ep10.魔物討伐戦1
■後神暦 1325年 / 春の月 / 天の日 pm 04:00
――ゾラ家 ミヤバ私室
「ミーちゃん、お願いがございます」
滞在している宿で家族でのんびりとお風呂に入っていたところを呼び出され、何事かと急いで来たが、いつになくミヤバさんは真剣な表情だ。
「クレハが魔物の征伐部隊に選抜されました、そこで護衛として同行をお願いしたいのでございます」
「ふぇ?」
予想外のことに思わず変な声が出た。なぜなら聞いていた話と違うからだ。
「あの……ユウちゃんさんは子供が選ばれることはないって言ってませんでしたか?」
「左様にございます。
本来、外部に出してはいけない情報でございますが、忌み森の木々が異常に成長し森が拡大しているのでございます。それらの調査、対処に護国府の人員が割かれた為、御前試合からの選抜の敷居が低くなってしまったのでございます」
忌み森……ツーク村に戻った際、村長から迂回するように言われた、古代種が潜む森、アルコヴァンでの名称は知らないが、ヨウキョウではそう呼ばれているらしい。
森の異変については知識がないので推し量れないが、怨弩の汚染を後回しにすることから緊急性が高いのだろう。ただ、秘匿事項にする理由が分からない。
ともあれ、分からないことを考え込んでも仕方がない。
それに元よりクレハくんたちが選抜された時は同行するつもりだった。
「わかりました、クレハくんたちに同行します」
「深謝します。出発は明後日でございますので、どうか、どうかクレハをお願いします」
報告も兼ねてウカノさんに手紙を送ろう。
今から出しても届くのは約半月後、もしすぐにアレクシアをヨウキョウに派遣するとしてもかなりの日数がかかる。それまでに全てが終わっていればいいけれど……
僕は手紙と装備の準備の為、早々にゾラの屋敷から宿に戻った。
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■後神暦 1325年 / 春の月 / 地の日 am 08:00
――アヤカシ近郊 街道
早朝より討伐部隊と共に汚染地域の魔物排除に向けて出発をした。
アルコヴァンのときよりも部隊の規模が大きい。
あの時は過剰だと思っていたが、もしかして適正な規模だったのかと自分の中の常識を更新していく。
怨弩の汚染地域までは片道3日、ヴェルタニアとヨウキョウを隔てている、大河の近くに撃ち込まれたらしい。
ヨウキョウの馬車は屋根になる幌がなく、僕たちの荷車もある程度、違和感なく溶け込めている。
「今回は野党集団に見えなくて良かったわね」
「本当だよね、護国府の人たちは統一感のある装備だし、”軍隊”って感じ」
もちろん、御前試合から選抜された人の中には少しガラの悪い人も交じってはいるが、筋骨隆々のマッチョ集団に比べれば可愛いものだ。
「ミー姉ちゃん」
「”きじゅー”は付けないの?」
「うん、目的地に近くなったら組み立てるから手伝ってくれるかな?」
前回の反省を活かして、威圧感と違和感をまき散らす機銃は目的地まで台座から外し、目立たないように寝かせてある。
お手伝いのお願いに『はーい』と元気に答えてくれる子供たち思わず破顔してしまう、これがピクニックの類ならどれほど良かったか。
出発前に聞いた話では汚染地域で発生している魔物は魔鋏殻生物。
教えてもらった情報で想像した姿を一言で表現すると”フルアーマー甲殻類”。
外骨格の更に表層に高硬度の外殻を纏ったデカいカニらしい。
対処方法は、炎で焼いた後に打撃を加えると外殻が外れ、斬撃が通りやすくなるそうだ。
ヨウキョウ人曰く、『焼いて叩いて斬る』とのことだけど、何の料理番組だろう?
事前情報を整理しながら隊列についていくうちに日は落ち、初日の移動を終え、各々野営の準備に取り掛かった。
食料の支給以外は基本的に各自持参のようで、御前試合からの選抜組はそのまま地面に寝転ぶ人たちも少なくない。
「ミー姉様、これは天幕ですか? 変った手触りの布ですね」
「うん、ナイロンって言ってね、軽くて見た目以上に丈夫なんだよ」
クレハくんは興味津々といった様子でテントを撫でている。
厳密にはナイロンに近い分子構造の物にはなるけれどナイロンで良いだろう。
護国府の兵たちも天幕を張っている、日本に近い文化を持つヨウキョウが日本と決定的に違うのは、”外国と陸続き”であることだと思っている。
日本固有の天幕の形はなかったはずだが、地理が違えば文化の発展も違ってくる。
当然だけどヨウキョウは日本に似ているだけで日本ではない。
些細なことだが郷愁を覚える。
とは言え、いつまでも浸ってはいられないので、早々にテントを組み立て、この場の誰よりも快適に僕たちは就寝をした。
多少トラブルはあったが、翌日以降も特に魔獣に遭遇することもなく、道中は平和そのものだった。
目的地までは街道が通っていて、割と栄えている地域なことも要因としてあると、ハクトさん、御前試合でクレハくんたちを負かした兎人族の女性が教えてくれた。
あの日、僕たちは途中で退出してしまったが、最終的に勝ち残ったのは彼女だったそうだ。
まさか優勝者と当たっていたとは……運がなかったとしか言いようがない。
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■後神暦 1325年 / 春の月 / 獣の日 pm 01:00
――怨弩汚染地域周辺
出発から3日、予定通り汚染地域に到着した。
雰囲気はアルコヴァンと同じ、薄暗く魔物が徘徊している。
しかし……大河と聞いていたが対岸が全く見えない、最早海だ。
「うわぁ……何あれ、気持ち悪いわ……」
「ティスはカニを見るの初めて?」
気持ちは分かる、食用のカニを知ってる僕でも、熊みたいな大きさのカニは不気味に映る。
それにゴツゴツとした岩のような外殻が見方によってはフジツボが付いてるようにも見えて、集合体恐怖症気味な僕は鳥肌が立ちそうだ。
あんなバケモノカニが群れを成して襲ってきたらと思うとゾッとする。
「「おいしそー!!」」
子供はたくましいね……
「だよねー美味しいよ、あーしは結構好きだな」
「僕も好きです、吸い物にしたときの風味が特に」
……ヨウキョウ人はもっとたくましかったわ、それに食べられるんだ。
緊張や恐怖の感情がない分、この方が良いのかな?
さて、後は機銃で魔鋏殻生物の外殻を貫ければ言うことないけど……
僕は台座に取り付けた機銃に弾帯をセットする。
魔粘性生物も倒せたし今回も大丈夫だよね、almA。
僕は荷車を牽く多面体に前進の指示を出す。
【ハクト イメージ】




