閑話.最強の兵器
時系列が少し戻ります。
chap.4の最後(ep21)、メルミーツェが自宅を持った数日後のお話です。
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■後神暦 1325年 / 春の月 / 星の日 pm 06:00
――スラム 発酵食品製造所
「お嬢、言われた通りにパイロンさんに食いもん卸してもらったけど、こんな時間から何すんだ?」
「商品開発だね」
「じゃあ、この卸して貰ったやつに腐化かけんのか?」
「いや、腐化は検証の為に使ってほしいんだ」
「よくわかんねェけど、その入れもんが関係してんの?」
「そう、保存食作りだよ!」
ブラン商会を立ち上げてそろそろ一か月、せっかく自由裁量があるのだから新しい商品を作って売り上げを上げたいと考えた。
孤児院にお金をかけたいのはもちろん、学び舎だってスラムに建てたいからね。
「保存食ってビン詰め作んの? それどう見ても金属の器だろ?」
「違うよザックくん、これは缶詰だよ」
まぁ、本当はパウチの保存食を作りたかったけど、作り方を聞かれたときに答えられないから今回は缶詰にすることにした。
「詳しい説明は省くけど、調理してキレイな容器に入れて、空気が入らないように蓋をする。その後に加熱するよ。腐化は大体どれくらい保存できるかの確認だね」
僕は調理を始め、ザックたちは容器の煮沸と詰め込みをする班と、容器を食用油で満たす班に分かれ作業を始めた。
「オイルで満たしたらコレで蓋をしてね」
「それで完成か?」
「いや、バーナーで蓋を溶接するよ」
この方法が正しいのかは分からない。
でもこれならウカノさんやパイロンさんに聞かれても缶の造り方以外は答えられる。
ベリルさんはバーナーに食いつきそうだけど、伝家の宝刀、”今は亡き故郷の技師さんが造った”で押し通そう。
何なら増産してほしい。
「お嬢、なにそのゴーグル? 真っ黒だけど、それって前見えてんの?」
「うん、見えてるよ。ザックはあんまり近くで見ちゃダメだよ」
「なんで? 見ても良いだろ?――……!!」
――目がぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁ!!
ほら言わんこっちゃない……
天空の城から落っこちそうな台詞だけど大丈夫かい?
「よし、じゃあ次は加熱して腐化にどれだけ耐えられるか検証しよう!」
…
……
………
「腐化はこれくらいでいいかな? 開けるよ」
「お嬢……この野菜ヤバくねェか?」
「だね……お肉と魚はそこそこ保つみたいだね」
んー、加熱で溶けちゃうのか、殺菌ができてないのか……
とりあえず、上手くいった食品で進めてみよう。
「……そう言えば、缶詰にも発酵食品あったね」
「じゃあ作ってみるか?」
「試しにやってみようか、うろ覚えだけど、海水とか塩分濃度が低い水に魚を入れるんだ。缶に入れて腐化かけてみよう」
…
……
………
「お嬢……臭いヤバくねェか?」
「だね……でもalmAの分析だと腐ってはないみたいだよ」
「食って……みるか?」
……恐る恐る口に入れたが意外と美味しい!
臭いはキツイけど酒の肴にぴったりじゃないか?
モーヴの人たちに爆売れしそうな予感がするよ。
ウカノさんじゃないけど今こそ商魂を爆発させるときじゃないか!?
「ザック、これ美味しいよ!!」
「だな! レイコフの旦那も気に入ってくれそうじゃねェか!?」
やっぱりそう思うよね。
「なぁ、これってもっと発酵させたら旨くなるんじゃねェの?」
「んー、試してみる? でも室内だと臭い籠るから外で試そうよ」
――スラム中央広場
「なんで広場にきたの?」
「いや、せっかくなら作ったもんを酒飲んでるおっちゃんたちに売れねェかと思って」
「なるほど商魂だね、その意気や良し」
ザックと仲間たちが一つの缶に全員で腐化をかけていく。
これなら数か月分の発酵を一気に短縮できるだろう。
発酵が進んだであろう缶詰は内圧でボコボコと膨らんできた。
「ねぇザック、そろそろ止めた方がいいんじゃないかな?」
「発酵だから大丈夫だろ? いつもやってるから任せろって!」
「いや、そうじゃなくてさ……」
――!!!!!!!!!!!
案の定、圧力に耐えられなくなった缶は破裂した……
恐ろしいほどの臭気を帯びた液体が周囲に飛び散り、爆心地にいた僕たちは、それはそれは大変なことになった。
そしてココはスラムの中央、酒を飲んでたおっちゃんたちはもちろん、周辺の家も強烈な異臭でパニック状態に陥る。最早これは化学兵器だ……
――ゴォルァァァァ!! クソガキどもぉぉぉ!!!!
地鳴りのような怒声を響かせたのはスラムの女帝、ラオばあちゃん。
おっちゃんたちと酒を飲んでいて広場にいた、最悪だ……
「やんちゃすんなって昔から言ってんだろうがぁ!」
150歳を超えてるとは思えない鉄拳がザックを吹き飛ばす……
次はきっと僕の番だ……
”戦闘技能 シェルガード”!!
――!!
ガード貫通……だと……?
鋭い角度からのボディーブローがガードを突き抜けて脇腹に突き刺さる。
蹲る僕の次はザックの仲間たちが続々と鉄拳の餌食になっていく。
ようやく呼吸ができるようになりヨロヨロと立ち上がると、ばあちゃんはもう一度僕を睨む……嘘でしょう?
……リキャスト完了、よしっ!!
”戦闘技能 ダンス・ウィズ・ミー”
――!!
回避不可……だと……?
落雷のような拳骨が頭上から振り下ろされ、僕は地面に沈んだ……
その後、全員で泣きながら説教を受けたのは言うまでもない。
~ ~ ~ ~ ~ ~
「死ぬかと思った……ばあちゃん、絶対手加減って言葉知らねェだろ」
「でも、掃除手伝ってくれたり、一緒に皆に謝ってくれるラオばあちゃんって、やっぱり優しいよね」
「だなー、できれば説教か折檻かどっちかにして欲しいけどな……」
最近分ったことだけど、以前聞いたスラムに迷い込んでしまった幼い頃のパイロンさんを助けた鼠人族の女性の正体はラオばあちゃんだった。
彼女はパイロンさんが自分を探していることは知っていたが、感謝されるのはガラに合わないと、今まで炊き出しにも顔を出してなかったそうだ。
しかし、ここ最近スラムの状況が急激に改善していったこと、それがパイロンさんの尽力であることを知り、お礼を言うつもりで会うことにしたらしい。
パイロンさんは半世紀以上ぶりの再会に大喜びで、それはそれは見事な土下座を披露し、逆に幼少期の感謝を伝えたていた。
時間が経っても変わらない気持ちって素敵だよね。
そんなことを考えていたら僕も無性にティスたちの顔が見たくなり、家路を急いだ。
「ミーツェ……臭いわ……」
そうか、こういうオチなんだねalmA……
心なしか浮かぶ多面体も僕を避けているような気がする。
【ラオばあちゃん イメージ】




