Another side2.愚か者2
引き続きサファン視点になります。
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■後神暦 1324年 / 秋の月 / 地の日 pm 10:00
――リム=パステル壁外周辺の森
「それでラミアセプス殿、これからどうするのだ? まさか歩いて国境を超えるのか?」
「んふふ、まさかぁ~、そんなことしないワぁ」
空間の一部分だけ黒く広がっている……この女、何をしようとしているんだ?
「さぁ~行きましょうかぁ」
黒い空間に入った!? 私も入れと言うのか?
こんな得体の知れないもの……私を重用すると言うならばもっと説明をして然るべきだろう。
「怖いなら手を繋いであげましょうかぁ~?」
闇の中から顔と手だけ出して不気味にも程があるだろう、しかしここで怯んでは舐めらる、それはあってはならない。
「バカにしないでもらいたい、何を恐れることがある?」
――!?
思い切って闇へ飛びこんだが、ここはどこだ?
先ほどまで確かに森にいたはず……この豪奢な部屋は……?
「ヴェルタニアようこそぉ~」
「なっ……ここはヴェルタニアなのか?」
「そうよぉ~、さっそくだけど私の雇い主に会ってくれるかしらぁ」
使用人は見かけないが掃除が行き届いた廊下、手入れをされた調度品、この女の雇い主とやらはよほど資金力があるんだろうな。
「さぁ~ここよぉ」
一段と豪奢な部屋だな……奥にいる仮面をつけた奴が雇い主とやらか。
「雇い主、戻ったワぁ」
エンプロイヤー、こいつの名か。
「君がサファンくんだね、遠路から来てもらってすまないね。彼女から既に聞いていると思うが、私が彼女の”雇い主”だ」
「お初にお目にかかります、エンプロイヤー殿。
この度は私の才能を買ってくださったとのことで、喜んでお受けしたく参りました」
「……? ん、あぁ」
なんだ? 何かまずかったか? あの女、何を笑っている、失礼だろう。
「いや、すまない。あまりに友好的だったので驚いてしまってね。
ヴェルタニアとアルコヴァンは互いに軋轢があるだろう?」
「些末なことです。我々のように才を持つ者同士が出会うことの障壁足りえません」
「そうか、あぁ、今更だが仮面姿ですまないね、事情があって素顔は晒せないんだ。
本題だが、君には軍事の戦略面で助言をもらいたい。
とは言え、今日はもう遅いし詳しい話は明日にしよう、部屋を用意してあるからゆっくりしてくれ」
軍事戦略か……それこそ私が最も得意とする分野だ。
あの女が我が屋敷に潜りこんでいたからそれは知っていて当然か。
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■後神暦 1324年 / 冬の月 / 地の日 am 09:00
――半年後 ヴェルタニア ???邸
「やぁサファンくん、また君の戦略のお陰で彼の国の防衛拠点を落とせたよ。軍部では謎多き戦略家として有名になっているよ」
当然だ、私の戦略で失敗などありえない。
ヴェルタニアが私を正当に評価できる国なのは認めよう。
「エンプロイヤー殿、そろそろ私も軍部に顔を出そうか?」
「いや、それはまだ早いね、私は君を信頼しているし尊敬もしている。
ただこの国は未だに魔人族至上主義の老害と日和見主義どもが多くてね、嘆かわしいことだ」
この国に力を貸してやってもう半年になるが、屋敷から出たことはない。
まぁ、食事も、女も、全て最高級のものが用意されるので不満はないが、やはり外の奴らには不満はある。
「またアルコヴァンのデマ記事とこの国のプロパガンダか……」
「そうなんだよ、困ったものだ」
これだけ私が完全勝利しているのにアルコヴァンでは真逆の情報が流れている。
これには流石の私も怒りを抑えられず窓を叩き割ってしまったが……
しかし、本当に恥知らずな連中だ、更にはそれを利用してヴェルタニアの日和見どもが停戦などと騒いでいる。私がこの国を救ってやらねば……
「しかもこんな屈辱的な記事まで広がっているようでね。彼らには矜持と言うものがないのだろうね」
「なっ……これは!!」
――”ヴェルタニア連敗の原因は親に勘当された無能息子のせいだった!?逃亡犯サファン、売国奴の悲惨な末路”
「昨晩届いた最新のものだよ。ゴシップで君にヘイトを誘導するなんて、彼ら、相当焦っているのかもね」
許せん……こんな屈辱ありえるか!?
「拠点制圧を繰り返すより、もっと大きな一撃で真実を知らしめる必要があるのかもしれないね」
「もっと大きな一撃……?」
「そう……言うなれば、”勝利への一撃”だ」
そうだ、奴らに教えてやる、真実を、後悔を、屈辱を、そしてお前らが侮った私の有能さを。
「……エンプロイヤー殿の言う通りだ、私は何をすればいい?」
「では私のとっておきの準備の手伝いをお願いしよう、着いてきてくれ」
~ ~ ~ ~ ~ ~
―???邸地下
屋敷の地下にこんな場所があったのか。
「ではコレに入ってくれるか?」
「これは?」
鉄の筒? 私がギリギリ入れるくらいだな……
「説明が難しいんだが、一都市を壊滅させる兵器を制御するものだよ。
中に入った者の思念を読み取って目的の場所に破滅を落とすモノだ。
アルコヴァンの地理は私より君の方が詳しいだろう?」
「……なるほど、わかった。必ず命中させてみせよう」
筒の中は思った通り狭い、身動きが取れないが大丈夫か?
「ではサファンくん、始めるよ」
――!?
筒を閉めた!? それになんだこの液体は!! 息ができないだろう!?
『まったく、ようやく終わったよ』
『お疲れさまぁ~、私は見ていておもしろかったワぁ』
あの女もいるのか!?
だが……なんだか思考が働かない……言葉は聞こえるが意味が理解できない……
『んふふ、だって貴方のことずっとエンプロイヤーって呼んでるんだものぉ』
『言葉を知らないとは愚かなことだ。”雇い主殿”と呼ばれ続け、こちらは失笑ものだよ』
……こいつらは会話をしているのか? それとも歌っているのか? わからない。
『大体、なんだあの戦略は? あんなに戦線を伸ばしたら補給が間に合わないのは軍事を少し齧っただけの者でも解る。戦争はごっこ遊びではないのだよ』
『私の作った記事はどうだったかしらぁ? 自信作だったのよぉ~』
『良い出来だったよ、怒り狂って窓を割った時は思わず声をあげて笑ってしまったよ。アレのお陰で彼の恨みも十分に募ったはずだ、これで間違いなくアルコヴァンに飛ばすことができるだろう』
何を話しているのだ? 判らない。だが、それはもういい。
今私が考えるのは一つだけで十分だ。
――あいつらに復讐してやる
『へぇ~、こうやって鏃ができるのねぇ~、やっぱり私が知ってるモノと少し違うワぁ。あらぁ、もう一本あるのかしらぁ?』
『あぁ、そっちは別口だよ。どちらも明日使おうと思ってね』
外の会話が心地の良い音楽に聞こえる。
美しい旋律に反して、私の復讐心は滾っていた。
私は憎悪、怨恨に身を委ね、意識を手放した。
 




