ep7.レンジでチン、そしてボン
■後神暦 1325年 / 春の月 / 空の日 am 11:00
――ゾラ家 クレハ私室
昨日、御前試合のペアも無事に決まり、さっそく直近の課題であるクレハくんの火魔法、もしくはそれに足る力を模索する為に彼の部屋で作戦会議だ。
期限まで後4日、時間がない。
出場が嬉しかったのか、レイカクちゃんも朝一でゾラ家に来たようで、僕より先にクレハくんの部屋にいた。親御さん方はミヤバさんが食卓を自慢したことがきっかけで別室でじゃれ合っている。
「えっと、ちゃんと聞いてなかったけど、クレハくんは魔法が使えないの?」
「いいえ、使えるには使えますが……僕の魔法は物を温めることしかできないようなんです」
「あーしは良いと思うけどな、寒い日にクレハが温めてくれた時は嬉しかったよ」
おやおやおや……じゃない、真面目に考えよう。
「因みに温めるって具体的にどれくらい温められるの?」
「たまにすっごく熱くなるよね、ちょっと動いたらすぐ戻ったけど」
熱いと感じるくらいまでは温度を上げられて、動いたらダメ?
んーわかんない、実際やってもらった方が早いかな。
「その温めるやつ、僕の手にやってもらえない?」
クレハくんが手をかざし、数秒経つとじんわりと手が温かくなる。
なるほどこれは気持ちいい。更に数秒経つと少し不快になるくらいに温度が上がっていく。
我慢しもう数秒……耐えられない、熱さが突き刺すような痛みとなり、思わず声をあげた。
「あっつっっ!!」
手を避けると熱は急激に引いていく……それに熱は手の表面ではなく内側から感じた。
――これって、電子レンジと同じ熱の伝わり方じゃない?
狐人族の得意とするのは「火」を操ることなので、マイクロ波で分子を振動させるようなレンジとは多分原理が違うと思うけど、もう少し試してみよう。
「今度は反対の手にお願いしても良い?」
クレハくんが魔法を使い始めて体感15秒、限界だ。
同じように手を避けると熱は引く、ただ今度は手の表面が熱かった。
「……クレハくん、この魔法すごいかもしれないよ」
熱の発生ポイントは斑があるけど、使い方によっては数十秒で人を死に至らしめることができる、しかも周りからはほとんど気づかれずに。
「これって、どれくらいの距離届くの?」
「わかりません、でもココから鉢植えをよく温めています」
指さす先は部屋の隅でクレハくんが育てている薬草の鉢、5メートル弱の距離。
思ってた以上に遠くまで届く、それなら次は遮蔽物に影響を受けるかだ。
本を積んで壁を作り試したが、遮蔽物は関係なく熱を通すことができた。
推測が混ざるけど、現状解っていることを纏めるとクレハくんの魔法はこうだ。
・半径約5メートルの範囲で任意の一点の熱量を上げる。
・熱量の上がり方は一定ではなく、ある地点から加速度的に上がっていく。
・熱量を上げている対象物が±5センチ程度動くと魔法は無効になる。
問題はとてつもない熱量を加えるには対象が動かないことが条件であること。
次に課題として、対象の『どこ』の熱量を上げるかの精度をあげること。
それらをクレハくんに伝え、一度部屋を離れる。
今まで鉢植え以外の動かない物に試してなかったのかな?
推測通りならかなり強力な気がするんだけど……
人目のつかない所でポータルから拠点に入り、元々みんなでレジャーに行くことがあったら使おうと思っていた物と盾を担いで再度ゾラ家に戻る。
「おまたせ、部屋だと危ないかも知れないから庭に行こうか」
――ゾラ家 はなれ前の庭
「ミー姉様、それは?」
「水筒だね」
「なんで盾持ってるの?」
「危ないからだね」
持ってきたのは二重構造で保温性の高い水筒と防弾窓付きの盾、
日本の警察なんかも使っている防弾盾だ。
「失敗してもいいからさ、水筒の中を熱するように魔法使ってもらってもいいかな? あと、みんな僕の後ろに隠れてね」
水筒の中には3割程度の水を入れて蓋を溶接してある。
つまり、そのまま熱し続ければ……
――!!!!!!!!!!!!!!
思っていた以上の爆音を響かせ水筒は破裂した。
爆風と礫が盾に当たりパラパラと音を立てる。
ただ、金属片が壁に刺さっているのは後で謝罪しよう……
動いたら無効になる魔法でもこれなら戦う為の力になる。
「何事でございますか!?」
ミヤバさんとユウちゃんさんがすっ飛んできたが、状況が全く飲み込めていないようだ。
盾を構えた僕を先頭に、子供たちが一列並んでいるのだから当然か。
「すごいよクレハ~、あーしはずっとクレハはすごいって思ってたんだ~」
呆気にとられる大人たちを無視し、興奮したレイカクちゃんはクレハくんに抱き着き持ち上げる、おやおや。
状況の説明と彼の魔法は使い方を考えれば、かなり強力な魔法であることを伝えると息子の成長の喜びから、ミヤバさんはレイカクちゃんごとクレハくんを抱きしめた。
可愛い鬼っ子と狐耳の美人に抱きしめられる光景はラノベの1シーンに見える。
「なんか、クレハくんって主人公っぽいよね……いいなぁ」
「主人公って物語とかの? 分かる気はするけど年上の嫉妬はみっともないわよ」
分かってるよティス。でもね、これは男の子の憧れなんだから仕方ないんだよ。
ともあれ、御前試合まで後5日、クレハくんが優秀なお陰でタスクの一つがまさかの1日で終わった。
残りの日数で精度を上げていけば大丈夫なはず。
「ねぇねぇ、ミー姐! あーし! あーしには何かないの!?」
大柄の身体でぴょんぴょんと跳ねながら、自分を指さしたレイカクちゃんが聞いてくるが、そもそも彼女の魔法も戦い方も知らない。
どうしようかと思案していると、不意に木刀を投げ渡された。
「むっふー、レイカクや、それはかか様が指南してやろう!」
「そうだね、レイカクちゃん、お母さんに聞いてみるのもいいんじゃないかな?」
「うむ! まずは見取り稽古じゃ! わえとミーちゃんの試合をよく見ておれ!」
「は? いやいやいや、無理ですって!」
ユウちゃんさんは小さな身体でずんずんと近づき耳を貸せとジェスチャーをする。
(わえに”母の威厳”を見せる機会を作ってくれるのではなかったのか!?)
(マジですか……ちゃんと手加減してくださるんですよね……?)
「うむ!」
どうしてこうなるんだ……約束はしたけど、これはちょっと違うと思う。
ユウちゃんさんは万力のような怪力だ、まともに当たろうものなら、木刀か僕の骨のどっちかが折れる、あるいは両方か……
渋々UMTを操作して極東出身で剣客の血筋とプロフィールにあったキャラクター、”ツキノデ”を編成にセットする。
――……Ready
大怪我をしても知りませんよ? 主に僕が。
辞世の句でも詠みたい気分だよalmA。
僕は浮かぶ多面体の加勢を切に願った。
【レイカク イメージ】




