ep3.逃れられない呪いの二つ名
■後神暦 1325年 / 春の月 / 地の日 pm 03:00
――ヨウキョウ首都 アヤカシ
「ここが首都アヤカシなのね~、建物がみんなモーヴの家っぽいわね!」
「ソウダネ」
「団子屋だって! 団子ってヨウキョウのお菓子よね?」
「ソウダネ」
「…………」
「アレクシアが作ったお菓子のミルフィーユって美味しさの秘訣は何だと思う?」
「層ダネ」
「ちょっとミーツェ! いい加減機嫌直しなさいよ!!」
「だってさ! 国境の門兵にまで”錆鉄の猫姫”が認知されてるってどういう事!? 国境って国の端ってことだよ!? 国中に広まってたらどうするのさ!?」
「もういいじゃない、オーリとヴィーは”魔弾の双子”、あたしなんか”猫姫の守風”よ?」
「だからだよ……」
どうしたアルコヴァン国民?君たちは漏れなく厨二病に罹患しているのか?
それにインターネットがないのに、この情報の広まり方はおかしいでしょう。
どうやってるの? 本当に凄いよね、ただただ怖いよ。
「はぁ……取り合えず失礼な時間にならないうちにウカノさんの親戚に会いに行こう……」
本来なら、歴史教科書の挿絵でしか見たことがなかった、古来日本のような風景に心が躍ったかもしれない。
でも、国境での出来事を数日引きずっている僕にはソレを楽しむ余裕はなく、今回の目的地のゾラ家の屋敷へと悶々としたまま歩き始めた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――ゾラ屋敷 門前
いや……大きくない?
ウカノさんの邸宅と比べて倍の敷地面積はあるんじゃないか?
平屋建てだし、家の中を移動するだけでも大変そうだね。
「おい、童が何用か?」
門番の人か、童って僕のことだよね?
確かにこの国で珍しい異種族が屋敷の前で棒立ちしてたら怪しいよね、屋敷の大きさに見惚れてる場合じゃなかった。
「失礼致しました。
アルコヴァンのウカノ=フクス=カーマイン様から仰せつかってゾラ様に書状をお持ちしました」
「そうであったか、確認する故、しばし待たれよ」
(ミーツェって丁寧な話し方もできるのね)
(茶化さないでよ。失礼があって怒られたら嫌でしょ?)
ペコリを頭を下げた僕にティスが茶化す。
10分程度待った後、僕たちは屋敷に通される。
そうして、ウカノさんの親戚、この屋敷の女主人ミヤバ=ゾラ様へ会うことになった。
事前に聞いたいた話では、ゾラ家はヨウキョウの執政府に勤める名家だそうだ。
日本で言うところの国会議員にあたる所謂政治屋だけど、当然、前世でそんな人と関わりなんてない僕としては内心少しビクビクしている。
そうして通されたのは板張りと畳の大部屋。
屋敷の外観通り、日本を想起させる内装で、奥には主と思われる女性に侍女と文官と思われる二人が付き添っている。
「此度は遠路からご苦労様でございます。妾がウカノの遠縁、ゾラ=ミヤバでございます」
差し扇で軽く会釈をする上品な女性、血縁者なだけあってウカノさんにどことなく似てる。
ウカノさんの髪を金一色にして、中性的な顔を女性的な方向に寄せるとミヤバ様になるのかもしれない。
「ご丁寧にありがとうございます。ブラン=メルミーツェです。こちらは妖精族のティスタニアに犬人族のオリヴァとオリヴィ、私の家族です」
「では書状を拝見致しますね。どうぞ楽にしてくださいまし」
広間に正座で座り、真似をするように双子も座る。
ティスだけは僕の肩に座っているけど……お姉さんなんだからちゃんとしようね?
「……おや、先ほどの名乗りといい、随分ヨウキョウの文化を理解されておられるのですね」
あまりに元日本人に馴染みがあり過ぎて自然とやってしまったけど、まずかったかな?
えっと……ここは伝家の宝刀の出番だ。
「はい、故郷で習いました」
嘘は言っていない、だって日本じゃ普通の事だから。
「左様でございますか、ふむ……ウカノも身動きがとり難い状況になっているのでございますね。それで”猫姫”殿を使者にされた、と」
「待ってください! それ手紙に書いてあるんですか!?」
「ふふ、はい。
なぜ妾の子と同じくらいの年頃の子供が使者にと疑問でございましたが、この内容であれば納得でございます」
何書いてあるんだろう……
お願いだから尾ひれが付いたようなことは書いてありませんように……
「では猫姫殿、こちらからウカノに願い出たことは既知かと存じますが、怨弩の穢れを聖女様に払って頂きたいのでございます」
……やっぱりウカノさんの言ってた通り、アレクシアのことを知ってたんだ。
「おや、そんなに警戒されなくても大丈夫でございますよ。
ウカノからも『真偽が分からないまま聖女は派遣できない』とはっきりと書いてございます。
あの子、もう少し隠しても良いものを、もし妾が其方らを利用しようとしても無駄だと言いたいのでございましょう」
聖女がバレてる前提の手紙だったのか、百戦錬磨の商人に政治屋、どっちも笑顔で腹の探り合いしてそうで怖いよ、僕には絶対無理だ。
「それに実力行使をしても無駄だとも言いたいのでございましょう。随分とウカノに信頼されているのでございますね」
優雅な所作は崩さずに艶やかな口元が少し上がる。
その可能性もあるなら、事前に教えて欲しかった……
「あの……実力行使しないですよね?」
「ふふ、もちろんでございます。この国にいる間の安全は、ゾラ家が保証致しまのでご安心くださいまし。
話しは戻りますが、此度の願いの真偽は、実際に怨弩で穢れた地をご覧頂くのがよろしいかと存じます。
ただ、未だ魔物が蔓延っておりますので、そう遠くないうちに選抜を行い、征伐に赴く予定でございます」
「慌ただしい時期に伺ってしまい、すみません」
「いえ、確かに思っていた以上にお早い到着でございましたが、これはこれで僥倖でございます」
「どういう事でしょうか?」
「ウカノからは困りごとがあれば対価を払い猫姫殿に相談してみるのも良い、と書いてございます。これは猫姫殿に宛てた言葉かと存じますが、『メルちゃん、商魂燃やしてくですよ!』とのことでございます」
おぉう……ゆっくり滞在とはいかないんですね、悲しいです。
ミヤバ様もわざわざウカノさんの真似しながら言わなくていいです、ちょっと似てるから反応に困るよ。
「……それで、何かお困りでしょうか?」
「えぇ、妾の子を部屋から出して欲しいのでございます」
「はぇ?」
全く予想していなかった言葉に素っ頓狂な声が出た。
部屋から出せって、引き籠りってこと?
まぁ……引き籠りの気持ちについては任せてくださいよ、ね、almA。
言ってて悲しくなった僕は浮かぶ多面体をただただ見つめた。
【ミヤバ イメージ】




