ep11.前世の告白
■後神暦 1324年 / 春の月 / 空の日 am 9:00
「う……むぅ……」
もう見慣れた天井、双子の部屋だ……
子供用の小さなテーブルにはクッションで作ったティスのベッドに彼女が眠っている。
僕の両脇には双子が腕を抱き枕のように掴んで寝ている。
ここ数日のことは夢だったのか?
それなら随分な悪夢だったな、もうすぐコリンさんが起こしにきて、1階に下りたらもうテーブルについてるシェラドさんに挨拶をしてご飯を食べるんだ。
そんなことをとぼんやりとした頭で考えたが、部屋の隅に立てかけてあるスナイパーライフルが現実であったことを自覚させてくる。
はは……都合の良い事ばかり考えちゃって僕って何も変わってないよね。
前世で会社から逃げたときも毎朝夢だったら良かったって思ったっけな。
どこまでも逃げ癖が染みついてるのは本当に辟易とするよ……
起こさないように絡みついた双子をそっと離し1階へ下る。
コリンさんの料理の匂いもなくテーブルに座り先に朝食をとっているシェラドさんもいない。
がらんとしたテーブルを何気なく指で撫でると急に胸が締め付けられた。
喪失感は時間が経ちふとした瞬間に襲ってくることは経験から知ってはいる。
けれど知っていることと耐えられることは別の話だ。
今は独りでいたくないけど双子やティスを起こすのは気が引ける……
「……アドに会いに行こう」
記憶が曖昧な部分もあるし事の顛末も知りたい、いや知る義務がある。
どんな経緯があったとしても殺しをした事実を曖昧なままで終わらせちゃいけない。
「あれ? 僕のブーツがない」
玄関のどこ探しても見つからない。
思えば服も見覚えのないキャミソールのようなものに下は膝上丈のふわふわしたもの。
「仕方ない……コリンさん、お借りします」
双子の母親のサンダルを履き村を歩くが妙に視線が多い気がする。
昨晩のことが原因だろうか?
いずれにしても覚えていない部分を補完すれば判るだろうとアドの家に向かう。
すると、こちらへ歩く褐色の青年が見える、アドだ。
手を振り名前を呼ぶと一瞬アドの動きが止まり、狩りでも見たことのない勢いで駆け寄ってくる。
「うおぉぉぉい! 何やってんだお前!!!!」
「え? え? なに?」
すれ違いざまに僕を小脇に抱えたアドは双子の家まで猛スピードで駆ける。
何が起きたか分からないまま、あっと言う間に家に戻ってきてしまった。
ドアを閉め一呼吸置いた後、何とも言えない顔で捲し立てる。
「何で下着で外ふらついてんだよ!! 昨日の件でおかしくなっちまったのか!?」
これ下着だったの……!?
でも僕こんな下着持ってないよ、それ以前に事案でしょ。
いや、そうじゃない……誤解を解かないと。
修羅場翌日に痴女認定なんて冗談じゃない!
「ちょっと待ってよ! 起きたらこの格好だったし、下着だってことも知らなかったんだよ」
「マジかよ……お前の服は隣の姉ちゃんが洗ってくれてるよ。
着替えもやってくれたんだけど、ちゃんと寝巻を着せてくれよ姉ちゃん……」
はぁ~、とため息をついてアドは説明を始めた。
昨日、村に戻ってきた僕は血まみれで気を失った。
そのままにできないので隣家のお姉さんが身体を洗ってくれたそうだ。
「姉ちゃん呼んでくるからお前は家を出るなよ」
しばらくするとアドに事情を聴いたであろうお姉さんが苦笑いでやって来た。
まだ乾いていない僕の服と替えの服を持ってきてくれたみたい。
曰く今着ているのはドロワーズという下着とのこと。
聞いたことはあるが実物を見るのはは初めてだ。
替えの服に着替え、丁度良いので2人に昨晩の顛末を聞く。
「僕、昨日シエル村からツーク村に戻る間の記憶がないんだ。アド何か聞いてない?」
「それなら私が知ってるわ。
あなたね、私たちを助けた後はふわふわ浮いてるその子に跨って一人で村に戻ろうとしたのよ」
「親父が言うには放心してるお前に首謀者……つまりバゼットが計画してたことを攫われた皆が説明してくれたそうだ」
「あなた、何を話しても『うん』しか言わなかったけど、納屋で村長に襲いかかったから誤解を解きたかったの」
そっか、だから村に戻ったときには村長に敵意が湧かなかったのか。
それはそれとして襲いかかったことは謝りにいかないと。
「ごめんなさい、説明してもらったことも覚えてなくて……あの、バゼットの計画って何だったんでしょう?」
「それは親父も話したいみたいだから夜に家きてくれねぇか? 今後のことについても話したいって言ってたぞ」
「村長のところに行くときは家に寄ってちょうだい。オーリとヴィーはうちで預かるわ」
二人にお礼を伝え見送り椅子に腰かけ一息つくが全く落ち着かない、もやもやとした気持ちが晴れない。
独りでいたくない、そんなことを考えていると、ティスが目覚めたようでひらひらと1階へ降りてきた。
彼女も昨晩の倒れた僕に付き添ってくれたようで、シエル村で起きたことはある程度聞いていみたいだ。
表情からも心配してくれていることが分かる。
「辛い場面に出くわしたのよね。
ただ、ミーツェがあそこに居たから傷つかなった人もいることを忘れないで」
「うん、ありがとう。
それでも人を殺した事実がショックでさ、まだ割り切れてないんだ」
「ミーツェの死生観は少し変わってるわね。
欲だけで人を傷つける者はもう人とは呼べないわ、魔獣と一緒よ。あたしたちには心があるの。
だからあなたが間違ったことをしたとは思わないし、あたしがミーツェでも同じことをしたわ」
死生観か……
説明しきる自信がないから避けてたけど、ティスには転生のことも含めて全部話そう。
「あのね、信じてもらえるかわからないけど、僕には前世の記憶があるんだ」
「えっと……別の人生を生きてたってこと?」
「うん、前世の世界で僕が生まれた国はとても平和でさ、国内で戦争もなくて人を殺すことなんて普通は経験しないことだったんだよね。
だから多分、こっちの世界の人たちと比べて死ぬことへの恐怖も強いし、同じくらい……命を奪うことも怖いんだ」
「そうなのね。魔獣とかに襲われて命を落とすことはないの?」
「魔獣も魔法もない世界なんだ。それこそお伽噺のような物語の中でしか出てこなかったよ」
「ミーツェみたいな力をみんなが使う世界なの?」
「半分は正解。僕がスキルって呼んでる力はないけど、武器……銃は使われたよ。もっと残酷な武器もあった。
でもそれは僕みたいな一般人は使うことはなくてさ、僕が関わる範囲ではせいぜい殴り合いのケンカ程度で殺し合いなんてなかったよ」
「そうなのね、信じるわ。
魔法が使えないこともそうだけど、今までのミーツェの価値観を見てても違う世界からきたって言われた方が納得するもの」
ティスは少し間を置き、真っ直ぐに僕を見る。
「ねぇミーツェ、もう妖精族の花畑に戻らない? あたしたちの為にここまで来たのは分かってるけど、辛い思いはして欲しくないわ。だから帰りましょう?」
「それは……」
前世は色んなことから逃げる人生だった……それこそ最後は生きることからも逃げたと言っていい。
今でも思う……パワハラは良くないけど僕にももっとやりようがあったのではないか?
どうせ会社を辞めるなら戦うべきだったのではないか?
今回にしても、本来の目的とは違うけど、今花畑へ帰るのは逃げていることにならないか?
ツーク村に関わる結末を放棄したことになるんじゃないのか?
答えが出せないまま言い淀んでいると双子も起きたようで、階段を駆け下り僕の腕にしがみつく。
言葉は発さないが口を「へ」の字に曲げたり頬を膨らませ頭をグリグリと腕に押し付けてくる。
「どうしたの?」
答えは返ってこない。
それでも双子の気持ちは表情や行動から察することができる。
きっと両親に甘えたくて、でもそれができなくて気持ちのコントロールができないのだろう。
今後の進退も大切だけど今は双子を優先するべきだと思う。
「ティス、さっきの話は夜にしよう」
「……そうね、そうしましょう」
ティスも察してくれたようで、その後は夕暮れまで双子と過ごした。
いつもなら家の中でも落ち着きのない二人もカルガモの子供のようにどこに行くにも後をついてくる。
村長宅へ行く前に隣家に双子を預けるときも随分と駄々をこねていた。
まるで親と離れるのを嫌がる様にしがみつく姿は、普段なら可愛らしいと思うが背景を知っていると心が痛い。
ツーク村に起きたことの顛末を知りたいのはもちろんだけど、それよりも今後の双子の扱いがどうなるのか気がかりだ。
どこかに引き取られるのだろうか?
もしそうだとして分け隔てなく愛情を注いでもらえるのだろうか?
そんな判然としない不安を抱えながら魔石のランプを片手に村長宅への道を歩いた。
「ミーツェ、あたしは貴女の決めることには反対しないわ」
「ん? ありがとう?」
ティスの言葉の真意は掴めないけど僕を想って言ってくれた言葉だってことは理解できる。
中途半端になってしまった昼間の話も決めないといけないからそのことかな?
前世は決断から逃げてきたけど、今度はきっと逃げないよ、almA。
僕は浮かぶ多面体へ心の中で決意を伝えた。




