ep1.此処はどこさ?
■後神暦 1323年 / 春の月 / 空の日 am 10:20
子供のころに見たような澄み切った空。
涼しい風に合わせてさらさらと鳴る草の音。
寝そべった地面の感触がとっても心地良い。
――おかしいって……
こんな場所にいるはずないんだ。
だって最後の記憶は自宅のソファーで横になったまま動けず霞んでいく視界……
パワハラに耐えられなくて会社を退職。
その後は人との関わりが怖くなって、次の仕事もできないまま引きこもった。
そして貯金もなくなり食べるもの無くそのまま……
思い返しても寒気がする。
状況的に死んだ、と思うけど……ここは死後の世界?
それにしては長閑で田舎の原っぱみたい。
「空、青いなぁ……」
……――!?
何気なく呟いて慌てて喉を触る。
声が高い、喉仏もない、これじゃあまるで変声期前の子供だ。
急いで体を起こすと腰まである白い髪、視点も低い……
反射的に頭を触るとあるはずのない場所に耳の感触。
猫のような犬のような獣の耳、手だって小さい。
声、髪、耳、手、全てが自分の知っている自分じゃない、なんなら胸もある。
いやいやいやいや、待って待とうよ、落ち着いて整理しよう。
まず僕は男だ、こんな膨らみは知らない。
それに大人だ、こんなガキんちょボイスじゃない。
そもそも人間に”けもみみ”なんて生えてない。
これって僕の妄想?
僕ってこんな願望あったの?
嘘だろおい……
「それ以前に……此処どこさ……?」
理解できない状況に眩暈を覚えつつ視線を横に向けると、随伴するように浮遊する無機質な多面体。
――僕はこれをよく知っている。
「……almA?」
生前大好きだったSFTDゲーム、『アトーンメント・ノア』。
そのゲームに登場し、サポートキャラでありながら、異常な火力を叩き出す”メルミーツェ”……
職種詐欺と名高い彼女の切り札が、今隣で浮いている多面体、自立兵器”almA”だ。
……白髪、けもみみ改めねこみみ、それにalmA。
この条件に合うのはメルミーツェしかいない。
実はまだ死んでなくて、瀕死の脳が錯覚を見せてる?
それとも本当に死んじゃって、ここは死後の世界?
まさかだけど……異世界転生……とか……?
どれも普通に考えればありえない、ありえない、でも……
眩しいくらいの日の光、頬を撫でる風、草が擦れる音に土の匂い。
五感で感じるもの全てが現実的だ、とても空想の何かとは思えない。
……それに一つだけはっきりと思うことがある。
「もう一度死ぬ感覚を味わうのは嫌だなぁ……」
空腹はとても辛いんだ。
動く気力がなくなって、意識が朦朧とする。
段々と迫ってくる”死”の感覚はとても怖い。
僕は自分でも小心者だと自覚している、怖いのも辛いのももう嫌だ。
――生きよう、できるだけ生きてみよう。
何がなんだかさっぱり分からないけれど、何の説明もなくこの状況なんだ。
それなら自分で目的を決めるしかないじゃないか。
だから後悔のないように生きよう。
逃げて逃げて終わる最後じゃなくて、自分が納得できるように。
よし、目的は決まった。
じゃあ、まずは状況把握から……
立ち上がり周りを見渡す。
左からぐるーっと草、草、遠目に森と更に奥に山、草、ここは草原のど真ん中。
海は見える範囲にはなし。人里らしいものも……見当たらない。
できるだけ生きようと決意したけど、これはきつくない?
いきないり挫けそう……
とは言え、此処でうだうだしても死を待つだけだ。
生きたいならば先ずは水、次に食べ物を探す必要がある。
草原には水源らしいものも食べられそうなものも見当たらない。
そうなると必然森に向かうしかない。
目指す場所が決まったら早く移動しよう。
野生動物の気配はないけど隠れる場所もないまま夜を迎えるなんて想像したくない。
そうして立ち上がり、ふと考える。
鏡はないけど、僕の姿はきっと『メルミーツェ』なんだろう。
僕は彼女が大好きだった。
性能はもちろん、ストーリーでのミステリアスな立ち位置も。
どの時系列でも変わらない姿。
明らかに死亡した描写のあとにもケロリと復帰する。
プレイヤーからも色々考察が飛び交っていた。
almAの設定もかなりロマンがあって、一言で言ってしまえば”万能メカ”だ。
――あれ? ちょっと待てよ……
almAがいれば、この意味の分からない状況でも生き残れるのでは……?
敵を蹴散らす戦闘力。
怠惰なメルミーツェの身の回りのお世話をする描写もあった。
almAがゲームの設定と同じことが前提の話になるけれど希望が見えてきた……!
何よりこんな草原で独りぼっちは嫌だ。
一緒にいてくれる人(?)がいるのはとても心強い。
もう死にたくないんだ、頼りにしてるよalmA!
僕は浮かぶ多面体に抱き着いて頬ずりした。
【メルミーツェ イメージ】
◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇
見つけて頂き、またお読み頂きありがとうございます。
精一杯書いていきますのでまた目に留まった時に読んで頂けると幸いです。