ep12.当主?いや、親分でしょ……
■後神暦 1324年 / 秋の月 / 黄昏の日 pm 03:15
――モーヴの屋敷 門前
「わぁ……」
思いっきり和風の建築様式……鎌倉時代の寺院みたな建物まであるよ……
リム=パステルは洋風建築ばかりなのに、この区画だけぽつんと様式が違って違和感が半端ない、なんだこれ……
道すがら、サファンの取り巻きの男に現当主との関係も少し教えてもらった。
彼はバリスホーンという名前で、幼少の頃に母親を亡くした孤児だそうだ。
街で物乞いをしていたときにモーブ当主に拾われ、それ以来、屋敷で働いているんだとか。
屋敷では当主レフコイ=カッツェ=モーヴに会ったけれど、彼の様子は一言で言えば異様だった。
バリスホーンさんの報告を受けられるのか疑問に思うほど……
寝たきりで報告を受けたモーヴ当主は、回らない呂律で「バカ野郎」と彼を叱っていた。
”テラス”を編成に入れている僕にはモーヴ当主の深い”悲しみ”の感情が流れてきたんだ。
「バリスホーンさん、大丈夫ですか?」
「バリスで結構です、今の姿からは想像できないかもしれやせんが、当主はそれはそれはおっかなくて、優しくて、でけぇ漢だったんでさぁ……」
衛兵隊の指令所へ向かう前にあるところに寄ろうとする道中、バリスさんはぽつぽつと語ってくれた。
バリスさんの種族に正式なものはなく、蔑称としてある呼び名は”キメラ”。
どの魔獣や魔虫も普通は人や獣を捕食する為に襲う。
しかし、ごく稀に襲われても捕食されず身体を犯されることもあるらしい。
一度そうなってしまうと体内のマナが歪み、その時に子を孕まなかったとしても、以降産まれてくる子も魔獣や魔虫の特徴を有した子供が生まれるそうだ。
この世界には共通で忌避される存在が三つあって、その一つがキメラなのだと。
「あっしは猫人族と魔水牛のキメラなんでさぁ」
自ら蔑称を使うバリスさんだが卑屈さは感じない。
「当主が拾ってくれた時にあっしがキメラだってこと話したんですがね、『産まれってぇのは手前にとって大事なことかい? 俺にゃ筋通すことに意地張って生きる方が大事に思うがね』って事も無げに言ってくれて、それからはキメラに産まれたことはどうでもよくなったんでさぁ」
~ ~ ~ ~ ~ ~
■後神暦 1324年 / 秋の月 / 黄昏の日 pm 07:30
――衛兵隊の指令所
「メルちゃん!? きちゃったんですか……」
通された指令所の会議室のような大部屋の長机にはウカノさんの姿があった。
ティスに頼んだ伝言を受けていないってことは10時間近くここで抗議してくれていたことになる。
……ありがとうございます、そう感謝しかなかった。
大部屋を見回す。
ウカノさんの他にはパイロンさん、
恐らく衛兵隊の偉い人、
……そして、サファン=カッツェ=モーヴ。
「まったく、時間の無駄だ! スラムのガキどもが売人だと私の店の客も証言していると言ってるだろう?」
「だったらその”客”を連れてきてくださいン!」
サファンが屁理屈を言い、パイロンさんが激しく反論する。
「その者にもプライバシーがある、それにその態度は人にものを頼む態度ではないだろう?
売人ではないと言うのであれば、それを立証する責任は貴殿にある。
よって貴殿の言い分は失当だ。ですよね、衛兵隊長殿?」
自分は証明してないクセに相手に証明を求めるってどういうこと?
まさかずっとこの調子だったの?
お二人ともお疲れ様です……ついでに衛兵隊長も。
まぁいい、もうこっちにはクリティカルなネタがあるんだ。
「……あの、そちらの取り巻きだったバリスホーンさんがサファンが自分の店で薬物売買をしているって証言してくださっているんですが……」
「「「……!?」」」
「メルちゃん、どういうことです?」
「ウカノさんが出られたあとにバリスさんがいらっしゃったんです。
それで先ほどの話を聞いて、証言していただく為に指令所にきました。
今、別室で聴取してるみたいですよ」
「そんなものは偽証だ! バリスホーンが私を陥れようとしているのは明白だろう!?」
「ならそれを立証する責任は貴殿にあるんじゃないですか?」
「クソガキが……!」
サファンが机を叩き立ち上がる、そして……
――!!?
嘘……ここで刀抜くとか正気?
「紫電一刀流……牙王の穿突!!」
――戦闘技能 ダンス・ウィ……ってあれ?
全然遅いぞ?
比べるのは可哀想だけど、狂人女と比べると子供の”ごっこ遊び”だ。
暴れられても困るので”紫電なんとか流”の突きを半身で躱し手首を叩き刀を落とす。
「……ッ!? 衛兵隊長殿、見ましたよね!? こいつ、あろうことか指令所で暴力を振るいましたよ!!」
どこからツッコめばいいんだ……?
数秒前の記憶をなくす呪いでも受けてるのかな?
鶏もびっくりの超理論を振りかざすサファンに衛兵隊長も困惑しているようだ。
きっとこんなことをする為に責任ある役職にいるんじゃないと思っているのではないだろうか?
サファンを宥める彼に怒りの矛先が向かいそうになったが、「何してやがるバカ息子!!」との怒号にその場の全員が固まった。
かく言う僕も来ることが分っていても、あまりの形相に怖くて泣きそうだ。
「父様……なんで!?」
驚いているね、無理もないよ。
動くことも喋ることもままならい父親が病に臥せる前のようにぴんぴんしてるんだからね。
しかもすっごい怒ってるし。
僕たちはここに来る前に雑貨屋に向かっていた、アレクシアに会うためだ。
レフコイ=カッツェ=モーヴの様子は本当に異様だった。
折り曲げたまま固まった腕、
構音障害に感覚障害、
使用人に聞いた話から視野狭窄も起こっていると予想できた。
それらの症状は前世に学校で習うくらい有名で社会問題にもなったものだ。
――水俣病……水銀中毒だ。
通常、モーヴ当主のように重篤だともう治せない。
しかし、この世界で奇跡に近い魔法が使えるアレクシアなら治癒ができる。
命に関わるほど病を治すのは今回が初めてと言っていたが、彼女の魔法は水銀に侵され失った脳組織を元に戻し、見事にモーヴ当主を回復させた。
魔人族に信仰されている【女神エスト】へ祝詞を唱える姿も神々しく、まさに聖女といった感じだった。
でも、本人曰く、特に信仰心はなく祝詞も恥ずかしいから本当は唱えたくないとのこと。
僕は良いと思うんだけど……アレクシアはロマンが分かってない。
そしてもう一つ。
サファンが異国から取り寄せた薬だと言って、使用人から当主へ飲ませていたものに水銀が含まれていた。
水銀は蓄積していくものだから即効性はなく、バレないと思ったのかもしれないけど、almAがいれば薬の成分なんて簡単に解析できる、almAをナメないでもらいたい。
アレクシアの魔法は秘匿したいと彼女自身が願い、モーヴ当主もバリスさんも快諾してくれた。だから当主が回復しても部下からサファンに報せがこない、代わりに当主本人が直接きたんだ、サファンは今なにが起きてるか理解が追いついてないだろう。
「手前……道から外れたモン捌いたうえに人様に迷惑かけるたぁ、どういう了見だコラァ!!」
自分が怒られていないと分かっていても恐ろしい、仁王と表現してもまだ足りない……
僕のオマタにもうないなずのイマジナリーボールがヒュっとする。
普通、あんなに怖いお父さんがいたら真っ当な子供になりそうなのにねalmA。
僕は浮かぶ多面体の陰に隠れる。
【レイコフ イメージ】




