ep10.決戦兵器
■後神暦 1326年 / 春の月 / 海の日 pm01:00
――霊鉱精の街クォーツブルク チャロ工房
孤児院の一件から約1週間経った。
僕はチャロが工房と呼ぶ、家主がいなくなった家に招かれた。
「何これ……」
「何って見れば分かるじゃねぇですか、銃ですよ」
がらんとした家の中央にソレはあった。
「うん、それは分かるよ? でもおかしくない?」
そう、おかしいんだ、主にサイズが。
見た目はボルトアクションライフルに近い、でも全体的にデカすぎる。
銃身は約155cmの僕の背を軽く超え、太さも単管パイプみたいだ。
機構部も大きく、引き金を引く為には抱き着かないと無理でしょ、コレ。
「……? 設計通りですが?」
「本気で言ってる? 誰が撃つのさ?」
チャロが対不死の蛇にと用意した決戦兵器らしいけど、どう考えても人が撃つことを想定していない。
スフェンも手伝っていたはずなのに、どうして教えてあげなかったのか……
「アンバーかミーツェに撃ってもらおうと思ってましたけど……」
「いや、反動で肩ふっ飛ばすつもりなの? バカなの?」
前世でも悪ふざけを詰め込んがようなリボルバーを映像で見たことがある。
でも、コレにはそれを遥かに超えてくる頭の悪さを感じた。
どうしたものかと考えていると、チャロが更にとんでもないことを言い出す。
「でもコレ、1発撃ったら銃身が破裂するんです」
「ダメじゃん……暴発前提で撃つ銃って、もう銃じゃないからね?」
残念そうにチャロは銃身を撫でながら続ける。
「試作を含めて10本は銃身を交換したんですよ」
うん、決戦兵器と思っていたけど、前言撤回するよ。
これは自殺兵器だ、決して人が使って良い武器じゃない。
チャロの狂気っぷりにげんなりとしていると、同行していたスフェンが口を開く。
「almAくんに手伝ってもらえば良いんだよぅ」
「almAにって……どう言うこと?」
ひょこひょこと身振りをしながらスフェンが語ってくれた。
彼曰く、この自殺兵器の銃身をalmAの形態変化で代用できれば発射時の衝撃にも耐えられるらしい……本当に?
相棒が破裂するなんて嫌だよ?
訝しむ僕を置いて二人は代わる代わる銃について説明を始めた。
「機構部で金属棒をビリビリーってするとびゅーんって玉が飛ぶんだよぅ」
ローレンツ力……レールガンじゃん、それ。
「その玉に磁石を幾つか経由させると更に速くなるんです」
ガウス加速……本気で言ってる?
「最後は銃身にグルグルにした銅線をビリビリするともっとスゴいんだよぅ」
コイルガンだね……何そのロマンの欲張りセット。
「あ、あのさ、二人はその原理は理解してるの?」
思わず聞いてしまった。
バカでかいと初めは思ったけれど、磁力加速を詰め込んだ銃をこんなに小型化できるなんて、前世の化学力でも無理だ。
「「……全然っ!」」
顔を見合わせて満面の笑みを見せる二人に眩暈がした。
以前、チャロが読んでいた古代霊鉱精の本にあった設計図らしいけれど、文字も理屈も解っていないものを図面から”何となく”で造れるって控えめに言って頭がおかしい。
前世の化学者が聞いたら、鼻血を出しながら髪の毛を搔きむしるだろうさ。
「とにかくalmAくんに変身してもらうんだよぅ~」
「うんうん、坊の言う通りです」
「…………」
二人に押し切られるようにalmAが銃身の替わりになれるか試す。
どう伝えたものか、ダメ元で何処に目があるかも分からないalmAに図面を見せながら言葉で説明してみたが……
…
……
………
…………
「できちゃったよ……」
銃をぐるりと一周して後にガチャガチャと音を立ててalmAは銃身どころか、銃全体をコーティングするように一体化した。
呆れるほどにあっさりと問題が解決し、ただただ語彙力を失って『すごい』と呟くしかできない。
「Woo-hoo! さっそく試し撃ちですー!!」
呆然とする僕とは真逆にチャロは上機嫌を突き抜けた。
もう逆らえるような状況ではない。
一度almAの変形を解いて、手甲形態で数百キロはあるだろう銃を担いで街の外れまで向かわされた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――クォーツブルク 街外れの廃墟
「ねぇ……街外れって言っても、洞窟の中でこんなの撃って崩落とかしないよね?」
「大丈夫です、何度も試してるですよ」
何度もって……もしかして目の前のボロボロの廃墟は銃のせいなの?
「ハァ……もう考えても仕方ないか。almA、機構銃形態!」
移動中に考えていたんだ、せっかくなら今回の形態も名前をつけたい。
だってその方がわくわくするだろう?
僕はまだ少年の心を捨てたくないんだ。
工房と同じくチャロの銃と一体化したalmAに抱き着くように構え、廃墟に向けて引き金に指をかけた。
「じゃあ、撃つよ……って、あれ?」
カチン、と音が鳴るだけで何も起こらない。
霊鉱精のリボルバーを撃ったときと同じだ。
「ミーツェ、マナを流しながら撃つんですよ?」
「え? それなら僕は撃てないよ……」
何を言ってるか分からない、といった面持ちのチャロに説明する。
僕は魔法を使えないこと、それどころかマナすら扱えないこと。
初めはあり得ないと驚かれたが、スフェンも間違いないと言ってくれたことで信じてもらえた。
「困ったですね……霊鉱精の銃は本体から銃弾まで、魔鉱石って呼ばれるマナに反応する鉱物が使われてるんです。
マナが無いと撃てねぇですけど、う~ん…………あっ!!」
チャロは何かを閃いたようで僕の右腕に触れる。
「あちしがマナを流してみるからミーツェが引き金をひくです」
「それならチャロが撃った方が良くない? まぁいっか……いくよ……――」
それは一瞬の出来事だった。
軽い気持ちで引き金をひくと、金属の衝突音が響き、火薬の爆発とは違う衝撃に僕たちは後方に吹き飛ばされた。
磁力加速で撃ち出された弾丸は音速を遥かに超え、その余波が後ろまで伝わってきたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「あわわわわぁ~~」
「うわぁぁぁぁぁ!! almAぁぁ!! 受け止めてっ!!!!」
銃から分離したalmAが壁になり、僕たちは地面への衝突から免れた。
廃墟は倒壊、銃弾は建物を貫通して洞窟の壁まで抉った。
スフェンは目を回し、チャロは今までとは違う威力に恐々としている。
「いたたた……よ、予想外です……
ででででも! これで蛇とも戦えるはずです!!」
「銃身が破裂しない分、力が逃げなかったんだね……
ところで僕の腕、変な方向に曲がってるんだけど……」
銃の下敷きになった僕の腕はぽっきりと折れた、もちろん死ぬほど痛い。
その後はチャロに平謝りされる中、油汗をかきながらスキルで骨折を治した……
不死の蛇と戦う前に死ぬかと思ったよalmA。
僕は瞬時に受け止めてくれた浮かぶ多面体に深く感謝した。