ep11.冤罪ダメぜったい
■後神暦 1324年 / 秋の月 / 黄昏の日 am 01:00
――ウカノ邸 応接室
「そうですか……ヴァージャ商会に潜り込んでいた正体不明の女、その女が乱入してきてあの惨状になったですか……」
狂人女が去ったあと、狩人協会経由で報せを受け着てくれたウカノさんは、腰が抜け動けなくなった僕らを彼女の自宅で保護してくれた。
「はい、僕が着いたときにはもう襲撃者は倒されていて、ザックたちがあの女と戦っていました」
「それで……その女の狙いはメルちゃん。
襲撃者はモーヴの関係者だった、ってことですね?」
「どこまで信じて良いかわかりませんが……そう言ってました」
「……わかったです。とにかく、よく頑張りましたねメルちゃん。
ティスちゃんも双子ちゃんももう休んでますし、貴女もうちで休んでいくです」
応接室から客間へ移動し、双子が眠れていることに少し安堵した。
僕もベッドに潜り、緊張の糸が切れたのか気絶するように眠りに落ちた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
「……ン……むぐ……なにこれ……?」
目覚めると両腕には双子が抱き着いて胸の辺りにはティスが寝ている……
ウカノさんに貸してもらった客間にはベットが二つあった。
片方はこの子たちが寝てたはずだけど……昨日のこともあって怖くなったのかな?
うん、その気持ちわかるよ。
「ティス、ティス……」
「……おはよう、ミーツェ」
双子を起こさないようにティスだけ起こす。
彼女には今後しばらくの行動を相談しておきたい。
「あのヤバい女って姿を変えられるでしょ? だからそれを見破れるティスとしばらく一緒に行動したいんだけど、お願いできないかな?」
「えぇ、もちろんいいわ、任せて。
それに昨日の言い方だと、仕立て屋より前からミーツェに目をつけてたかもしれないわね」
「そう言われると心当たりあるかも……」
「オーリとヴィーはどうするの? 今まで通り雑貨屋に預ける?」
「そこなんだよね、モーヴの件もあるし、もう少し安全場所があればいいんだけど」
「”扉”からツーク村に戻したらどうかしら? あの子たちの家にもあるでしょう?」
「それが一番安全だと僕も思うけど、聞いてくれるかなぁ……」
この子たちにどう説明しよう考えながら朝食をとり、昨晩と同じくウカノさんへ報告をするため応接間へ向かった。
「……なるほど、それならうちで預かるですよ。スラムへは少し遠くなりますが、メルちゃんが良いならどうです?」
事情を話すとウカノさんは僕たちが外出中は、あの子たちを邸宅で預かる提案をしてくれた。
願ってもないことだ、ここならばセキュリティもしっかりしている。
使用人さんたちもいるので、迷惑にならない範囲でかまってもらえれば寂しくないはず。
「ぜひお願いします! ご迷惑おかけしてすみません」
――コンコン
「旦那さ……」「お・く・さ・ま・です」
執事のような使用人さんの呼びかけに食い気味に訂正が入る……
ウカノさんは女性、いいね?
「……奥さま、マシコット代表のムルクスさまがいらしております」
「ここに通してください」
…
……
………
…………
「猫の……汝もいたか、丁度よい。ウカノ、少しまずいことになっているぞ……―」
昨晩、衛兵を呼びに行ったのはザックだったが、さすがにギルドの人たちも同行していたので衛兵も話を聞かざるを得なかったようだ。
酒造所を襲撃したモーヴ一族の関係者はそのほとんどが”あの女”に殺された。
それでも生き残りはいた。ただし瀕死でとてもじゃないが聴取はできなかったそうだ。
そんな中、モーヴの代表代理であるサファンが歓楽街にスラムから違法薬物が流れていること、その売人を捕まえる為、酒造所に今回の関係者を送ったと訴えたらしい。
「ありえないですよ! 酒造所は生産が追いつかなくて皆毎日働いていたんですよ!? それに違法薬物があれば僕かalmAが気づきます!!」
”メルミーツェ”は研究者だ、僕はその知識を使えるし薬学知識もその中にある。
違法薬物があれば見た目で分からなくても違和感くらいは感じるはずだ。
「落ち着け。吾も吾の部下たちも疑ってなどない」
「普通に考えれば言いがかり……でもスラムの住人相手だと、衛兵もどう出るか分からないです」
「そんな!」
「大丈夫です。私が衛兵隊の指令所にいってくるので、メルちゃんたちは待ってるですよ」
「吾はパイロンにも話してこよう。あそこはウカノとパイロンの経営なんだろう?」
そう言った二人は応接室を出て行った。今はウカノさんたちを信じて待つしかない。
「……ティス、あの子たちも待ってるし、一旦客間に戻ろう」
――ウカノ邸 客間
「もし誤解が解けなかったらどうするの?」
「どうしようね、それにこの国の法や刑罰ってまだよく知らないんだよ……」
「いっそ力ずくで奪い返しちゃう? なんてね、ははっ」
冗談めいてティスは言うが、正直それも選択肢の一つだと思う。
正面から奪い返すのは無理でも、忍び込んでポータルから拠点に逃がすことはできるはずだ……
~ ~ ~ ~ ~ ~
あれから数時間、ウカノさんはまだ戻らず不安が募る。
――コンコン
「メルミーツェさん、モーブの方の来客ですがお通してよろしいですか?」
なぜ僕にモーヴから来客があるんだ?
ウカノ邸にいることを知ってる人はほとんどいないはず……
ティスと目配せで子供たちを部屋の奥に隠し、ハンドガンのスライドを引き来訪者を招く。
「失礼しやす……」
雑貨屋でサファンがトラブルを起こした時に周りに謝罪をしていた取り巻きだ……
ティスの反応を見る限りあの女ではなさそうだね、でもなんで?
「……ご用件はなんでしょう? それにどうして僕がここにいることを知っているんですか?」
「今回の冤罪のことを伝えてたくてきやした。場所は雑貨屋のお嬢さんから……」
……冤罪?
言いがかりをつけたのはモーヴ一族なのに、この人がそれを言う?
真意がわからない……取り合えず”テラス”で表層感情を読もう。
相手に見えないようにUMTを操作し編成を変えつつ話を促す。
――……Ready
「違法薬物はモーブのしのぎの店で若が流してやした……あっしらは窘めはしたんですが、聞いて頂けず……ですが当主への恩もあって若を見限ることもできなかったんでさぁ……」
強い後悔と葛藤……嘘じゃなさそうだけど……
「どうしてそれを今僕に?」
「今までは若をどうにか真っ当な道に戻せねぇかと腐心しやしたが、今回は一線を超えちまってる……。
スラムの……それも虐げられてる奴らに罪をおっ被せるのは道義が通らねぇんでさぁ……」
「……わかりました。
今、衛兵隊の指令所でウカノさんが直談判してくださってます、一緒に来ていただけませんか?」
「へい……ただ、その前に当主に報告してからでもいいでしょうか? きっと最後のご挨拶になるでしょうから、お願いしやす……」
話を鵜呑みにするのはどうかと思うけど、この人を信じてみよう。
言葉と感情が一致しているし、なによりそう思わせる真摯さを感じる。
それに僕一人なら万が一の場合は逃げればいい。
ウカノさんには待つように言われていたけれど、ティスに入れ違いになった時の為に伝言を頼みalmAだけ連れてモーブの屋敷へ向かった。
これでもし騙されてたら嗤ってねalmA。
僕は自嘲し浮かぶ多面体に跨る。




