ep5.商会トップはヤバい人ばかり3
■後神暦 1324年 / 夏の月 / 黄昏の日 pm 7:00
――インディゴ商会経営の酒場
「どうしてこうなった……?」
この件、最近多くないかな?
僕の右隣りにベリル代表、左隣りにはパイロン代表、正面にはウカノ代表……
お三方ともすっごい笑顔、本当もう、これでもかってくらいの笑顔……
ウカノ代表がアゴクイをキメた後、僕たちは店の裏手にある遠心分離機もどきを代表たちに見せた。
ベリル代表は目を爛々とさせ、コレがないと生クリームを作るのは非常に大変なことを伝えるとパイロン代表は崩れ落ちていた。
だけどセルリアン商会で量産したいと申し出があり、立ち直ったパイロン代表の代わりに今度は独占が終わってしまうウカノ代表が不機嫌になった……
最終的にセルリアン商会が一定期間、魔導具の販売マージンをカーマイン商会に支払うことで纏まった。
問題は仕組みを上手く説明できないこと……
モーターくらいは説明できてもバッテリーの仕組みなんて詳しく知らないし、ましてやアストライト製のモノなんて説明できるわけがない、だって地球になかったんだもの。
どう誤魔化そうかと逡巡していると、商談成立後の懇親会と魔導具の説明を兼ねて、とベリル代表に強引にココに連れてこられて今に至る。
「あの……僕、一応子供でして……お酒を飲むところにはいない方がいいと思うんですけど……」
「大丈夫ですン、インディゴ商会の酒場は親子連れでもこれるようにお酒からジュースまで取り揃えていますン! ミルクなんかもありますン」
「あの……オーリとヴィーも心配ですので着いてすぐで恐縮ですが、御暇したいのですが……」
「あら、大丈夫ですよ、アレクシアちゃんが『任せて』って言ってたですよ?」
「あの……僕が商会の代表の皆さまと席を一緒にするのは分不相応かと……」
「大丈夫だ! 子供がそんなこと気にすんな!」
詰んだ……逃げられない……
「で、嬢ちゃん、あの魔導具の動力部はどういう仕組みになってるんだ?」
「えっと……あれはalmAを作った技師さんのものでよく分からないです……」
「じゃあクリームはどうなるですン!!?」
鼻先数cmにパイロンさんが迫る……
「よよ予備がありますのでベリル代表にお渡しします!!
もちろん分解して下さって結構です! 明日お届けします! はい!!」
「そうか! あと”代表”とかいらないぞ! 俺らのことは”さん”付けとかで気軽に呼べ!」
気軽に呼べって……
お酒の飲んでるし、明日”ベリルさん”って呼んだら怒られるとかないよね……?
「そういえばパイロン、お前なんでクリームの作り方が知りたかったんだ?」
「お料理への探求心ですン。あと……やっぱりスラムの人たちにも美味しいものを食べて欲しいですン……」
「だよな」「だと思ったです」
話しの流れが掴めていない僕を見てパイロンさんは幼少期の思い出を語ってくれた。
パイロンさんのインディゴ商会は飲食店を多く経営している超大手。
前代表も経営者でありながら現役のころから今でも料理人としてキッチンに立っているそうだ。
そんな前代表の期待もあって、パイロンさんは幼いころから調理技術を厳しく叩きこまれていたが、ある時耐えられず家出をしたらしい。
しかし、お嬢様育ちで道も分からずスラムに迷い込んでしまったそうだ。
不安と空腹で泣いてしまった幼いパイロンさんを助けたのが、初老の鼠人族の女性。
以来、その女性が住むスラムへの恩返しで炊き出しをしているんだとか。
「なんの変哲もないスープでしたン。でもあのときのスープの温かい味を超えるものは父様の料理にもないですン。パイはあの味があったから家に戻ったあとも料理修行を頑張れたんですン」
あ、一人称「パイ」なんですね……どこまでもソコに帰結するんですね。
素敵な思い出話の腰を折る気はないけど、どうしても気になってしまいますン……
「昔からベリルンもウカノンも炊き出しに協力してくれていたのですンが、父様は経営者としても厳しくて商会のお金を使うことにはあまり良い顔をしないですン……
だからクリームを使った新しい料理で売り上げを伸ばしてもっとスラムへ支援したいのですン」
「あの……もっと直接的な、例えばインディゴ商会で雇ってあげるとかはできないんですか?」
この質問にはウカノさんが答えてくれた。
「それは難しいです。
カーマイン商会もそうですが、食品を扱うところでは鼠人族を雇うのはむずかしいですよ」
「セルリアン商会もそこまでではないが難しいな」
訊けば、鼠人族には特有の魔法で”腐化”を持っているらしい。
上手く制御できない者は無意識に食品を傷ませたり、金属を腐食させてしまうそうだ。
もちろん制御できる者が大半なので本来は問題ない。
でも鼠人族=何でも腐らせるイメージ強すぎて差別の対象になってしまっているらしい。
特に飲食店が主力のインディゴ商会はパイロンさんがいくら言っても雇用は難しい。
なんともモヤっとする話だけど、きっとこの三人はずっと前からそれを感じているはずだ。
その後もベリルさんたちは飲み続けて2軒目にいくところで解放された。
真面目な話をしていたのに、最後は店を巻き込んでの大宴会。
酔った店員さんも弄ばれる僕を見てゲラゲラ笑っていた……
それに、よく考えたら夜中に子供を歓楽街から一人で帰らせるとは……
まぁalmAもいるからいいんだけどさ。
「腐敗……それに腐食かぁ……」
一人になって呟く。
人種、性別、趣味嗜好、前世でも色んなものが差別の対象になっていた。
悲しいことだけどの世界でも差別がなくなることなんてないんだろうね……
鼠人族のことだって他の種族と比べて劣っているわけではないのにさ。
「ぅ……ぁ…………」
悶々としていると、建物の間からか細いうめき声が聞こえた。
声のする方に視線を向けると頭を庇うようにうずくまる子供の姿。
オーリとヴィーと同じくらいの子がどうして?
疑問はあったけど、とにかく声をかけた。
「ねぇ、大丈夫? ケガしたの? それともお腹減った?」
恐る恐るといった仕草でこちらに顔を向ける子供は丸みのある耳に細長いしっぽ……
げっ歯類の特徴的な前歯こそないが、きっと先ほどまで話していた鼠人族だ。
それに……頬が腫れている……ついさっき殴られたような腫れ方だ……
――”治癒技能セルリジェネーション”
良かった……スキルで腫れが引いたね。
誰だよこんな小さい子を殴ったやつ……
「痛くない? もう夜だよ? どうして一人で歓楽街にいるの?」
「……おねえちゃんを探してて……あぅ……ッ」
事情を話そうとしてくれた子供のお腹が”ぐぅ~”と鳴り言葉が止まった。
ティスやうちの子たちのお土産にもらった料理の包みを渡すと鼠人族の子供は夢中で食べ始めたが、料理の肉の断面が緑色に変色し始めていた。
これが”腐化”……思ってた以上に腐敗が早く進むんだね……
それよりお腹は大丈夫かな?almA。
僕は浮かぶ多面体と子供が食べ終わるのを待った。
【パイロン イメージ】
これで日中に街を歩き回ってるんだからイカれてますね。




