ep6.双子の傷
■後神暦 1324年 / 春の月 / 獣の日 pm 07:59
ツーク村は混乱の中にあった。
事が起こったときに村にいた者は皆負傷で意識を失っているか死亡している。
魔獣の仕業か、賊の類の襲撃なのか状況を説明できる者はいなかった。
「「ううっうっうぁっ……くぅうぁぅっ……」」
倒れる両親に縋りつく双子の嗚咽が聞こえる。
二人ともあんなに泣いて……何か僕にしてあげられること……ない、か……
言葉を尽くしても慰めにならない……抱きしめても癒すことはできない……
ずるいやり方だけどせめて気持ちに寄り添いたい……
表層感情を読み取る”テラス”を編成にセットする。
――……Ready
悲痛……後悔……悲嘆……失意……苦痛……
そうだよね、辛いよね、表層から漏れ出る気持ちでこれだけ締め付けられるような悲しみなんだ。
本当はもっともっと苦しいはず……子供がこんな思いするなんてあっていいはずない……
「シエル村です……シエル村の襲撃です」
意識を取り戻した副村長が村に起きたことを村民へ説明し始める。
防壁の修復が終わっていない場所からシエル村の村民が攻めてきたこと。
家々に火つけ混乱に乗じて虐殺を始め、女子供を攫っていったこと。
そして……
「村長……ブラスカと妻のラフリー、それと何人かの男たちが襲撃のときにいませんでした」
「おい、それって……」
「はい……考えたくありませんが村長がシエル村と結託していたのかもしれません」
驚愕……憤怒……愉悦……憎悪……疑念……
副村長の説明で様々な感情が飛び交うが、疑いと怒りの強い感情がアドに向く。
「アドリア! お前何か知ってるんじゃないのか!?」
「知らねぇよ! 俺だった訳わかんねぇんだから!」
「落ち着いてください、先ずは今後の方針を話し合いましょう。
アドリア、お前は家に戻りなさい。
それとすまないがブラスカのこともあるので見張りをつけさせてもらうよ」
「……ッ! わかった……」
あぁ……前世でこんな風に責められたことあったな。
憶測で連帯責任にしようとするとか理不尽だ。
アドは襲撃の後に戻ってきたし、みんなの為に頑張ってたでしょ。
なんだろう……すごいモヤモヤする。
「待ってください。アドは皆さんと一緒に必死に救護してましたよね?
村長がいないからってアドを疑うのは話が飛躍してませんか?」
「確かにそうですが、ブラスカがいないのは事実でその身内を疑いもなく自由にすることはできません」
副村長の言う通り、アドが襲撃と無関係なことを証明する術はない。
それでも彼が疑われたまま独りで軟禁されるのは受け入れたくない。
「それならアドをこの子たちと一緒にいさせてもらえませんか?
今のオーリやヴィーには寄り添う人が必要です。
僕たちはこの子たちの家に戻りますので入口に見張りをつけてもらって構いません」
賛否はあったが僕の嘆願は受け入れられた。
アドを連れ双子の家へ行き泣き疲れた双子を寝かしつけティスを迎えに拠点に戻り、ツーク村に起こったことを説明する。
冷静に話していたつもりだったが、「狩りに行かなければ良かった」や「もっと早く戻れば」など”たられば”ばかり溢れてくる。
静かに話を聞いていたティスが口を開く。
「そう、そんなことがあったのね……でもミーツェ、間違ってることがあるわよ。
あなたの後悔は結果ありきのことばかり。
あの子たちに起こったことはとても悲しいことよ? でも村が襲われるなんて事前に分かるわけないでしょう?
いい? あなたは神様じゃないの。
あなたは少し危うく思えるくらいあの子たちの気持ちに寄り添ってる、今はそれで十分じゃないかしら?」
「だな、それに今後のことも考えようぜ。先に言っておくけど俺は今回のことは本当に知らなかった」
「……うん」
ティスの言葉は僕に救いだった、それにアドのことも当然信じている。
「俺はシエル村に行って親父に問いただしてぇし、副村長の言う通りだったら絶対に許さねぇ……」
「でもアドが村から出してもらえると思えないよ」
「「ミー姉ちゃん……」」
部屋のポータルから温室に入ってきた双子の声に振り向く……そして息を呑んだ。
きっと悲しい顔をしている、そう思っていたけど違い過ぎた。
目の光は失われ、強い恨み・怒りを帯びている。無邪気ないつもの双子の面影はそこになかった。
「ミー姉ちゃんの武器をオーリたちにちょうだい」「パパとママを殺した奴を絶対に殺してやるんだ」
「……ッ!」
どうするべきだろう……
僕の倫理観に当てはめれば復讐に足りる理由があっても子供に人殺しを許すのは間違ってる。
それにこの子たちに武器を渡したら二人でシエル村に行こうとするだろうし、きっとアドも同行するよね。
僕も一緒に行ったとしても子供だけで人数も分からない大人と戦うのは現実的じゃない。
それに情けないけど、ツーク村の惨状は分かっていても人を殺す覚悟が今の僕にはできていない……
「いいかしら?」
口を切ったのはティス。
「あたしはこの子たちの復讐に反対しないわ。でも直接の原因になった人以外を殺すのは反対よ。
それに話を聞いてて疑問に思ったのだけど、どうして村は襲われたのかしら?」
「俺もティスに賛成だ。
あと、襲われたのは食料目的じゃねぇか? シエル村はスタンピードでうちの村と同じで復興中だったはずだ。
ただあいつら食いもんがないってこっちに支援を頼みにきたって親父が言ってたぞ」
「あのとき僕は冷静じゃなかったから自信ないけど、食料を奪われたって話は出てなかったと思う……」
「俺もそんな話は聞いてねぇな。じゃあもう一回襲いにくるんじゃねぇか?」
「そうだよね、食料の強奪なら失敗してるし、それ以外の目的だったとしてもそれを果たせてると思えない。もう一度襲撃があるって思うのが自然だよね」
相手が襲ってくるなら自衛する手段がいる……この子たちまで殺されるなんて絶対ダメだ。
復讐を肯定するかはまだ迷いはあるけど……仕方ない、か……
「……オーリ、ヴィー、武器作ってあげる」
「「うん……ッ!」」
「ただ、できればパパとママを殺した人以外は殺さないでほしいんだ……
二人なら手足を狙って戦えなくすることができるでしょう?
忘れないで、この武器はやろうと思えば1発の弾丸で人の命を奪うんだ。
それは引き金を引いて1秒もかからない。
でもね、その奪った命の責任はきっと一生背負っていかないといけないんだ」
「「…………うん……」」
綺麗ごとなのは分かってる。
もし襲撃があったとして、二人が襲撃者を戦闘不能にしても別の誰かが襲撃者を殺す。
それでもこの子たちが直接手にかけるよりずっと良い。
その代わり……
「僕がシエル村にいって村長を捕まえてくるよ。それとできそうだったら攫われた人も助ける」
「はぁ!? それなら俺も行くぞ!」
「いや、さっきも話したけどアドは村から出してもらえないでしょ多分。
ポータル使えばこっそり出れるけど村の皆に話を通さないと村長捕まえても信用されないと思うよ。
それに襲撃だって警戒しないといけないし、アドが居なかったらこの子たちは誰が守るの?」
「そりゃあそうかも知れねぇけど……いや、わかった……」
「武器を製造は時間がかかるから今から始めよう。それと……アレも……」
双子の魔法や才能を鑑みて作るものは決めている。
ただ……武器の扱い方を教えたり練習する時間はない、そうなると必然アレを使わないといけない。
「ミーツェ……この子たちにコレ使わせるの……?」
「僕だってできるなら避けたかったよ……でも時間ないでしょ」
訓練所に移動してヘッドセットをつける双子と僕を蔑んだ目で見るティス、
響く『んほぉぉぉおおおぉ』のアンサンブル。初見のアドはドン引きだ。
違う、違うよみんな。さっきまで真剣に話し合ってたじゃない。
この世界にスキルの概念は僕にしかないけれど、この機械の使用感は関連する知識を無理やり詰め込む感覚だった。
それならばこの子たちが使ったことのない武器を使いこなす可能性があるとすればコレしかない。
僕は今考えられる最善を選択したし、今も至って真面目だよ。
「えっと……もう少しで終わると思うから僕は副村長に話しにいってくるよ」
「あたしも行くわ、アド後はお願いね」
困惑するアドに全てを任せて副村長が居るであろう村の集会所へ赴く。
行動を起こすのであれば早い方がいいし、必要があったとは言え、
直前の真面目な雰囲気とかけ離れたあの場は居た堪れなかった。
でも内容はさて置き、張り詰めた気持ちで副村長のもとに行くより良いかもしれない。
これからがある意味本番だよalmA。
僕は浮かぶ多面体に手を添える。




