ep8.ジェット=クォーツ
■後神暦 1326年 / 春の月 / 海の日 pm00:30
――霊鉱精の街クォーツブルク 孤児院
チャロに連れられて着いた目の前の建物は、どっしりとした四角い石造り。
頑丈そうな鉄柵に囲まれて、入口もこれまた堅牢な鉄扉。
普段なら軍事関係の施設かな、なんて思ってしまうだろう。
では何故、僕が『孤児院』と判断したかと言うと……
「庭にヤバいくらい遊具あるけど……公園も兼ねてるの?」
「ふっふ~ん、これはあちしたちが作ったんです」
そう、鉄柵に囲まれた庭にところ狭しと遊具が設置されているんだ。
定番のシーソー、ブランコから、前世では規制さそうな超エキサイティングなものまで……
「これが見せたかったの……?」
「んなワケねぇですよ~」
「……だよね」
一応確認してみて安心した。
確かに前世と同じ遊具を自分たちで思いついて作るのは凄いことだとは思う。
でも、コレらを『命を懸けて守る知識』と言われたら、どう反応すれば良いか困ってしまう。
「さ、中に行きましょう」
「ちょ、ちょっと待って! あれっ!!」
思わずチャロの手を掴んで引き留めた。
遊具にばかり注目して気づかなかったけれど、庭で遊ぶ子供たちに交じってオーリとヴィーが遊んでいる。
「うちの子が居るんだけど……しかもジェットが遊んでくれてる……?」
「あ~、別に珍しいことじゃねぇと思いますよ。
ジェットってチビたちのお世話係ですし」
「嘘でしょ?」
自分のことを『オレ様』と呼び、いつも不機嫌そうなジェットがお世話係?
何かの冗談にしか聞こえなかった僕は子供たちを見守った。
もしも、ジェットがうちの子を泣かせたら即座にぶっ飛ばしてやるつもりだ。
「そんなにハラハラしなくて大丈夫です。ほら、見てください」
「……!?」
子供とは無茶をするものだ。
雲梯を蛇行させたようなエキサイティングな遊具を、ぶら下がるのではなく、格子の上を走る子供が今にも足を滑らせそうになっている。
――『摩擦増幅ッ!!』
先ほどの子供の足が雲梯に吸い付くように固定された。
そして駆け寄ったジェットがその子を降ろして叱っている。
叱り方も頭ごなしではなく、気持ちを肯定した上で危険を説く、僕が思う理想の大人像だ。
「ジェットって二人いるの……? おかしいよ、あんなの別人だよ……?」
唖然と呟いていると、またしても無茶をする子供が出た。
今度は取手を掴んで回る遊具で、遠心力をつけすぎて放り出された子供が宙を舞う。
――『摩擦減衰ッ!!』
ジェットがもの凄いスピードで滑り込んで地面にぶつかる前に子供をキャッチする。
速さもさることながら、普通ではあり得ない距離をスライディングで滑っていた。
「……何あれ?」
「ジェットだけが使う特別な魔法ですね。
アイツは短い時間、モノの摩擦を好きにできるんですよ」
「へぇ~……」
少しだけ羨ましいような、悔しいような顔でチャロが説明してくれた。
そうしていると、うちの子たちが僕に気づいて駆け寄ってくる。
「「ミー姉ちゃん~!!」」
「オーリ! ヴィー! 二人だけなの? ティスたちは?」
「あっち!」「寝てるよ!」
二人の指さす先にはぐったりと倒れているティスとスフェン……
すぐに解った、あれは寝ていない、きっと子供たちの相手をして体力が尽きたんだ。
小さい子の体力は無尽蔵であることを僕は知っている……
「おいっ! なんでお前がチャロといるんだ!?
大体、子供を置いて出かけるとか、どうかしてるぞ!!」
口は悪いけど、すっごい良識あること言うじゃん……ぐうの音も出ないよ。
「何とか言えよ! あぁもういい、ちょっと来い! 説教してやる!!」
「ちょ! あちしのお客さんですよ~!!」
強引に腕を掴まれて連れていかれたのはブランコ。
ここに座れ、と……?
「何でブランコ?」
「立ったままだとお前を見上げないといけないだろ!」
「そうだけどさぁ……遊具に座らせて説教ってどうなの……?」
非常に残念なことに、僕の訴えは『うるさい』と一蹴され、その後は教育をテーマに正論パンチを喰らい続けた。
いつもなら、しょんぼりしてしまうところだけど、相手が口の悪いジェットなこともあって何故だかダメージが少ないのは救いだ。
そして、直前にチャロと話していたからだろうか、僕にはジェットが不死の蛇に挑む理由が分ってしまったような気がする。
「ねぇ……不死の蛇と戦うのって、子供たちの為?」
「……ッ!! 話を変えるな!! お前には関係ない!!」
「あるよ、だって理由を聞いてから協力するか判断しようって決めてるんだから」
腕を組み、洞窟の天井を仰ぎ唸った彼は、諦めたように息を吐いて語り始めた。
「……あぁそうだ。
ここのガキだけじゃない、この街の若い奴らがこの先、怯えないで済むようにだ」
「そっか、僕は立派な考えだと思うよ」
「別にお前に褒められても嬉しくない。
オレ様は孤児院で育った、ガキどもはオレ様の家族だ。
親を失って泣くガキだっていちゃいけない、それに……」
「それに?」
「うるさい!! とにかく、オレ様は必ず蛇を殺す、必ずだ!!」
えぇ……自分で言ったのに、うるさいってキレなくてもいいじゃん……
でもこの感じ、覚えがあるぞ、話すのが恥ずかしくて誤魔化してるときの反応だ。
子供たちの為、それに以外にも何かありそうだけど、今は話してくれそうにないね。
「……話してくれて、ありがとう。
じゃあ、僕はチャロと行くところがあるから、もう行くね」
「ちょっと待て! どこに行くつもりだ!?」
「分かんない、チャロに不死の蛇と戦う理由を聞いた時に『直接見てもらった方が良い』って言われてさ、たぶん孤児院にいる誰かに会いに行くのかな?」
「おいこらチャロォォォ!!!!」
僕が話すとジェットが血相を変えてチャロの元へ走っていってしまった。
後を追うようにブランコから立ち上がり孤児院の門へ向う。
そこではチャロがジェットに腕を掴まれ、どこかへ連れていかれそうになっている。
僕がつい先ほどやられた『ちょっと来い』だ。
「痛ぇです! 放すです!!」
「いいからちょっと来い!!」
予想通りの台詞を吐いて小競り合いをしている二人の間から、ぬっと腕が伸びて両者を引き離す。
「うるせーー!! なんで家の前でケンカしてんだよ!?」
アンバーだ、意図せずに三バカが揃ってしまった。
まぁ元々アンバーに会いに来たワケだし、丁度良かったよねalmA。
僕は浮かぶ多面体と一緒に三バカの眺めた。
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