ep1.アヤカシへ1
■後神暦 1325年 / 春の月 / 地の日 pm 01:00
――カーマイン商会 ウカノ執務室
「急に呼び出してしまって申し訳ないです、調子はどうです?」
「はい、お酒も発酵食品の製造も順調です。
まだ学び舎を建てる程は資金を作れていませんが、孤児院で雇っている傭兵さんたちが読み書きと簡単な計算を教えて下さっています」
これは実際かなり助かっている。
本来、警備の仕事以外は別口で依頼を出す必要があるが、ボーナーさんたちが時間をやりくりして授業をしてくれている。
「そうですか、それは何よりです。
それでですね、今日はメルちゃんにお願いがありまして……その、メルちゃんには国を出て欲しいんです」
「……え?」
は? え? なに? どういう事? 国を出ろって……追放!?
いやいやいや、僕何も悪いことしてないよ!思い当たることがあるとすれば先日、ザックたちとシュールストレミングもどきを作ろうとしてスラムで異臭騒ぎは起こしたけど……あの後、ラオばあちゃんに全員引くほど折檻されたから禊は済んでると思うんだけど!?
「あの……異臭騒ぎは大変申し訳ございません……でもラオばあちゃんに笑えないくらい叱られたので追放は許して頂けませんか……?」
「追放? そんなことしないですよ。そもそも私の一存でそんなことできないです。それはそうとラオさんに迷惑かけちゃダメですよ、パイロンさんに知られたら二重で怒られるです」
「はい……仰る通りです」
パイロンさん、ラオばあちゃんのことになると人が変わるよね……幼いころの恩人が生きていたことが分かって喜ぶまでは理解できるけど、今ではレイコフさんを信奉するザックみたいになってるんだよね。非常に怖いですン。
「言葉が足りなかったですね、ごめんなさい。国を出て欲しいと言ったのはヨウキョウである事を確認して欲しいんですよ」
「ヨウキョウって隣国のですよね? 何かあったんですか?」
「えぇ、実はヨウキョウにも怨弩が撃たれていたそうです。私の遠縁の親戚がヨウキョウにいるのですが、浄化の手助けをしてくれないかと話がきたんです」
ウカノさんが受けた報せでは、アルコヴァンに怨弩が撃たれた同日にヨウキョウにも怨弩が撃たれていたらしく、大量発生した魔物は討伐できたが、汚染された地域はの浄化は難航しているらしい。
ヨウキョウはこちらに怨弩を撃ったと疑われている国の一つに挙がっているが、ウカノさん個人としては要請をしてきた親戚を信用していること、本当に怨弩が撃ち込まれたのであればヨウキョウも国として一定の信用をしても良いと考えて今回の話になったそうだ。
「でもどうしてウカノさんに助けを求めたんでしょう? 物資の援助とかのお願いなら分るんですけど」
「アルコヴァンの聖女のことが漏れてるんでしょうね。どこにでもいるものですよ、諜報員って」
怖っ……
「本来なら、私が出向いて真偽を確認してからアレクシアちゃんにお願いするべきですが、怨弩の一件でアルコヴァンは出入国が制限されてるです。
もし商会の代表がヨウキョウに行こうとすれば絶対に議会が反対するでしょうし、もしかしたら難癖をつけてくるかもしれないです」
「それで僕なんですね、でも簡単に出国できますか?」
「そこは買い付け名目で私が保証人になるです。国の柵にあまり捕らわれない新興商会の代表であるメルちゃんは適任なんです。
それに錆鉄の猫姫はトラブルが起きたときに独力で解決できる”何か”をまだ隠している気がするんです」
もしかしてポータルのことバレてないよね……?
含みのある笑顔が怖いんですが……
「もちろん、子供だけで旅は大変ですから、狩人協会から護衛を付けてもらえるように手配するですよ」
「大丈夫です!! 僕たちだけで大丈夫です!!」
前回の浄化の時みたいにマッチョに囲まれた旅なんて嫌だ!
依頼されての旅だけど、気分は家族旅行なんだ、不純物はごめん被る。
「そうです? じゃあ必要なものは言ってくれればこちらで揃えるですよ」
~ ~ ~ ~ ~ ~
――リム=パステル 国立図書館
街の中央に近い、図書館は外から見ることは何度もあったが、実際に入ったのは始めてだ。
何度も思うが、この世界の建物や人々の服装から想像される文明レベルと実際のギャップには驚かされる。
紙が普及していることもそうだけど、この本の量、分類だって一次二次とジャンルごとにしっかりと区分されてるなんてビックリだよ、これなら知りたい情報がすぐ集まりそうだね。
それに、よく考えたらヨウキョウのことって双子の父親に教わった鬼人族と狐人族の長が治めていることと、アレクシアパパから聞いたお米が主食ってことしか知らないんだよね。
さて、ヨウキョウ関連の資料は…………あった、これだ。
…
……
………
なるほど、厳密には二種族の長の更に上の立場があるんだ。それに御門って……そのまんまだね。
国の体制としては現代日本に類似する点が多い……御門は象徴的な存在であって政治への直接関与を認めらていない。ただ、これで機能しているのってある意味すごいね、日本なら無理なんじゃない?
何故なら、僕の感性でヨウキョウの政治体制を一言で言えば『三権分立もどき』。
執政府、護国府、評定府の三つで国を治めているみたいだけど、護国府は言い換えれば軍事部門、評定府は司法部門、軍部が独立していることには不安があるけど、これはまだいい。
執政府が行政と立法の両方を担ってるってまずくない?
それぞれの府に反対権があるみたいだけど、これでよく滅茶苦茶な法ができないよね。
政策が透明なのか、それとも政治屋が清廉潔白なのか、どっちでも凄いけど。
食文化はモリスさんが言ってたようにお米が主食、というより完全に和食文化だ……
それに独自の鍛造技術、刀や着物、占星術……これって陰陽術? 花街なんて言葉もある。
なにより、首都の名前が『アヤカシ』って……妖だよね?
いつの時代かは判らないけど絶対建国に日本の転生者が絡んでるでしょ……
「マジかー、こんなとこに転生者の痕跡あるんだ……アレクシアは知ってるのかな?」
三権分立に近い治政ってことは現代日本?
でもそれだと文化面が現代と離れ過ぎてるんだよなぁ……どうなってるんだろう?
答えは出ないが、考えることを止めらずにいると、図書館に似つかわしくないドタドタとした足音が近づいてくる。
「いたいた! お嬢、ヤバいぞ!!」
「ザック!? そんな焦ってどうしたの!?」
「オーリとヴィーがお嬢が夕方に戻るって言ってたのに戻ってこないってぐずってるぞ!」
「は?」
しまった、もう夜だ……
絶対拗ねてるよね……どうしよう……
託児所に遅れてお迎えにいく気分だよalmA。
僕は浮かぶ多面体に飛び乗ってスラムへ急いだ。
◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇
いつもお読み頂きありがとうございます!
chap.5は慣れ親しんだ国を出て隣国へと向かいます。
異世界で発展した日本のような土地と個性的な人たち、
そしてどこまでも追いかけてくる呪いのアレにミーツェが振り回されます。
引き続きお付合い頂ければ幸いです。
 




