ep8.天駆けるかか様、そして閃いた
■後神暦 1325年 / 春の月 / 空の日 pm 01:30
「さぁ、いつでもよいぞ!」
ユウちゃんさんは目線の高さで切っ先をこちらに向けるように木刀構える。
漫画とかで見たことがある、確かあれは”霞の構え”。
目を狙って横薙ぎとかしてくるんでしょ? 怖っ……
そもそも”剣”に類する武器を使ってまともな狩りも戦いも経験がない。
リム=パステルの防衛戦でヤケクソに振り回したくらいだ。
本音を言えば、これなら素手の方がまだマシかもしれない。
今更後悔しても遅いのは分かってるけど、何で木刀での試合を受けちゃったんだろう……
言っても仕方ないので、今は編成の力を信じるしかない。
左手で本来、鍔がある位置あたりを軽く握り、右半身で木刀を隠すように構え、腰を落とす。
「ほう、居合か……」
そう、高火力アタッカーの”ツキノデ”の戦闘スタイルは居合なんだ。
でも、木刀でのこの試合、怪我をしたくない僕が最適解として、この編成を選んだのはそれだけじゃない。
「後の先相手に待つのは無粋じゃの、ゆくぞ!」
セオリー通りの横薙ぎを逆袈裟で迎え打つ。
前世で動画を見たことがある程度の知識でもここまで身体が動く、本当に編成の力は凄い。
とは言え、打ち合っただけで手が痺れる……あの横薙ぎが当たったら失明しそうなんだけど、本当に手加減してくれるって信じていいんだよね?
「鞘がないと”溜め”も作れんじゃろ?」
そう言うと、ユウちゃんさんは居合のように刀身を身体で隠すように構えを変えた。
これも見たことがある、”脇構え”だ。
「レイカク、見ておれ、これがオルコ家の戦い方じゃ」
先ほどと同じように駆け寄ってくるが、重心に違和感がある、妙に左に寄っている。
「そぉうらぁぁぁ!!」
――!?
初撃とは段違いに速い。
打ち払うことは無理と判断して後ろに飛退くと、追いかけるようにユウちゃんさんも跳び上がる。
上段からの振り下ろしを警戒して木刀を構えるた。
しかし、何もないことろを蹴る様にして、僕の後ろ目掛けてもう一度跳ねた。
「かかか、驚いたじゃろ?」
背後からの斬りつけを前進してギリギリ躱す。
依然、ユウちゃんさんは空を飛び跳ねながら迫ってくる、どこかの壁外調査にいく兵団みたいな立体軌道だ。
空を駆けるような動きは確かに驚いた、でも、こっちだって隠し玉はある。
――”欺瞞技能 ヨイ ノ ツキ”
効果中は一切の攻撃をしなくなる代わりに、対峙している相手の物理攻撃のみ完全回避になる。
つまり横やりが入らない状況で真価を発揮する疑似的な足止めスキル。
僕が”ツキノデ”を選んだ本当の理由はコレを使うためだ。
縦横無尽に飛んでくる斬撃を風に舞う木の葉のようにヒラヒラと躱せる、これは良い。
一矢報いた気はするけれど、スキルが切れたら相手の土俵で敵うワケがない。
だから僕がするべきことは一つだ。
「まいりましたーーー!!」
木刀を手放し両手を上げる。
もう十分”母の威厳”は見せれたでしょ? このままだと怪我しちゃうよ、僕が。
それに気づいてます? ユウちゃんさん、貴女さっきから瞳孔開いてますよ、怖いから閉じて閉じて。
「うむ! どうじゃレイカク、かか様は凄いじゃろ? かかか」
上機嫌なようで何よりだけど、『かかか』じゃないんだよなぁ……
こっちは必死だったんですよ?
あの縦横無尽に空中を飛び跳ねていたのは、イメージで形を変えられる不可視の”壁”を作り出すユウちゃんさんの固有魔法、”天駆”を使ったそうだ。
恐ろしく速かった脇構えからの一撃も、同じように天駆の”壁”を鞘のようにし、抜刀した状態でも斬撃を加速させる鞘走りを再現していたらしい。
作り出せる”壁”の面積は小さいが同じ固有魔法が使えるレイカクちゃんには、実戦で応用が利くように、口で教えるのではなく試合を見せたのだと言っていた。
筋は通っているけど本当かなぁ……
「やはり親子で同じ力が使えると教える悦びがあるもんじゃの~」
「んなっ……!」
木刀で肩をトントンと叩きながら顎に手をあてたユウちゃんさんは、勝ち誇ったようにニヤニヤと微笑いミヤバさんを挑発した。
大人のじゃれ合いがまた始まったので、無視をして子供たちのもとに戻る。
「因みにレイカクちゃんの天駆はどれくらいの大きさなの?」
「ん~こんくらい」
壁自体は見えないが、レイカクちゃんが指で作ってくれた形は20×20センチくらいの四角形。
触ってみると厚みは1センチに満たないほどに薄かった。
「強度はどれくらいか分かる?」
「わかんない、あーしが叩いても壊れないくらい?」
「ん~、試しに僕も叩いてみてもいい?」
レイカクちゃんの腕力がどれほどか解らず判断できないので、実際に木刀で叩いてみたがビクともしない。
何度も試していたら先に木刀に限界がきて折れてしまった。
極所的な展開とは言え、高硬度で不可視、その上、形まで変えれるって攻防に隙がなくない?
クレハくんの魔法もすごいけど、天駆も大概壊れた性能だよ。
「天駆は同時にいくつか出せるものなの? あと形についても教えてくれない?」
「あーしは2こまで、形は3つ折りまでしかできない」
庭の地面に描いて説明をしてくれた内容は、天駆を折り紙のように曲げて形を作っているようで、3つ折りとは言葉の通り、折り目を2つ作り最大で3面の形を作ることみたいだ。
それと初めは必ず四角形から初めなくてはいけなくて、同時に出した数によって形も異なってくる。
1つの場合は正方形、2つの場合は長方形、元々出せる大きさを鋏で切ったようなイメージだ。
四角、四角……―あ、閃いた!
「御前試合って二人一組だよね、良いこと思いついたよ!」
「本当ですかミー姉さ……わぷっ!」
「ちょ、かか様、降ろして!!」
先ほどまで、じゃれ合っていた大人たちが我が子を抱き上げ睨み合っている。
ミヤバさんはクレハくんを後ろからハグし抱っこするような恰好。
ユウちゃんさんはレイカクちゃんをお姫様抱っこし、天駆でぴょんぴょんと跳ねている。
「違う力を開花させたからこそ感じれる、息子の成長を味わえないなんて可哀想でございますね~」
「はんっ! 同じ力だからこそ感じる親子の絆がわからんとは哀れじゃの~」
僕の渾身の閃きはマウントを取り合う母親の乱入で中断された……
どうやら彼女らが満足するまでは話を再開させられそうにない。
うちの子たちだって可愛いし魔法もユニークなんですよ、ね、almA。
面と向かって我が子自慢に参戦できない僕は浮かぶ多面体に訴えかけた。
 




