ep5.霊鉱精の街クォーツブルク1
■後神暦 1326年 / 春の月 / 地の日 pm09:00
――霊鉱精の街 酒場『マッスルシェイカー』
「お時間ありがとうございます! まずは自己紹介ですが……
オレがアンバー、こっちのクソ偉そうなのがジェット、こっちのクソやる気ないのがチャロです。
オレたちはこの街の自警団をやってまして、こいつらもそのメンバーです」
「あ!? 誰がエラそうだって!?」
「あちしはやる気ありますよ? ただちょっとダリぃだけ」
「うるせーーっ! いちいち文句いうな!!」
随分とドタバタとした、霊鉱精の三人組。
僕たちを取り囲んだ時にいた、リーダー格の金髪がアンバー。
脱走の時にきた、不機嫌そうな黒髪の男がジェット。
やってきて早々に帰りたいと言い出した紫髪の女がチャロ。
僕は便宜上、彼らを三バカと内心呼ぶことにした。
「自己紹介ありがとう。
僕はメルミーツェ、妖精族のこの子がティスタニア、犬人族の男の子がオリヴァ、女の子がオリヴィだよ。スフェンのことは知ってるよね?」
「はい、存じてます。ところで姐さんは坑道の南東を目指しておられるんですか?」
「うん、そうだね。……あのさ、普通に話してくれないかな?
落ち着かないと言うか……呼び方もメルミーツェとかミーツェでいいよ」
「そっか、分かった!! いやぁ~あの話し方はかた苦しかったから助かるぜ!」
順応早いな……まぁ、そっちの方がこっちも気兼ねしなくて良いけどさ。
シシっと笑うアンバーはすぐに真剣な表情に変わり、一拍置いて切り出した。
「単刀直入に言う、オレたちと一緒に”不死の蛇”と戦ってくれ!!」
「え? 嫌だけど?」
「即答っ!? ちょっとは検討してくれよ!!
オレたちには数千人を蹴散らす力が必要なんだって!!」
「ふんっ! 余所者の力なんか必要ない!!」
「はぁ……ダリぃです……話終わったし、もう帰りません?」
「うるせーーっ!! お前らも一緒に頼めよ!!」
三バカで内輪揉めを眺めながら考える。
不死の蛇の討伐……冗談じゃない、名前からしてヤバい空気しか感じない。
その蛇がどんなモノか知らないけれど、どうしてもあの女とイメージが結びついてしまう。
だとしたら、戦うなんてとんでもない、逃げる一択だ。
しかし、身内二人の首を腕でホールドしたアンバーは諦めず話を続ける。
「ミーツェはさっき、南東に向かうって言ったよな? だったらどの道、蛇と戦うことになるぞ!!」
「……どう言うこと?」
「はぁ……途中に蛇が居るからに決まってるじゃねぇですか」
「ふんっ! だから言ったろ、考える頭のないやつと共闘しても無駄だ!!」
「バカっ!! 何で煽る言い方すんだよ! 考える頭がないのはお前らだっ!!」
騒がしいな……でもマズいぞ。
三バカの言う事を信じるなら、よく分からないバケモノと戦わないとクリスティアに行けないってことだ。
とにかく、避けて通れないのならばもう少し情報が欲しいな。
「ねぇ、戦うかは別として、不死の蛇ってどんな奴なの?」
僕が聞くと、じゃれ合っている三バカが一斉にこちらを向いて口々に言う。
「間違いなく世界最大の魔物です。世界各地の知識を持つあちしには分かります」
と、チャロ。
「お前、山脈から出たことねぇだろ。アイツは喰った奴の魔法をパクるんだ」
と、チャロを否定してジェット。
「それだって迷信レベルじゃねぇか。デカいのは本当だけど毒がヤバいな」
と、ジェットを否定してアンバー。
ねぇ意見は揃えて?
とりあえず、全員の言ったことが本当だとしたら、世界最大、少なくとも森で襲われた魔熊より大きくて、捕食した相手の能力を奪い、そして蛇らしく毒持ち、と……
何その『僕が考えた最強モンスター』みたいな存在、絶対戦いたくないんだけど。
その後も、あれもこれもと次々に情報が出てくる、出てくる。
処理が追いつかなくなって頭を抱えてると、最後に三バカの意見が揃った。
「それに何よりアイツは……――」
「「「死なねぇん(だ)(だよ)(です)」」」
「死なない……?」
不死にも色々と定義があると思う。
寿命がない、所謂不老。
肉体は死にはするけれど、何かしらで蘇る、概念的な不滅。
でも想像できる中で一番厄介だと思うのは……
「頭を潰しても、身体をぶった切っても治っちまうんだ」
……最悪だ、ハズレもハズレ、殺せないやつだ。
不老なら殺せる、不滅でも一時的に殺せる、でも再生するのは殺せない。
しかも”頭を潰して”も治るって、それどうやって殺すのさ?
僕はそのままの疑問を彼らに投げる。
「ねぇ、戦うって言ってたけど、倒すつもりなんでしょ?
聞く限りだと本物の不死だと思うんだけど、殺すなんて無理じゃない?」
「……分かってる、それでもやらなきゃいけねぇんだ」
「………………」
「………………」
今回はジェットもチャロも口を挟まない、志は一致しているようだ。
力になりたい、とは思う……それでも軽はずみに返事はできない。
彼らの話から分かるのは、戦うなら間違いなく命懸けになること。
僕は死ぬワケにはいかないし、家族を危険に曝すワケにもいかない。
彼らも僕と同じように次の言葉を探していたのだろう。
暫くの沈黙の後、アンバーが口を切る。
「……いきなり悪かった、ミーツェにも守るモンがあるもんな、話は忘れてくれ。
この街の空き家は好きに泊っていいはずだ、灯りがついてなければ家主はいないから」
僕の空気が伝わってしまったのか、そう言って彼らは立ち去っていった。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――同日 深夜
「ティス、ちょっと散歩に行ってくるね」
「……ふあぁ、分かったわ。あまり考え過ぎちゃダメよ」
既に寝ている子供たちをティスに任せて外へ出る。
アンバーの言った通り、灯りのついていない家は空き家だった。
ただ、建物の割に空き家が多すぎる、まるで限界集落みたいだ。
「街の規模に対して少な過ぎる人口……生贄……」
嫌なことが頭を過る。
それに最後のアンバーが見せた表情……
花弁が落ちるような哀しい笑顔が離れない。
「……初めからもっと真面目に聞いておけば良かったな」
とは言っても、あの場で踏み入ったことは聞けなかった。
聞いてしまえば僕は彼らの申し出を断ることができなくなっただろう。
だけど、話が流れて良かったはずなのに割り切ることもできていない。
前世からその辺りのバランス感覚は下手なままだ。
悶々としながら歩く僕の足は、自然と数時間前に訪れた酒場に向かっていた。
そうだ、この街に起きていることを聞いて、見て、もう一度考えよう……
即断即決ができる人には中々なれないもんだねalmA。
僕は分裂で小さくなった浮かぶ多面体と酒場の扉をくぐった。