ep10.変態頬ペロ狂人女2
■後神暦 1324年 / 秋の月 / 獣の日 pm 09:55
――スラム 酒造所前
鋏が開閉する度にジャキジャキと不快な音を立て、スラムの少ない灯りに不気味に反射する。
名作のホラーゲームを想起させるので本当に勘弁して欲しい。
状況は膠着状態、こちらがやや不利。
垂直に挟もうとする鋏を横振りにハンマーをぶつけ、
水平ならば縦振りで叩きつける、
……これの繰り返し。
こちらから回転率の良いスキルを使い攻勢に出ても弾かれて蹴り飛ばされる。
「ミーツェ、大丈夫!? あいつ魔狼より速くないかしら……」
「本当だよね、あんなモノ持ってあんな動けるなんて反則だよ」
せり合いで体制を崩すことはできない……
そもそも力負けしてるし、武器の重量が違い過ぎる。
潰さる未来しか見えない……
じゃあ銃を使う?
きっと銃がどんなものか分からないはずだ。
恐らく一回限りの奇襲……至近距離から確実に当てろ……!
上下に挟み込んでくる鋏を今まで以上に力を込めて弾く、ここだ……
ハンマーから片手を離しハンドガンを抜く。
――射撃技能…………!?
脚を撃ち抜くつもりだったのに手首を掴まれたことで銃口はズレた。
弾丸は鋏女を貫くことなく土煙をあげる。
おかしい……明らかに銃口をずらしにきていた……
銃がどんな武器か、そもそも武器と認識されていないかもと思っていたのに……
なぜ僕がそう思うか?
それはリム=パステルにきてから一度も銃を使っていないからだ。
加えて、この世界で銃も、銃を使っている人間も見たことがない。
驚愕する僕に鋏女はニタリと笑った。
「銃のことなら知ってるワぁ~、私の知ってるモノとちょっと違うけどぉ」
最悪だ……この世界にも銃火器を作る技術があったのか……
「鉄の塊の撃ち出すなんておもしろいワぁ……
んふふ、本当はねぇ~、貴女は私好みだったから攫っちゃおうかなって思ってたんだけどぉ……もしかしたら私が求めてた人かも……あぁ~幸運だワぁ」
鋏女は僕の腕を引き寄せ、蛇のように長い舌で頬を舐めた。
ゾクゾクと、虫が這いあがるような感覚が背筋に走る……
――コイツ、二重の意味でヤバい奴だ……!
鋏女から狂人女へ昇格だよ、こんなの。
「……!!」
サイ子(略称)は突然僕の腕を離し飛退いた、あの子たちの狙撃だ。
良かった、それならすぐにalmAが戻ってくる。
そしてalmAがいれば勝ち筋も見えてくるぞ……!
「ティス……ほんの少しの間だけ僕を守ってくれない? 魔狼のときみたいに幻でさ」
「良いけど、あの変態にあたしの魔法効くかしら……?」
「わかんない、シールドもあるけど何度も耐えられないから邪魔だけでもして欲しいんだ」
「……やってみるわ」
大きく息を吸い叫ぶ。
「almAぁぁぁぁぁあぁぁぁ!! 僕を守って!!」
――いくぞ……
”戦闘技能 血狂い悪鬼”……――
全身から力が抜けハンマーも落とし膝から崩れ落ちる。
”血狂い悪鬼”は発動後10秒間、行動不能になり更に脆弱の弱体化もつく。
無防備なお豆腐サンドバッグになる代わりに、11秒後から20秒間狂った強化を受ける味方の援護がなければ怖くて絶対に使えないスキルだ。
「あらぁ? どうしたのかしらぁ~」
サイ子は不思議そうな顔をしながらも容赦なく襲いかかってくるが問題ない。(怖いけど……)
鋏の刃元にalmAが割り込み動きを止める。
押し込もうとしても双子が狙撃で牽制してくれる。
もう一度斬り込もうとしてもティスがほんの少しだけ僕の像をずらす。
みんなに守られて10秒が経過した……ここからが血狂い悪鬼の本領だ。
「……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!」
自分でも信じられない速さでサイ子まで距離を詰める。
実際は駆けているが、周りには一足で狂人女へ迫ったように見えているだろう。
振り抜いた一撃は鋏を弾き飛ばし、エモノを手放したサイ子を叩き伏せ滅多打ちにする。
全能感のような高揚で理性のタガが外れそうなになるが、ギリギリ保てている理性で急所を避けて叩き続けた。
20秒が経ちスキルが切れるころにはサイ子の手足はボロボロ。
片腕は千切れかけていた。
「んふふふふ……あはっ……アハハハハハハ!!」
突然、狂ったようにサイ子が笑いだす。
いや、元から狂ってるか……
「ふぅ~…………よいしょ……っとぉ」
嘘でしょう!?あんな脚で立てるはずないよ……
「スゴかったワぁ、でも……」
「貴女、何を躊躇っているの? 私を殺しきれるかもしれない力があったのに使わなかったわね?」
サイ子は恍惚とした表情から一変し、恐ろしく冷たい声と表情でこちらを睨む。
射殺されそうな視線に感じるのは言葉にできない恐怖。
今までは遊ばれていたのか?
almAの警告がなくても危機的なことが全身で理解できる。
相手はボロボロなはずなのに本能が「逃げろ」と全力で警鐘を鳴らしている。
しかし、逃げたくても蛇に睨まれた蛙のように体が強張って動かない。
恐らくティスも同じだろう、もしかしたらスコープ越しのあの子たちも。
――ヤバいヤバいヤバい……あんなのバケモノだ、殺される……
「まぁいいワぁ~、次に期待ね。あっ、楽しかったからお礼に教えてあげるワぁ。
ここで死んでるのはモーブの関係者、私は貴女が来ると思ったから飛び入り参加しただけよぉ」
歩けるはずのない脚でこちらに近づき、また僕の頬を舐めると、再び貼り付けたような笑顔を浮かべサイ子は去っていった……生殺与奪を握られた感覚から解放され一気に脱力しへたり込む。
追撃する気など起きない……起こせるはずがない。
なんなんだよ、あの変態頬ペロ狂人女……
内心で悪態を吐いて強がらないとやっていられない、今も膝が笑っている。
もしかして、とんでもなくヤバい奴に目をつけられたのかな……almA。
僕は浮かぶ多面体に這うように近づきしがみつく。
【サイ子(仮) イメージ】
彼女の名前は後の話で明かされます。




