退却!!」
こんなに優勢なのに何故?
もう少しで見えている全ての魔物を倒せたはずなのに……
僕たちはワケが分からないまま、汚染地域の上流に位置する村まで転進することになった。
…
……
………
…………
負傷者はいるが致命傷ではない、マナ切れの可能性も低い、クレハくんたちだってまだまだ余力がある、大人がそう簡単にガス欠になるとも思えない。
選抜組の中には納得していない者がいるのは表情から分かる、護国府の兵もイラついた様子だ。
ただ、『やはり駄目か』や『どうすれば』などの言葉も聞こえ、相応の理由があったことは察せるが、張り詰めた空気の中、話しかけるのは憚られた。
どうにかして事情を知りたくて辺りを見回すと、兎人族の女性だけが平静を保ち、黙々と歩を進めている。僕は荷車から降りて彼女に話しかけることにした。
「あの……すみません、今回、どうして撤退することになったか理由をご存じですか?」
「魔鋏殻生物の群れの中にヌシのような奴がいてな、そ奴には炎が効かぬ、と言うより奴の近くで炎が掻き消えてしまうんだ。それに奴の周りは空気が薄い、近づきすぎて昏倒する者もいる」
凛とした姿勢は崩さなかったが、恐る恐る話しかけた僕を気遣うように柔らかい表情で彼女は教えてくれた。
「それじゃあ外殻が剥せないってことですか?」
「その通り、しかも外殻も尋常ではないくらいに固い、私の剣でも断ち切るのは至難だろう」
この人がそこまで言うなら本当に無理なんだろうね。
護国府の人たちの言葉からの予想になるけど、以前にその変異体みたいな魔鋏殻生物と戦って、今回と同じように撤退したんじゃないかな……
~ ~ ~ ~ ~ ~
日も暮れ、灯りが必要になる頃、ようやく上流の村に到着した。
護国府の指揮官は数名を伴って村長へ滞在を告げに行ったようだ。
しかし、村にこれだけの大人数の滞在はどう考えても難しく、選抜組を中心に野営をする者たちが集まった。
僕たちもそちらに参加をする、変態はいたが選抜組は庶民的で親しみやすい人が多い、それに純粋な意味での子供好きも多いので、こちらの方が居心地が良いだろう。
「おう、嬢ちゃんたちも食うか?」
選抜組の大柄な男性がクイっと顎で視線を促す先には日中に戦っていた魔鋏殻生物。
ちゃっかり持って帰ってきたようだ。
「大勢で食った方が良いだろ?」
「ご一緒させていただきます、良かったら僕たちの調味料も使ってください」
ハクトさんが見事な剣閃で魔鋏殻生物を切り分け、熱した外殻を鉄板の代わりにして焼いていく。
マナから生まれる魔物が本当に食べられるか不安だったが、熱が通った甲殻は鮮やかな紅色で、鳥肌を誘うバケモノカニもこうなってしまえば美味しそうに見えるから不思議だ。
「美味しいわね! でもどうして色が変わるのかしら?」
一口目を躊躇っていたティスも、今は夢中になって食べている。
そう、カニは美味しいんだ。
「魔鋏殻生物が同じかは分からないけど、カニが食べてるモノに影響されてるらしいよ、それで熱に反応して色が変わる、だったかな?」
「へぇ~、じゃあ、あの外殻も熱で剥がれたのね」
……あれ?
魔鋏殻生物の変異体も原理は解らないけど火を消してるだけで、熱が通れば問題ないんじゃないの?
鉄板代わりにされている外殻を見ると表面が煤けているし、端の方は白く変色している……これってタンパク質の熱変性だ。
対処法の『焼いて叩いて斬る』の前半をもう少し詳しくすると……
焼いて熱を通して、甲殻と外殻を繋いでいるタンパク質を卵の白身のように固める、そうすると固くなる代わりに弾性を失った”繋ぎ”は強い衝撃に耐えられずに外殻は剥がれる、だ。
「ティス、すごいよ、もしかしら倒せなかった変異種も倒せるかもしれないよ」
撤退のときに”空気が薄い”ってハクトさんは言ってた。
酸素を減らして炎を消す、もしくは弱めている可能性が高いけれど、こっちには火を使わずに熱を与える術者がいる。
「でもどうやって伝えよう……子供の言葉だけで信用してもらえるとは思えないし……」
「どうした? 困りごとがあるなら私が聞こうか?」
腕を組み、分かりやすく考え事をしていたせいか、ハクトさんが声をかけてくれた。
渡りに舟だ、子供でダメでも御前試合優勝者の言葉なら耳を傾けてもらえる。
すぐに彼女に今までの考察を話し、残っていた魔鋏殻生物で実演をして見せた。
彼女は『ふむ……』と一言だけ発し、村へ向かって歩いて行った。
もしかしたら思ったより早いリベンジマッチになるかもねalmA。
僕は幸運に感謝し、浮かぶ多面体に寄りかかってカニを頬張った。
【頬張るティスタニア イメージ】




