ep19.錆鉄の猫姫とアルコヴァンの聖女1
■後神暦 1325年 / 春の月 / 天の日 am 10:00
――セルリアン商会 代表執務室
一族のトップ全員にアレクシア……メンツの圧が強い。
昨晩はオーリとヴィーがどこにも行かせてくれなくて、ウカノさんから聞きそびれてしまったが、よっぽど重要な話なのだろうか?
「来てもらってすまないな、嬢ちゃん」
「今日は双子ちゃんも一緒なんですン? パイの作ったお菓子食べるですン?」
「無事だったのだな錆鉄の! 吾は嬉しいぞ!」
「うちの若ぇ奴らも猫姫が帰ってきたって昨日は宴会だったぜ」
「錆鉄? 猫姫?」
「メルちゃんが魔粘性生物を倒したときの姿が噂になって街では『錆鉄の猫姫』って呼ばれてるですよ」
機械仕掛けの女王で巻き上げた兵士たちの武具が腐食で錆びていたこと、それで組みあがった玉座に座っていたことで、生き残った軍や狩人協会の人たちから話が広がったらしい。
僕のあだ名って……
・ミーツェ
・ミー姉ちゃん
・子猫
・メルちゃん
・お嬢
・錆鉄の猫姫←new
いや、一つだけインパクトよ……嘘でしょう……何その厨二的な二つ名……
「じゃあ、全員そろったから始めるな、嬢ちゃんには初めから話すな。
この集まりの目的は怨弩で汚染された地域の浄化だ。
大量に発生した魔物は倒せたが、それだけじゃ根本の解決になっていない」
「国はそもそも汚染を浄化する手段がなくて、アレクシアちゃんに浄化ができないか私たちに議会から相談があったんです」
「アレクシアンは防衛戦に負傷した皆を癒してくれていたんですン。
今では『アルコヴァンの聖女』って呼ばれてますン」
アレクシアを見ると気まずそうに笑っている。
解るよ、その気持ち、すっごく解るよ。
「そちらのお嬢さんが俺を治してくれた魔法で土地の穢れを払えるってんで、じゃあお嬢さんを守りながら行きゃいいじゃねぇかって話になったんだが……」
「議会が言うには国軍は街の防衛や周囲の哨戒で手一杯なんだとよ」
「全くもって惰弱! 鍛え抜かれたパワーがあれば出来ぬことはない!」
狩人協会のマッチョたちの体力基準で判断するのは止めて差し上げて……兵隊さんたちが不憫だ……
「兵を出す出さないで問答をしてもしょうがないからな、俺たちの商会で戦力や物資を出し合って浄化の遠征に行くってことで決まったんだ。そこでだ、何度も頼んで本当にすまないと思っているが嬢ちゃんも力を貸してくれないか?」
「もちろん私たちも全面協力しますし、議会には兵を出さないならお金を出してもらうです。
”アルコヴァンの聖女”は民衆の指示が集まっているです、そこに”錆鉄の猫姫”まで加わったら必要な費用全額以上に出さざるを得なくなるはずです。我々の商魂を舐めなでほしいです」
「議会らだけ人も懐も痛まねぇようにするなんて筋が通らねぇしな」
「まったくだ! 一度鍛え直してやりたいくらいだ!」
議会員にそんなことしたら死ぬと思います……
「わかりました、同行します。でも準備に時間が欲しいです。前回の戦いで武器の殆どを失いました」
「助かる。時間は大丈夫だ、出発は1~2週間後を予定している。
それまでに準備できそうか? こっちで用意できそうなものは言ってくれ」
そこからは細かいことを話し合った。
戦力は主にマシコットの狩人協会から、他には各一族の私兵。
物資はセルリアンとカーマイン、食料はインディゴ、それぞれの商会の得意分野から出し合っていくそうだ。
僕は武器に必要な金属類をお願いしたが、予算を纏めているウカノさんが非常に怖い……絶対議会に吹っ掛ける気だ……
それはそうと……
「すみません、ずっと気になっていたんですが……シンディさん大丈夫ですか?」
結構長い時間話しているのに、その間ずっと執務室のソファーでビクンビクンしている妙齢の羊人族……オーリとヴィーには見せたくなかった……
「あぁ……久しぶり会ったもんだからムルクスが強めに肩叩いてな……あとは分かるだろ?」
「すまぬ……」
「とりあえず大体纏まったですね。各商会の準備は各々1週間を目安に終わらせるとして、メルちゃんの準備が終わったら私からみなさんに報せを出すです」
「錆鉄の、汝からから借りたハンマーも含めて童子たちが使っていた武器はこちらで預かっている。後で届けさせよう」
「ありがとうございます、ウカノさんの邸宅までお願いしたいです」
代表たちは詳細を詰めるとのことで、僕たちはアレクシアと一緒に退室した。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――リム=パステル大通り 雑貨屋への帰り道
何を準備するべきか、それなりの日数街を離れるので、オーリとヴィーを連れていくべきか、そもそもあの二つ名はなんだ。
雑貨屋に向かい通りを歩きながら様々な考えが頭を巡った。
それに力を隠したがっていたアレクシアが大衆の前で魔法を使ったのは意外だった。
「魔法こと、良かったの?」
「防衛戦さ、外の戦いは見てないけどケガをした兵士やギルドの人たちが門の内側に運ばれてくるときに外で起きてることの話は聞こえてきたんだ。
ミーツェのことも話してた……きっとそれこそ決死の覚悟で戦ってたんでしょ?
それ聞いたらさ、自分だけ魔法を隠して誰かに守ってもらうだけなことが急に苦しくなって気づいたら治癒魔法使ってた」
レイコフさんの水俣病の相談をしたときもだが、アレクシアは生死の狭間にいる人のことを見聞きすると酷く張り詰めた表情をする、今もそうだ。
防衛戦を思い出す彼女の顔は辛そうで、雰囲気を変えようと僕は少しだけ茶化してみせた。
「さすが聖女、聖女はなるべくしてなるんだねぇ」
「錆鉄の猫姫よりは二つ名として普通でしょ?」
「この話は止めようか……」
くそっ……自分から振ったけど、この茶化し合いは絶対に勝ち目がない……
なんて十字架背負わせてくれたんだアルコヴァン……
この呼び名はリム=パステルで止める……ツーク村に伝わるのは絶対阻止だ、アドにはきつく、かたく、絶対に口止めをしなければならない。その為には賄賂だって辞さない覚悟だ。
僕がもっと若かったらきっと喜んでたんだろうねalmA……
僕は浮かぶ多面体へ自嘲気味に微笑む。




