ep15.ニグヘド・エインガナ2
■後神暦 1326年 / 春の月 / 星の日 pm02:30
――霊鉱精の坑道奥部
万が一に備えて、子供たちを逃がせるように酒場の地下に繋いだ扉からやって来たサンドラさんの火力は圧倒的だった。
ともすれば、ゲイボルグMarkⅡ(仮)よりも高いとさえ思える。
「凄いわね……もうあの人だけでいいんじゃないかしら……」
「だよねぇ……でもあの銃、めちゃくちゃ燃費悪いらしいよ」
地下室にどっかりと置かれたガトリングガンの存在感が強すぎて、サンドラさんに訊いたんだ。
あれは彼女の父親が造ったモノで、破格の連射力に見合ったコストがかかるらしい。
加えてあのサイズだ、造ったはいいけれど、扱える人がいなくて産廃兵器とされていたと聞いていた。
「確かにすっごいマナ使ってるみたいね~」
と、マナを可視化できるティスが言う。
なるほど、弾の消費以外にも問題があるんだね。
なるべく短期決戦に持ち込めればいいのだけれど……
そんなことを考えながら、ガトリングから放たれる銃弾の雨を眺めているとアンバーが吠えた。
「ミーツェ!! 攻めるぞ!! うおぉぉぉっ!!!!」
サンドラさんの登場に一段と戦意が上がっているようだ。
彼の声で二手に分かれ、左右からグレネードと爆破魔法で不死の蛇の体表を削った。
グレネードが爆発するたびに、アンバーが爆破するたびに、ガラガラと岩のように固い鱗が剥がれ落ちていく。
良い流れだよ……!
心配してた子供たちへの攻撃も、あの弾幕で完封できてる。
そりゃ空けた口に銃弾の嵐が飛んで来たら嫌になるよね。
崖上を諦めた不死の蛇は、また僕たちに標的を切り替えたようだ。
「来るよalmA! 一気に下がって!!」
不死の蛇もその巨体で薙ぎ払うが、すぐにalmAに乗って退避する。
アンバーに至っては小柄な体を活かし、潜り込むようにすり抜け更に肉薄した。
それからも戦いはこちらが優勢なまま続いた。
…
……
………
…………
どれくらい経っただろう、数十分? 数時間?
荷物いっぱいに持ち込んだグレネード弾もとうとう撃ち切った。
初めは岩と見間違った不死の蛇も、今はその面影はない。
顎は落ち、肉は抉れて骨が覗き、地面には砕けた鱗が散らばっている。
……しかし不死の蛇の再生は止まらない。
「いい加減倒れてよ……普通なら塵も残らないくらいのオーバーキルなんだけど……」
不死と謳われる存在のタフさに辟易とする。
四方からの爆破も、銃弾の雨も、音速の弾丸も決定打にならかった。
ここにきて一つの疑問が生まれ不安が過る。
――どうして今まで戦った人たちは生きて帰れなかったのだろう?
持久戦に耐えられなかった?
確かに不死の蛇の耐久力は異常だ。でも、それに付き合って死ぬまで戦うのはおかしい。
毒液にやられた?
確かに水圧だけでも身体が真っ二つになりそうだけど、全滅するほどとは思えない。
倒すことを諦めなかった?
確かにそれもあるだろう。でも、半数以上がやられれば普通は退却する。
考えを一巡させて悪寒がした。
そして嫌な予感は当たってしまった。
「ジェット!!!!」
複数の尖った鉱石が崖上へ前触れなく矢のように飛んだ。
それはチャロを庇ったジェットの腕に刺さり……――爆発した。
「嘘……あれってアンバーの爆破じゃない……?」
突然のことに僕は動揺した。
一方、庇われて無事だったチャロは激昂している。
「石の矢……――ッ!!
ママの魔法を使ってあちしの友達を傷つけてんじゃねぇですっ!!」
叫ぶチャロにアンバーが続ける。
「親父のもな……!!」
その声は静かに怒気を孕んでいた。
銃を構えて走り出すアンバーに不死の蛇はまた巨体を薙ぎ払う。
何度も躱した攻撃……のはずがアンバーは宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「あがっっ……――!!」
彼と対角にいた僕には視えた。
不死の蛇が滑るように急に加速したんだ。
「摩擦減衰……」
思わず言葉が漏れる。
恐らくジェットの親も同じ魔法が使えたんだろう。
――不死の蛇は力を奪う……
あぁ、分かった……
今まで戦った人たちは本気になった蛇に逃げる間もなくやられたんだ。
それにもう一つ……コイツ、知性がある。
どう考えても、今の一連の攻撃はアンバーたちへの意趣返し。
きっとたくさんの魔法が使えるクセにわざわざ彼らの親の力を使いやがった。
「ティス……僕、絶対に不死の蛇に負けたくない……アイツ嫌いだ」
「……そうね、離れた方がいいかしら?」
「うん、見ててよ。あの嫌味な蛇を塵にしてやる……!」
ふつふつと湧いた怒りは僕に切り札を使うことを決意させた。
察したティスはサックから出て言う。
「ミーツェ、生存第一よ」
「もちろん、リム=パステルから僕の考えは変わってないって」
岩陰にティスが隠れたのを確認して、不死の蛇に向き直る。
アンバーの次はすぐ僕に向かってくると思っていたけれど、様子を窺うように待ってるなんて、ボロボロで崩れそうな身体のクセに余裕なことだ。
蛇の表情なんて分かるはずがないのに、僕にはほくそ笑んでる気がした。
だから……
「ほんっっと嫌味だよね。
お前に似てる奴を知ってるけど、お前もソイツも大っ嫌い!!」
最高に嫌な顔をして言ってやった。
一気にひっくり返された戦況……何かしらで苦境に立つことは想定してた。
でも、それが分かってて対策してないはずがないだろう?
「いくぞ、ニグヘド・エインガナ……その余裕面をぐちゃぐちゃにしてやるよ」
覚悟しろ、僕が持てる最大火力の切り札……
「almA……”秘匿技能”―――」
全てを無に還す舞台装置……
――機械仕掛けの女王……!!
実戦で使うのは2年ぶりだね、勝つよalmA。
僕は形を変えていく浮かぶ多面体に並んで、不死の蛇を睨みつけた。