ep7.魔法によって加速する知識チート
■後神暦 1324年 / 夏の月 / 天の日 pm 01:00
「またモーヴかよ……」
約束していたバッテリーを届け、スラムで起きている人攫いの件を相談すると、心底辟易とした様子でソファーにもたれたベリルさんはため息を吐く。
「……で、嬢ちゃんはどうしたいんだ?」
「衛兵さんは鼠人族の話を取り合ってくれないそうです。
なので、できれば民間の警備会社……傭兵みたいな方を雇うことはできませんか?」
これなら万が一、人攫いを殺してしまった場合でもザックたちが不利になることはないはずだ。
「んー……狩人協会だと見回りとかの依頼を受けてくれるだろうが……」
「狩人協会?」
狩人協会はアルコヴァンの有力一族の一つ、マシコット一族が運営している組織。
ハンターと名がついているが実際は魔獣討伐から荷物運搬までなんでもこなす、万事屋のような組織らしい。
「雇うにも金がかかるぞ? 長期間なら尚更だ。
マシコットのムルクスに紹介はできるが向こうも商売だからな、嬢ちゃんで依頼料の用意はできるか?」
「……難しいですね」
そうだ……お金のことが考えから抜けてた……うぅ、僕のバカ……
「そうか……んー……わかった、依頼とその料金は俺が暫く出してやる。
パイロンがこの話きいたら財産全部投げ出しそうだしな!」
「いいんですか!? ありがとうございます……!」
「ただ、いつまでもは無理だ。だから見回りつけてる間に嬢ちゃんたちでも解決策を考えるんだぞ」
現金な話だけど、その漢気とニカっと笑うベリルさんはカッコいいと思ってしまった。
目がヤバいとか狂人扱いしてごめんなさい、ベリルさんはイケおじです。
さて、次に考えなくてはいけないのは今後の金策。
それも鼠人族が継続的にできることでなくてはいけない。
もし実現できればスラムの状況も改善するし、時間はかかるだろけど差別の意識も薄れていくきっかけにできるかもしれない。
ただ、そんな都合良いものがあれば今までにもう誰かがやってるんだよね……
何か……例えば現代知識でこの世界の人たちの常識の埒外のことが仕事に繋がらないかな……?
店に戻ったらアレクシアにも相談してみよう。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――カーマイン商会 雑貨屋
「鼠人族ねぇ、あの人たちって魔法の制御さえできてれば普通に食品扱う仕事もできるんでしょ?」
「うん、でも偏見持ってる人が多いみたい」
「あっ! 今オーリとヴィーにやってもらってることの手伝いとかは!?」
生クリームを作る過程で低脂肪の牛乳が大量に残り、それにライムの果汁を混ぜてクリームチーズを作っているらしい。
店の裏手にいくと笑顔で容器を振る双子とげんなりしながらスプーンで牛乳から固形物をすくうティスがいた。
「ミーツェ~これ代わってくれないかしら……この子たち全然飽きなてくれないのよ~、もうお昼からずっとよ?」
「「ミー姉ちゃんおかえりー!!」」
双子は腰を振りながら踊るようにシャカシャカと容器を振っている。
楽しそうで大変けっこうです、身体強化があるから疲れ知らずなんだね……
「アレクシアがこれで作る料理は美味しかったわ、だけどさすがにもう嫌よ!」
「ね? これだったらお酒にも合うし、パイロンさんのところにも卸せるんじゃない?」
お酒……?
待って、腐化って腐敗じゃなくて発酵させることはできないのかな……?
もしそれができて環境さえ整えば酒造業ができるんじゃない!?
「ごめんっ!! ちょっとウカノさんのところ行ってくる!!」
「ミーツェ~! 代わってよ~!」
半泣きのティスを無視して、僕は店を飛び出した。
行先はあの人の処だ!!
~ ~ ~ ~ ~ ~
――カーマイン商会 代表執務室
「鼠人族の魔法で効率よく酒造ができるかもしれないので出資をして欲しい、ですか……
なるほど、話はわかったです。ただ何のお酒を造るです?
ブドウやハチミツを余分に仕入れるところまで資金をまわして協力はできないですよ?」
「いえ、お米を使わせてもらえませんか?」
そう、日本酒だ。
詳しくはわからないけどリム=パステルの市場では数は少ないがお米は安価だ。
質の良し悪しはあるかもしれないけど、良質なものが使いたい場合もモリスさんが定期的に仕入れをしているので頼ることができるはず。
「お米……? いいですよ。他に必要なものはないです?」
「建材を……石材と木材、あと鉄が欲しいです」
「わかったです。生クリームのようなアイデア商品は大歓迎です。
メルちゃん! しっかり商魂燃やしていくですよ!」
それから数日の間、雑貨屋の方は休みをもらいスラムへ通った。
ベリルさんが出してくれた依頼で、狩人協会の見回りもあり人攫いは起きていない。
僕はザックたちとカーマイン商会で用意してもらった建材で建てた簡易的な作業場で、麹を作ることから始めた。器具類の用意は拠点の製造所を使った。
その過程で幾つか判ったことがある。
鼠人族の”腐化”はモノを腐らせるけれど、あくまで化学的な法則に従って事象を起こしていた。
つまり単純に”腐らせる魔法”ではなく、”菌や微生物を活発にしたり物質の酸化を加速させる魔法”なんだ。
腐敗だけではなく、発酵を起こせることが判ってからは試行錯誤を繰り返す。
何度も腐敗し、2週間後には試作品1号を作ることに成功した。
通常数か月かかる過程を数時間まで短縮できる魔法はチートと言っても差し支えない。
お酒以外の発酵食品や調味料にも次々と挑戦した。
既に隣国ヨウキョウで作られているものあったけれど、物珍しさや関税がかからない安価さで飛ぶように売れた。
その度にウカノさんは狂喜乱舞し、パイロンさんは土下座をしにきたのは言うまでもない。
そして月が替わる頃には、カーマイン商会とインディゴ商会の共同出資で、スラムに新しい作業場の建設が始まり、鼠人族の働き口の確保や、ベリルさんに頼らずに狩人協会へ依頼をする目途がたってきた。
「すごい……ここまで上手くいくなんて思わなかったよ」
やったよalmA、次は攫われた人を探さないとね。
僕は浮かぶ多面体に跨って日暮れの帰路についた。




