ep10.ツーク村防衛戦3
※メルミーツェ視点に戻ります。
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■後神暦 1324年 / 春の月 / 天の日 pm 8:50
あれ? ここってツーク村? 確かシエル村に向かったはずだったんだけど……
あぁ、ダメだ、混乱してる。
えっと……初めから思い出そう……昨日アドたちと別れたあとは…………
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ツーク村防衛戦前日
「じゃあ行ってくるね、この子たちお願いね」
「おう、任せとけ。お前も無理するなよ? ヤバかったら戻ってみんなで行けばいい」
「うん、わかった。二人も気をつけてね? 危なくなったらすぐ魔法で隠れて逃げること、いいね?」
双子の頭を撫でながら話しかけても、コクリと頷くだけで一言も返してはくれなかった。
表情も昨夜のまま、目も虚ろげだった。
この丘なら村を一望できるし、そこそこ離れてるから簡単には見つからないよね。
それでも心配だし早く戻れるようにalmAで街道を一気に抜けよう。
もし襲撃者に鉢合わせたらできるだけ戦って離脱した後にアドたちと合流かな。
そんなことを考えながらalmAに乗って全速力でシエル村に向かったんだっけ。
それに思ったより早く着いた気がする。確か昼過ぎに出発して日暮れ前には着いてたはずだ。
だから装備と編成を確認したんだったよね。
オーリにも渡したハンドガンと同じモノと刃が少し長いコンバットナイフ、あとスタンバトン。
ハンドガンにはサプレッサーを付けて替えのマガジンは2つ。
ヴィーに作ったスナイパーライフルと弾薬で元素値は少なかったから、装備は少なめだったね。
編成はステルス性能のある”アクラブ”と同性能をもう1名。
銃操作をする為に”アンヘル”、
感情を読む為に”テスラ”、
発電能力のある”シャンディ”、
後は万が一、近接戦闘をすることになった時の保険に”オルカ”と他前衛職2名。
攫われた人たちは多分一か所に纏まってるだろうからバレないように逃がした後に村長を捕まえようって思ってた。
だから夜になるのを待ってからシエル村の柵を超えて入ったんだ。
村は妙に閑散とした印象で数人が巡回している程度。
ツーク村の襲撃に人数を割いているのかしれないと思って急いで建物を回ったけれど、
いくつかの家が扉も窓も外から板が打ち付けてあるのに光が漏れて人の気配もあった。
もしかしたらツーク村の人が閉じ込められてるのかと思った。
でも、板を剥すにせよ、壁を壊すにせよ、音でバレるので後回しにして他の建物を探すことにしたんだよね。
それから村共有であろう大きな納屋を見つけんたんだ。
見張りに立っていた男二人はツーク村で何度が見たことがある。
そうすると副村長が言っていた襲撃の時に行方が分からなくなったのはきっと彼らで、攫われた人々も納屋の中にいるかもしれない、そう思ったんだ。
換気用の2階の窓が開いていたから中に入るのは簡単だった。
でも中に入って驚いたんだ、村長と何人かの子供が拘束されていた。
ワケが分からなかった、首謀者と攫われた人たちが一緒にいるのもおかしい。
村長が子供たちを励ましているし、子供たちは村長に寄り添ってる。
でも話に聞いてた人数より少ないって気づいたんだ。
ここには村長の奥さんがいない、それどころか女の人がいない。
別の場所に監禁されてるのかと思っていたら、階下から悲鳴が聞こえた。
状況が分からないので村長はそのままにして、隠れたまま1階に下りた。
階段の対角に灯りが燈っていてツーク村で見たことがある男が攫われた女の人に覆いかぶさっていた。
四人いた男はそれぞれ女の人を弄んでいた。
恐らく父親や恋人の名前を叫びながら蹂躙される人、泣きながら娘の解放を訴える母親。
痛い、止めて、許してと何度も懇願する人、既に放心して何も反応しない人。
反面、男たちは全員嗜虐的に笑いながら彼女らの尊厳を踏みにじっていた。
プツンと音がした気がした……
波のようにスーっと感情が引き、思考が鈍くなっていくのが分かった。
あぁ……ダメだ、こいつら生きてちゃいけない奴だ。それしか考えられなかった。
だから僕は後ろから近づいてその内の1人のこめかみに銃口を近づけて、そして……
――引き金を引いたんだ……
魔獣に比べて人って脆いんだなぁ、って反対のこめかみから弾ける血を見てぼんやり思ったっけ。
ステルスはゲームの使用同様にこちらから何か仕掛けると無効になる。
それは島で試してあるから間違いない、だから他の三人も撃った。
不思議と躊躇いはなかった。
いくらサプレッサー付けてても音は鳴るし男たちも悲鳴をあげるので外の奴らも流石に気づく。
だから外に待機させてたalmAに後ろから撃たせたらバラバラの肉片になった。
これも至近距離のガトリングの威力ってすごいんだなぁ、くらいの感想しかなかった。
まるでリアルに作られたゲームをプレイしてる感覚だったかもしれない。
そこからは断片的にしか覚えていない。
巡回していたシエル村の奴らもきたので弾切れまで撃って残りは近接戦闘をしたはず。
スタンバトンに”シャンディ”の能力を上乗せした電撃は人体を焼くほどだったと思う。
焦げた臭いが鼻についたのを朧げに覚えている。
最後は生き残ってたツーク村の男に日本語で罵りながらナイフを何度も突き刺した。
「はぎゅ」とか「やべで」とか訳わかんないこと言ってて情けないなって思ったっけ。
【シエル村メルミーツェ イメージ】
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後は何も覚えていない……気づいたら今に至る。
そうだ……人を殺したんだ……
あれだけオーリとヴィーの復讐を肯定するか迷っていたのに自分は何一つ我慢できずやってしまった。
生きるために獣の命を奪うことはあった、それでも命には敬意を払っていたつもりだし、倫理観は前世からそこまでズレていなと思ってたのに……
でも村長が目の前にいるのに敵意が湧かないのは何故だろう?
それに村長も攫われた人たちを誰かから守るような……?
「ミーツェ……お前、どうしたんだ……?」
アドの声……それにオーリもヴィーも無事だ。良かった……本当に良かった……
思い出せないことや腑に落ちないこともあるけど取り合えず今はみんなの所に戻ろう。
大丈夫、もしまだ誰かが襲ってきても僕が必ず守るから。
駆け寄りたくても身体がふらつく、シエル村で負傷したのか?
そんなこと思いながら近づくと周りの大人たちが「ヒッ」と小さい悲鳴が聞こえる。
おかしいな、別に怒ってないしalmAも武装を展開してないよ。
むしろみんな無事で嬉しいくらいなのに。もしかして上手く笑えてない?
「メルミーツェくん、村長を捕まえてくれたのは感謝します。
ですが他の者はどうしたのですか? もしかして殺したのですか?」
「それは……」
「いえ、話は後ほど聞きます。いずれにしても私たちの同胞を殺したことは村長同様償ってもらいます」
殺したのは確かだしそれを償えって言われればそうかもしれないけど……
そもそも村長と他数人が襲撃に加担してるから復讐するって副村長も言ってたのに、復讐相手を殺したら今度は罪に問うって言ってること滅茶苦茶じゃない?
「何度も言うが、その必要はない」
「村長の言う通りよ、なんで助けてくれたこの子が攻められなきゃいけないよ」
僕が反論するより早く村長と攫われた人たちが庇ってくれた。
「それにお前も俺たちが戻った時点で自分が首謀者だとバレてると分かってるのだろう? 責任転嫁で煙に巻こうとするな」
「何をデタラメなこと言うんですか!」
「デタラメなもんか! 私たちを嬲ったクソどもがあんたが村を襲撃させたって言ってたんだから!」
は? どういうこと?
副村長か?こいつがあの子たちの両親や村の人たちを死なせたのか?
そのくせ復讐だの攫われた人たちが心配だの言ってたのか?
内心でほくそ笑んでたのか?
――くそっ! 武器はどこだ!? 絶対に殺してやる……!!
湧き上がる殺意で先の後悔が塗りつぶされる。
もう人を殺めてしまったので引き返せない、もう一人クズを殺しても変わらない。
感情の抑えが利かない、たぶんキレてしまったんだろう。
ナイフは残っている、満身創痍でも体ごとぶつかって刺せばやれるはずだ。
ナイフを両手でしっかりと握り一歩踏み出す。
しかし、副村長バゼットが盾のように前に突き出した鳥籠に足が止まる。
「ティス……!」
「お前は私が逃げれるようにalmAと来なさい!
逃げきれたらこの妖精族も解放してあげます。
わかったら早くこっちにきてこいつらと戦い……カヒュ……」
バゼットは話している途中に突然空気を吐くような声を出し、胸から血を滲ませる。
村民は何が起こったか分からないようだが、僕たちにはヴィーが音を消し撃ち抜いたのだとすぐに理解できた。
ライフルの弾丸は鳥籠を持つ腕を撃ち抜きそのままの勢いで肺も貫通したようだ。
鳥籠を持っていたバゼットの腕は骨が砕けだらりと垂れ下がり、残った手で胸を押さえている。
それでも尚、逃げようとしていたがオーリに脚を撃ち抜かれ地面へ倒れこんだ。
ライフルで肺を貫かれたんだ、放っておいてもバセットは死ぬだろう。
それでも双子は許すつもりはないようだ。
上手く声が出せずパクパクと口を動かし曖昧な命乞いをするバゼットにオーリのハンドガンで交互に撃ち続ける。
一発撃っては銃をヴィーに渡し、また撃っては銃をオーリに返す。
それは弾がなくなりカチカチと引き金を引く音だけになっても双子は止めることなく続けた。
アドを含めその場の全員が双子の気持ちを汲んで止めることはしない。
カチカチカチカチと鳴り続けた音が止まるころには両親を呼びながら泣き叫ぶ双子の慟哭が響いていた。
僕はあの子たちがバセットに止めを刺すことも死体撃ちをすることも止められなかった。
むしろそれで良いとさえ思ってしまったのは倫理観が壊れたからだろうか?
始めはただ死にたくないから生きてただけなのに……ただそれだけだったのに……
どうしてこうなったんだろうね、almA。
僕はふらつく身体を浮かぶ多面体に預け意識を手放した。




